記憶の略奪者 ~この世が戦争中なので、あの世で総合商社を立ち上げました~

@syosetsu_murphy

第1話『世界の裏側へ』

雪がぽろぽろと舞うあぜ道。


暗闇の中、疲れで朦朧としていた私は、強烈な眩暈に襲われ、不運なことに道路のど真ん中に倒れててしまった。

身を起こそうとしても、体がいう事を聞かない。


街の外れ。

人気も街頭のない所を、近道だからと通り抜けていたのが災いしたのだった。

助けを呼ぼうとしても、この暗闇の中人が通るわけもないし、第一、声すら出ない。


1月。

なんて事はない、とは思うかもしれないが、車も通らない所とは言え、道端で寝てしまったら流石に凍え死んでしまうだろう。


だが、ある意味それは杞憂だった。


遠くから二つの小さい明かりが近づいてきて、だんだんと大きくなってくる。

それはやがて一つにまとまり、黒金の塊が大きな音を立てて、路上に横たわる私に向かってきた。


闇をかき分けて向かってくるソレは、紛れもなく私を迎えに来た死神だ。


「ああ、なんでこんなことに」

それが私が最後に発した言葉だった。


両親を亡くし、幼い兄弟達を養いつつ、学問を、知識を得るために学校に通う。


貧乏だった家庭に育ち、国の援助と、親との関係こそ悪かったものの、裕福な親戚から哀れみも含んだ支援を受けていたのお陰で、何とかやってこれた。


責任感からか、私も積極的にアルバイトに勤しんでいた。

学校が終わった後、すぐにカフェでウェイトレス。

それが終わったら次はバーでお手伝い。

私の「一日」が終わるのは、いつも空が明るくなってきてからだった。


一日3時間も寝てない日常が何か月と重なれば、いずれはこうなる事位予想はついただろうに。


自分の愚かさを振り返りながら。

両親の事を思い出しながら。

そして兄弟たちの事を思いながら。


……私は目を閉じた。


◇◇◇


(さて、ここで貴方は死んじゃうわけだけど。悪だくみに付き合ってくれたら助けてもいいわよ)


覚悟を決めて目を瞑っていた私だが、その声を聴いてゆっくりと見開く。


横たわる私のそばに誰かが立っていた。


体が動かせないので、足しか見えないが、まだ幼い……男の子か女の子か見分けもつかないのだが、茶色い革靴のような靴を履いている。

ローファーのその靴の形からみて、おそらく女の子。


……お迎えか。

天使が迎えに来たのだと、私は理解する。


―――人は死ぬとき時間を永久のように感じられて、与えられたその時間を持って、自分の罪を懺悔するのだ。


昔神父様が仰っていた言葉を思い出す。

今この場を見てそれがあながち嘘でもないという事が分かった。


……。


時間が止まっている。

小さく降り落ちる雪が、空中で止まっており、私の命を轢き潰そうとしている死神も、その眩い光ライトで私の目を眩ませながらも、寸前で止まっていた。


(だから、どうするの?死ぬの、死なないの?)

隣に立っているであろう少女?から、声をかけられた。


(死にたくないけど、死ななくていいの?)

声に発して喋れたのかは定かでないが、私は少女にそう返す。


(契約しましょう)

(契約?)

(私のいう事を聞く。そしたら助けてあげる)

(それで、死ななくていいの?)

(ええ。ただしちゃんと守ってもらうよ)


自分でも、自分が気狂ったと思った。

時間が止まって、走馬燈的なことが起きるというのは聞いたことがあるが、天使に契約を迫られるとは、神父様も仰ったことはなかった。


(じゃあ、契約了承ってことでいいかしら?)

少女が回答を促す。


……どうでもいい、どうせ死ぬのだから。

私はそう思い、力を振り絞ってうなずくと、少女はしゃがみこみ、私の右手の小指に、彼女の小指を絡めた。


(ゆーびきーりーげんまーん、嘘ついたら……まっ、その時はその時ね)

彼女は私の小指を上下に揺らしながら、そう呟く。

それと当時に私は光に包まれた。


……そして、全てが動き出す。


◇◇◇


車を運転しているものにとってもそれは一瞬の出来事だった。


街灯もない暗闇の中を運転していたのだ。

ヘッドライトに照らし出された、道を遮る「何か」が見えた時にはすでに遅かった。

それが動物なのか何かなのは分からないが、影がいきなり視界に飛び込んできた。


右足に思いっきり力をかけ、ブレーキをするが、大きな衝撃音と、「メチャ」という水々しい鈍い音を立てて、車が大きく右に傾き、大きな振動を伴いつつも、すぐ水平に戻る。


乗客としてはたまったものじゃなかった。

大きく前に投げ出されるような力が掛かった後、思いっきりドアに体を押し付けられた。


「もっ、申し訳ありません!!」

車が完全に停止してから数秒経つと、運転手は叫んだ。

「貴様……」と、『彼』の隣に座る男が、すかさずコートの懐から拳銃を取り出す。


運転手も自分がしてしまった事を思い出しつつ、その突きつけられた鈍い銀色の物体を目にして、表情が引きつる。


「やめないか。彼を撃ったら誰が運転するのかね。君がするのか?」

白髪が混じった初老の『彼』はため息をつき、そう言い放つと、隣の男も、失礼しました、と小さくつぶやき、おとなしく拳銃を戻す。


「どうせ『キツネ』か何かだろう。こんな山道に人間がいるとも思えんし。早く車を出してくれ、時間が惜しい」

運転手はその言葉を聞くと、間抜けに涙とよだれを垂らしていた顔を、手でぐしゃぐしゃと拭うと、すぐさま視線を前に向け、ハンドルを握った。


◇◇◇


「戦争」を伝えに来た使者の乗るこの車が起こした事故は、偶然。

そして、神が直前に人間に接触を図ったことも、ただの気まぐれ。


『彼』が轢いたこの『キツネ』は、後に二つの世界をひっくり返すことを仕出かすということは、この時『彼』も、『キツネ』自身にとっても、そして『神』も含めて、この世界の誰もが予想しなかったことであろう。

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