10-5

 いま、レンゲのマックブックは小型のプロジェクターと接続されていた。投影機は光を放ち、ホテルの一室をホームシアターに変貌させた。といっても、上映内容はひどく悪趣味だったけれど。

 映像の出力先は、シャンパンゴールドのカーテンだ。バルコニーの窓に向けて引かれたそれに、映像が上書きされている。一年前の冬、弊社の監視カメラが捉えた映像記録である。

 カーテンに上書き表示オーバーレイされたそれは、波打つ水面のように歪んで描出されている。監視カメラ、通路の一角を定点でおさえた映像。いまそこには、武装した複数人の男女が映されていた。その服装は様々で、ビジネスマン風のものから、寝間着のようなラフな格好、戦場へ向かうようなフル装備まで揃っている。ただ彼らに共通しているのは、ある一つの方向に銃口を向けているということだった。

〈守田セイギ、君は本件の重要参考人である。おとなしく投稿しろ。情報を提供するなら、君を傷つけることはないと約束する〉

 先頭に立つダークスーツの男が言った。まるで刑事のような風貌の、見かけ三十代後半ぐらいの彼は、この状況の指揮官とでも言わんばかりだった。

 だが、彼の言葉に答えはなかった。なぜ返答がなかったかは、僕自身が一番よく知っている。

 守田セイギの返事とは、ではなくだったからだ。

 次の瞬間、通路に集結した男女に向けてが投げ込まれた。カランコロンと音を立てて転がる空き缶のような物体。

 ダークスーツの彼は目を見開いた。

手榴弾グレネードだ! 伏せろ!〉

 そう叫んだ、次の瞬間だった。

 甲高い炸裂音。閃光音響手榴弾フラッシュバンだ。

 耳をつんざく音色が、監視カメラの集音マイクさえもダメにしてしまう。と同時、まき散らされた閃光がカメラの網膜をも焼き切った。映像は真っ白に塗りつぶされ、完全に視界はつぶされる。ただ残響の向こうで叫び声と、銃声が聞こえていた。

 散発的な銃声。その正体は、カービンライフルと、それからショットガンだった。パパパ、パパパ……。ボスッ、ボスッ……。耳鳴りのような音の向こうで、銃声が聞こえてくる。

〈撃つな! 同士撃ちになる!〉

 誰かがそう叫んだ。けれどその直後には、またショットガンの旋律が響いていた。それから、どこからともなく悲鳴とも嗚咽とも取れぬ声も聞こえてきた。

 しばらく、それらの音が鳴り続けた。銃声と、叫びと、嗚咽と。それから地団駄を踏む音。ステップはビートを刻み、ショットガンがバスドラム、そして悲鳴は歌声だ。

 やがてカメラが光を取り戻したとき、ようやくそのバンドが姿を現した。

 血みどろの床と、そこへ倒れ臥せったいくつもの死体。頭を花のように開かせた者から、胸元にポッカリと穴を穿たれた者まで。血に塗れた花園の上に、肥料のようにして倒れている。

 そうしてそんな血の絨毯のうえに二人の男が立っていた。

 一人は、ダークスーツの殺し屋。御楯会長が寄越した緊急即応チームの部隊長である。

 そしてもう一人は、全身から血を流した痛々しい姿の青年。もはや自分の血かも、返り血かも分からない……。そう、僕だ。守田セイギだ。

 そのときの僕の足下には、残弾尽きたセミ・オートマティック・ショットガンが二つ転がり、そして手元には左右一丁ずつのハンドガンがあった。四十五口径フォーティファイブ、その両の銃口が、彼の眉間に狙いをすませていた。

〈ま……待て、守田。話せばわかる。君が楪を失った悲しみはわかるが、彼女は――〉

〈裏切り者、だろ?〉

 そのときの僕は、吐き捨てるように言っていた。眼は血で赤く滲んでいた。

〈そっ、そうだ! すでに情報はあがってきている。楪の拳銃が発砲され、御堂を撃ったんだ。そして、御堂は正当防衛として彼女を殺した。だが、遅かった。楪は証拠となるデータと、烏瓜を消したんだ〉

〈違う。……御堂は今どうしてる?〉

〈自力で脱出した。いまはセーフハウスに待機している。追っ手を撒いたと判断し次第、合流する予定だ〉

〈ふぅん……。そのまま逃げるよ、彼は〉

〈なんだと?〉

〈御堂が本当の裏切り者だからだよ。……いや、彼も駒に過ぎないのかもしれないけれど。でも、少なくとも僕とレンゲ、そしてリンはハメられたんだ〉

〈証拠は?〉

〈……それは、提示できない。約束したから〉

〈じゃあ――〉

 彼が僕に口答えしようとした、その次の瞬間だ。

 映像の向こうの僕は、右の人差し指を引き、トリガーを絞った。まもなく、リンのHK45CTが火を噴き、一人の男の命を奪った。


 ……そうしてそこまでの映像を見て、レンゲは両手を叩いた。大仰に、あえて大きな音を出すみたいに。

「大したもんだよ。リンが叩き込んだ戦闘技術スキルがすべて開花した結果っていうか、なんというか。これだけを相手に、手負いの状態で全滅させるなんてさ」

「このときは無我夢中だった」

「だろうね。じゃなきゃこんなマネ、アンタはしない」

 言って、レンゲはプロジェクターの電源を落とす。それからカールスバーグの残りを一気飲みして、ベッドに転がった。彼女の頬は赤く上気していた。

「……レンゲ。この映像はどこから手に入れたんだ」

「解体された弊社からさ。弊社がなくなる際、トンズラこくついでに色々と情報をいただいてきた。で、この映像はその戦利品の一つ。

 で、問題はここからだけど。つまり白晶菊についてなんだけど。アタシはある推測を立てている。だけど、それには一つピースが足りない。そしてそれは、アンタが持ってる」

「僕が?」

「そう。……セイギ、アンタはリンのロッカールームで何を見た? リンの最後のメッセージはなんだ? アタシがいくら探しても、そのデータだけはどうしても見つからなかったんだ」

「だろうね。リンは僕にしかあの映像を見せるつもりがなかったんだから」

 カールスバーグを飲み干し、タバコに火をつける。リンのように。ハイライトメンソールを、マッチで。

 紫煙を吐き、ほろ酔いで僕はレンゲを見おろした。ベッドに寝転がり、骨ばった足を投げ出す彼女の姿は、悲壮さを帯びていた。口では強がっているけれど、肉体がそれは虚実だと語るようだった。

 しばらく僕が黙っていると、レンゲはしびれを切らしたように口を開いた。

「答えられない、って言いたいわけね」

「うん。あのメッセージは、僕だけに宛てられたものだから。それより、その仮説っていうのを教えてくれないか。レンゲが僕に伝えたい白晶菊の情報って、つまりそれなんでしょ?」

「正解だよ。……ったく、アンタもリンも強情だよ。まだ憶測の範囲を出ないが、アタシの仮説はこうさ」

 と、レンゲはシャツの胸ポケットからメモリを取り出した。小型の大容量USBメモリである。

「リンはアンタ、あるいは自分自身を守るために自作自演の裏切りと死を用意し、アンタを弊社から追い出させた。フリーランサーとして、何からも縛られずに任務を達成するために。そしてその任務というのは、白晶菊を探し出すことであって……そしてその白晶菊の正体っていうのは、アンタかリンに密接に関わっているもの。あるいは、アンタたち二人ののことだ」

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