第28話


「…………か、買い取り……?死神様の、祝福、を……?」




「あぁ。そうだ」




 隣に座らせたガリアの頭を撫で、指を組み直す。エレオノールは言葉の意味が理解できていない様子でぐるぐると目を回し、リリアも何を言っているのかと困惑するような表情を浮かべて俺を見る。俺も逆の立場であれば、同じ表情を浮かべていたかもしれない。




「えっ……と」




 戸惑うエレオノールを横目にさりげなくリリアに目配せをすると、リリアはこくりと小さく頷いて口を結ぶ。リリアはとても賢い子だ。こういう時には、すぐに俺の意を理解してくれる。それでこそ、俺の相棒に相応しい。




「実は今、とても困っていてな。話を聞いてくれるか?エレオノール」




「ぅ、あっ……ぁ、うん……」




「そうか。ありがとう。いや、これがまた情けない話なんだが……他に頼れるアテもなくてな」




 いかにも困り果てたような表情を浮かべ、ついでに深い溜め息と共に目を伏せる。そしてちらりとエレオノールを見やると、エレオノールはどぎまぎとしながらも椅子に座り直し、きちんと話を聞く姿勢を取ってくれる。どうやら、きちんと話を聞いてくれるらしい。それならば、いくらでもやりようはある。




「……実は最近、旅先で見つけた珍しい使い魔を飼い始めたんだが……こいつがとんでもないわがまま娘でな。事あるごとにマナキューブを食わせろと言って騒ぐんだ」




「は、はぇ……」




「一つか二つ、食わせてやれば大人しくはなるが、すぐにまた別のをよこせと言ってきやがる。面倒だからと言って断ればひどく暴れて手が付けられん。かといって叱ろうにも、まるで言うことを聞きやしない。流石に、手に負えなくなってきてな……」




「そぅ……そ、うなんだ…………殺してあげよっか?」




 ぽつりと溢れたその言葉に、頬を掻く。




「……いや、それは遠慮しておく。手を付けたからには、最後まで面倒を見てやりたい。だが、この辺りにはもう勇者も見当たらない。これから東の山を超えた向こうに行ってみようと思うんだが、道中の間あいつを宥められるだけのマナキューブがなくてな。他の連中にも断られて、困ってるんだ」




「……それで、うちに…………?」




「あぁ。いくつか、マナキューブを譲ってもらえないかと思ってな」




「う、うん……それは別に、い、いいけど……どうせ、いっぱいあるし……そ、そそそれより、その、ギ、ギルバート……その、あ、あい、相変わらず……優しいんだね」




 あちらこちらに視線を泳がせながら、エレオノールはその頬を赤らめる。しゃんとすれば、美人なんだがな。とそんなことを考えていると、プレートを手にしたピエールが部屋に戻ってきた。




「幽霊茶でございます。どうぞ」




「ゆ、ゆゆ幽霊茶!?ちょ、ちょっとピエール!そ、それあたしのとっておき――」




「ごゆっくり」




 愕然とするエレオノールを横目にピエールは淡く光る飲み物と茶菓子を机に並べ、さっと部屋を後にする。机に置かれたそれに遠慮なく口を付けると、程よい甘みと冷たい喉越しが心地よい。




「ぁ……あ……」




 カップに注がれたそれを呆然と見つめるエレオノール。どうやら貴重なものらしい。道理で美味いわけだ。真っ先に茶菓子に手を伸ばすリリアの様子を横目に、俺はカップを机に置く。




「…………もちろん、ただでとは言わない。そのためにこいつを連れてきたんだ」




 静かに眠るガリアの髪に指を通し、エレオノールを見やる。




「こいつは、死神様の祝福を受けて眠りについた。このまま放っておけば、やがて不死者として目覚めるだろう。こいつと引き換えでどうだ?」




「えっ、えっと、死神様の祝福を……マナキューブで?買えるの?ほ、ほんとにいいの?」




「いいとも。俺が持っていても仕方ない。そのためにわざわざ来たんだ。なにせ、魔神の寵愛をその身に受けた子供だ。この価値が分かる者の所に置いておくべきだと思う」




 俺がそう言うと、エレオノールは何やら興奮したような面持ちで身を乗り出し、机に手をついてガリアの頬を撫でる。緩い胸元から覗く豊かなそれにそっと目を逸らすと、どこか神妙な顔つきで俺を見つめるリリアと目が合った。




「……この子が、死神様のキスを……?」




「あぁ。そうだろうリリア」




「んぐ、ぁ、はい!そ、そうです……」




 エレオノールはどこかぎこちない笑顔を浮かべてガリアを撫でるが、やがてハッとする。その髪から顔を出す艶やかな角と、スカートの下から伸びる尻尾。それらは、触れれば温かい。そう、飾り物ではないのだ。




「こ、この子って……も、もしか、もしかして……人間じゃあ、ない?」




「あぁ。ただの人間じゃあない。竜族さ」




 ぎこちない笑顔を浮かべたその顔が、困惑に歪む。だが、無理もない。


 エレオノールはこの墓地から一歩も出ないような引きこもりだ。この墓地に竜族の死体が運ばれてくることはまずない。もちろん、直接竜族を目の当たりにしたこともあるまい。死霊として現世に留まるのは、その多くが人間や亜人の類である。エレオノールは、竜族のことをよく知らないのだ。




「竜族がどんな奴らかは、もちろん知っているよな?」




「え、えぇっ!?え、えっと……ぁ、うん。本、本で、読んだこと、あるよ?」




「そうか。それじゃあ、不死者となった竜族……屍竜がいくつもの街を滅ぼしたという話は知っているか?同族も他種族も関係なく、目に映る全てを焼き、貪り、踏み潰し……神の雷を浴びてもなお動き続けたという話だ」




「ぇ……ぁ、あっ……えぇ?え?こ、この子、え?」




「その通りだ。こいつが不死者として目覚めれば、同じことがこの墓地で起きることになるだろうな」




「う、嘘……嘘でしょ?嘘だよね?ぎ、ギルバート、嘘ついてるんでしょ?や、やめてよ。そんな。ね?ねえ?そういうの、よくないよ。だ、だめだよ」




「…………」




 口を結び、静かに目を逸らす。エレオノールは震えて後ずさった。




「そ、そんな……そんなの、そんなの持ってこられても困る、んだけど……」




「いらないか?死神様を崇めるお前なら、きっと喜んでくれると思ったんだが……そうか。すまない、邪魔したな。帰るぞリリア」




「は、はい」




 片腕にガリアを抱き、同時にリリアの手を引いてエレオノールに背を向ける。ピエールが静かに一礼してドアを開けると、エレオノールが俺の服の裾を掴んだ。




「ま、待って」




「……どうした?どうにかする方法でも、あるのか?」




 エレオノールはこくこくと頷き、その胸の谷間から小さな人形を取り出した。






「こ、これ……『身代わり人形』……これなら……」

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