第八章 かくして約束は交わされた

第32話 かくして約束は交わされた①

 雪姫は、ぼうっとする頭でその光景を見ていた。

 一面に見えるのは灰の山。そして、その中に一人ポツンと佇む金眼の紳士。

 だが、その表情は紳士とは到底呼べない鬼の形相だ。

 憤怒の瞳で自分を睨んでいる。


(ううん、違う。あの男が睨んでいるのは、私じゃなくて……)


「……――姫。雪姫。意識はあるか?」


 最も親しい少年の声に、雪姫の意識は一気に覚醒した。


「……ふゆ君? ふゆ君なの!」


 すぐ傍に冬馬の顔があった。どうやら自分は、彼に肩を支えられているらしい。

 しかし、そんな状況を理解したのは後でのことだ。

 気付いた時には、雪姫は冬馬にぎゅうっと抱きついていた。


「ゆ、雪姫……」


 むにィ、と冬馬の胸板で押し潰される豊かな双丘。

 彼女の温もりに安堵しながらも、流石にドギマギして赤面する冬馬だったが、


(―――む、……)


 すぐさま表情を改める。何故なら、自分に抱きつく少女が震えていたからだ。


(……相手はA級幻想種。そして道中で見かけた……団員達の遺体か……)


 どんな死闘があったかなど、訊くまでもなかった。

 ましてや、雪姫にとってはこれが初陣である。怯えるのも無理はないだろう。

 そう思った冬馬は、雪姫を安心させるために彼女の頭を撫でようとし――。


「……良かったぁ、ふゆ君が無事で本当に良かったぁ……」


 少女の独白に、ピタリと指先が止まった。

 冬馬は一瞬、目を瞠り驚いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。


(自分のことよりも、俺の身を心配していたのか……)


 本当に間に合って良かった、と心からそう思う。

 しかし、いつまでもこうしている訳にもいかない。

 冬馬は表情を厳しくして告げる。


「……雪姫。そろそろ離れてくれ。状況を知りたいんだ」


 その声に雪姫は、しばしポカンとしていたが、


「え? ふゆ……と、冬馬? あ? うわうわッ、ご、ごめんなさい!」


 慌てて冬馬から跳び離れた。雪姫の顔がみるみる赤く染まっていく。

 が、次の冬馬の言葉に表情が一変した。


「……別に構わないよ。それよりも状況だ。はっきり訊くが……何人生き残った?」


「―――――ッ!」


 冬馬の問いかけに凍りつく雪姫。顔色は赤から青へと移っていく。

 そして、脳裏に車内での騒がしかった光景が蘇る。

 ほんの一時間ほど前までは、みんな楽しげに笑っていたのだ。

 何となくだが、雪姫は悟っていた。恐らく彼らは初陣の自分や、まだ幼いフィオナの緊張を和らげるために、あえておどけていたのだと。


 本当に、みんな優しい人ばかりだった。

 それを思うと、胸が張り裂けそうになる。涙がこぼれそうになる。


 だが、今だけはその痛みに耐えて――。


「………私を含めて三人よ。フィオちゃんと、重傷のサチエさんだけ」


 雪姫は戦場に立つ迎撃士として、気丈に振る舞った。


「……そうか」


 想像以上の惨状に、眉根を寄せる冬馬。やはりA級は格が違うようだ。


「だったら雪姫、お前はフィオと服部総隊長を連れて――」


「……クロさん?」


 不意に愛称を呼ばれ、冬馬は言葉を止める。

 振り向くと、ふらふらとした足取りで近付いてくるフィオナの姿があった。


「フィオ。体は大丈夫なのか?」


「は、はい。何とか、ですけど。それよりもクロさん、それは……」


 と言って、フィオナは冬馬が右手に構える黒い武器を指差した。

 雪姫もそこに至って初めてそれに気付き、


「ッ! 冬馬、それって短機関銃なの? 確かイングラムって奴だっけ?」


「それはこれのベースにした銃だよ。これの銘は《崩竜》と言う。装弾数七〇発、弾速は一二〇〇キロ。威力よりも弾数・速射性を重視した代物なんだよ」


 そう説明しながら、素早く弾倉マガジン装填リロードする冬馬。

 それから、フィオナを優しげな眼差しで見つめて告げる。


「……ありがとな、フィオ。全部君のおかげだ」


「……? 何が、ですか?」


 何故礼を言われるのか分からず、フィオナは首を傾げた。

 すると、少年は、彼女の髪をふわりと触り、


「君のおかげで、俺はやっと《銃》の力を手にすることが出来たんだ」


「―――――え」


 フィオナは思わず目を見開いた。隣にいる雪姫もまた言葉を失っている。


「だから、ありがとうなんだよ。フィオ。俺はこの力を使って、これから君や雪姫をこんな目にあわせたあの男を倒す」


「……クロさん……」


 フィオナはしばらく俯いていたが、不意に顔を上げて、


「だ、だったら、お願いがあります!」


「……願い? 一体何を?」


 少女は大きく息を吸うと、


「――みんなの! 団員のみんなの! 岡倉さん達の仇をとって、下さい!」


 アイスブルーの瞳に涙を溜めてそう願う。

 冬馬は真剣な面持ちで頷き、「当然だ」と短く応え、くしゃくしゃとフィオナの頭を撫でる。少女は子猫のように瞳を細めた。

 続けて冬馬は雪姫に目配せし、


「……雪姫。フィオと服部総隊長のことを頼む」


「うん。任せておいて。……冬馬、気を付けてね」


 ああと応え、冬馬は怨敵に向かって歩き始めた――。

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