第14話 其は神威を略奪せしモノ③

 雪姫の言葉に冬馬は激しく困惑していた。


(神話の怪物だから神話にある武器しか効かないだって? いくらなんでもそれは――)


 いかに彼女の言葉であっても信じがたい、と思ったその時。

 パチパチパチ、と大きな拍手の音が応接室に響く。

 驚いて冬馬と雪姫が振り向くと、そこには、にぱっと笑うサチエがいて、


「いやあ、お嬢、ほんまに凄いわ。まさか、いきなりそこに気付くとは思わんかったで」


「ふふ、まったくだ。私がアイリーンから聞いた時は、一から十、すべてを説明してもらうまで理解できなかったものだよ」


 う~むと腕を組んで唸る重悟。冬馬は二人の態度から、雪姫が語った内容が真実であることを悟った。だが、それでも納得いかないこともある。


「ま、待って下さい! 神話の中には、明らかに近代兵器としか思えない武器だってあるじゃないですか! そう、例えばさっき雪姫が言ったブリューナクとか!」


 ケルト神話の太陽神ルーの持つ神槍ブリューナクは、五条の光を切っ先から放ち敵を討つと伝わっている。分類こそ槍だが、効果はまるでレーザー兵器だ。

 他にも旧約聖書にある悪徳の都市ソドムとゴモラは、天から降り注ぐ硫黄と火――審判の炎に焼き尽くされたという。これは核兵器にも似ている。


 数ある神話の中には、近代兵器を彷彿させるものも多々あるのだ。

 しかし、そんな冬馬の指摘を重悟は否定する。


「それと全く同じことを私もアイリーンに訊いたよ。彼女はこう答えた。ブリューナクはあくまで《槍》として伝わっている、と」


 要するに、と一言入れて、


「いかに近代兵器としか思えない現象も記載上では《剣》や《槍》、または《炎》といった自然現象に分類されている。どこにも《銃》や《核兵器》だとは記されていないのだ」


 未だ困惑する冬馬に、重悟は神妙な声で問いかける。


「そもそもだ冬馬君。神話の中に《銃》が出てこないのは不自然だと思わないかね。《剣》や《槍》は数多く登場するのに、同じぐらい有名な《銃》は何故か一切出てこない」


「え? い、いや、だって、神話って言ってみれば大昔のフィクションじゃないっすか。まだ当時の人間達に《銃》の概念さえなかった時代だし……」


 冬馬の生真面目な返答に、重悟はふふっと笑い、


「勿論神話が真実であり、神が実在すると想定した上での話だよ。それに加え、全知全能たる神が《銃》の存在を知らなかったというオチもなしだ」


「……はあ」


 気のない返事をする冬馬。すると、雪姫が「それなら……」と手を上げた。


「例えば……実は《銃》の神器は存在していたのですが、本来ならば《銃》と呼ぶべきその武器を、概念のなかった当時の人々がとりあえず《剣》と記した……とか」


 雪姫の仮説を、あごに手を当て重悟は吟味する。


「なるほど。だが、柄森君。それならそれで、数ある神話の中に一つぐらい《銃》の具体的な形状だけでも記載した神話があってもいいのではないのかね?」


「そ、それは……」


 その指摘に言い淀む雪姫。冬馬も反論が思いつかず黙り込んだ。

 沈黙の中、重悟の言葉はさらに続く。


「……アイリーンの話では、《銃》とは存在してはいけない武器であるらしい」


「存在してはいけない武器……?」


 独白のような雪姫の声に、重悟はおもむろに頷き、


「神話の中の武器――そのほとんどは特殊な力を持つ神器のことだ。例えば、神話には炎を放つ《剣》があるが、現実にはそんな武器は存在しない。だがね――」


 ギシリ、とソファーにもたれかかり、彼は呻くように呟いた。


「炎を放つ《銃》ならば存在するのだよ。火炎放射器や、グレネードランチャーとかね。それは一体何を意味すると思う?」


 重悟の問いに、冬馬と雪姫は顔を見合すが、答えなど出てくるはずもなかった。

 すると、今まで沈黙していたサチエが、


「……神器っちゅうのはな、神様の力そのもの――要は神威の証なんやよ。神話の規模とはまるでちゃうけど、それでも《銃》を含めた近代兵器の数々は、神器の力の一部を再現しとるんや。なあ、冬馬君。あんた、さっき近代兵器によう似た神器がある言うとったけど、それは逆なんやよ。。アイリーンはそれこそが幻想種が現れた一因やって言うとったわ」


「「――なッ!」」


 そのあまりの事の大きさに、冬馬も雪姫も絶句した。

 幻想種出現の要因は未だ解明されていない。だが、メルザリオ博士はそれを解き明かしたとサチエは言うのだ。

 二人が驚くのも当然のことである。


(……雪姫。服部さんの言ったこと、本当だと思うか?)


(……今の話だけでは、まだ何とも言えないわ。もう少し聞いてみましょう)


 すかさず読唇術もどきで意志疎通を行う二人。

 さらなる説明を求め、冬馬達がサチエを凝視していると、


「……アイリーン曰く、幻想種とは神話を元に生み出された神の御使い。太陽光と水のみで生き、そして、人類の断罪と自然回帰を行う――新たなる霊長なり」


 まるで神託のように重悟が語る。それにサチエが続いた。


「……神様はな、遂にブチぎれたんや。一部とはいえ神器の力さえ掠め取り、散々好き勝手にやってきおった人間っちゅう種族に、とうとう堪忍袋の緒が切れてしもたんや」


 冬馬と雪姫は、その壮大すぎる内容にただ唖然とした。

 そして、重悟は静かに告げる。


「《銃》とは人類が独自に生み出した《神器の模造品レプリカ》。神さえも想定していなかった盗人の道具。すなわち、神から神威を略奪した――ルール違反の武器なのだよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る