第6話 銃の少女③
話は変わるが、冬馬は別にショッピングモールを散策していた訳ではない。
彼は錬技場での補習の態度が不真面目だったということで一週間、放課後の市街パトロールをさせられていたのである。左腕には「警邏中」の腕章も着けていた。
実は、わざわざ人がパトロールしなくても、逆薙市では昼夜問わず数万台の警邏ロボが巡回している。しかし、警邏ロボは幻想種に対して戦力にはなれない。
たとえ剣や槍で武装させても、ロボットのオプションとして判別されるのか、幻想種の障壁で弾かれてしまうからである。警邏ロボの役割は、幻想種を発見した時の警報と通報のみ。幻想種と戦えるのは、あくまで人間だけなのだ。
そして、冬馬の所属するPGC訓練校はPGCの下部組織に当たる特殊な学校。
学校の名を冠する通り、本質的には学び舎ではあるのだが、卒業生は自動的に全国各地のPGC支部へと配属されるため、実質予備戦力として考えられている。
ゆえに、その在校生がパトロールすれば警邏ロボよりも市民に安心感を与えるので、放課後のパトロールは当番制で義務付けられているのだ。
それを、今回罰として冬馬が一週間受け持ったのである。
ただ、今は平穏な《緩戦期》。この六日間は本当に平和そのものだった。
最終日の今日もあと少し。冬馬の心はすでに男子寮へ帰宅しており、その興味は銃の改造や、悪友・山田から借りた劇場版 《はやて》の観賞などに移っている。
防衛都市といえど、この平和な時期に街中で幻想種と遭遇する可能性は低い。
だから、冬馬の気の緩みも、仕方がないと言えば仕方がないのだが……。
「……まさか、最終日に遭遇するとは思いもしなかったよ」
どこか重い口調で冬馬は溜息をついた。
そこは、ショッピングモールから少し離れたパチンコ店の屋外駐車場。
たまたま通りがかった矢先、突如鳴り響いた警告音に驚き駆けつけてみると、一台の警邏ロボを袋叩きにしているワーウルフが五体もいたのだ。
流石に一瞬唖然としてしまったが、すぐさまPGC神奈川支部に連絡すると、続けて《PKT》からメイスを取り出し――今に至っている。
冬馬はざっと周辺を確認した。
近くに人はいない。住民は全員退去したようだ。
「……とりあえず他の人は退避したみたいだな。けど一体どういう事なんだ?」
そう呟き、訝しげに眉をしかめていると、
『ウオオオオオ――ン!』
ワーウルフの爪が、冬馬の顔を狙って襲い掛かる!
「お前らって確かC級だろ? なんでこんな所でぞろぞろと群れているんだ?」
冬馬は身を屈めて爪をかわし、ガラ空きの腹部にメイスを突き出した。メキメキッと音を立て、メイスがワーウルフの腹部にめり込んでいく――。
「……C級の侵入を五体も許したのかよ。PGCの監視班は何してんだ」
そして、痙攣して崩れ落ちるワーウルフには見向きもせず、
『ウオオオオ―――――ギャン!?』
雄たけびを上げて突進してきた次の敵の頭上に、容赦なくメイスを振り落とした。
両手を伸ばした状態で絶命したワーウルフは、ガクガクと両膝を折る。
「……ん? メイスって結構使いにくいな。棍――いや、槍の方が使いやすいか?」
そんな台詞とは裏腹に、残る三体のワーウルフの間合いに入ると、
――ガッ、ゴッ!
軽やかに二度、メイスを閃かせる!
頭部を大きく陥没させた二体の怪物は、瞬時に灰の塊となり砕け散った。
「さて、後はお前だけだが……」
と呟いた冬馬の顔に、少しだけ緊張が走る。
『ウオオオオオ――ン!』
雄たけびと共に、最後のワーウルフが右の爪を振るってきたからだ。
それは他の連中とは段違いの速さだった。
(へえ。速いな)
咄嗟に冬馬は、大きく後方へ跳び退いた。
ちらりと後ろを見ると、一メートル先には白いセダンが駐車してある。
冬馬は眼前のワーウルフを見据えて、
「……どうやらお前がボスってことか。他の奴らとはまるで実力が違うな」
と、怪物に賞賛を贈る。
しかし、人狼にとって人の賛辞など、どうでもいいのだろう。
言葉には何の反応も見せず、今度は左の爪で風を切り裂く。
冬馬は再び跳躍し回避した。後方に跳び上がった少年は車のボンネットの上に膝を曲げて着地する。――が、安心する暇もなく、追うように右の爪が迫ってきていた。
すかさず後方へ三度目の跳躍。
冬馬はボンネットを踏み台にして車を飛び越えた。
その刹那、
――ガゴンッ!
ワーウルフの爪が、ピラーごとフロントガラスを抉り取る!
(大した威力だな。けど、当たらなきゃ意味がないぞ)
と、冬馬は不敵に笑い、
「おぎゃあああああああああ!」
その表情のまま、凍りついてしまった。
「――あ、赤ん坊……ッ!?」
突如響いた子供の鳴き声。それは破壊された車の中から聞こえてきていた。
予想もしていなかった第三者の登場に、冬馬は息を呑む。
(そうか! ここはパチンコ店! 子供を残して……。くそッ!)
どこの馬鹿親かは知らないが、どうやら子供を車に残し娯楽に勤しんでいたらしい。
しかも、そのまま赤ん坊を残して自分だけ避難するというおまけ付きだ。
「――くッ! 間に合うか!」
まさに状況は最悪だった。ワーウルフの興味は完全に赤ん坊へと移っている。
その上、冬馬の立ち位置も最悪だった。車が邪魔をして、ワーウルフの所まで直進出来ないのだ。焦る冬馬を尻目に、怪物はゆっくりと爪を振り上げ――。
「ダメエエエエエ――ッ!」
「なッ!」
突如乱入した少女が、ワーウルフの腰に抱きついた。――いや、本人は体当たりしたつもりなのだろうが、体重が軽すぎて微動だにしなかったのだ。
煩わしげに身を捩じり少女を振り回すワーウルフ。
冬馬は突然の事態に呆けてしまう。
(な、何だ、この子は……)
年の頃は十四歳ぐらいだろうか。
腰まで届く長い銀髪が緩やかに波打っている。身長は百五十センチほどで華奢な体型をした少女だ。振り回されているため、はっきりとは分からないが、かなり綺麗な顔立ちをしている。
――が、何よりも気になるのは、その服装だった。
驚くべき事に少女の服装は喉元を覆うノースリーブ型のレオタードだったのだ。
とても良く似合ってはいるのだが、冬馬は思わず身震いしてしまった。
(……おいおい、この寒空に、なんて軽装をしてんだよ)
それに加え、肘まである長い手袋と、腰には翼の刺繍が入ったパレオのような布を巻いている。遠目からだと、まるで白銀色のドレスのようにも見えた。
(まあ、軽装には変わらないか。この子寒くないのか?)
と、そんな場違いな感想を抱く冬馬だったが、不意に顔を強張らせた。
ワーウルフが少女に向け、右の爪を振り上げたからだ。
「――まずい! そこの女の子! 離れるんだ!」
いきなり響いた冬馬の怒号に、少女は一瞬、ビクッと体を震わす――が、すぐにパッと手を離した。途端、少女の身体が宙を飛ぶ。
「くッ!」
冬馬は咄嗟にメイスを投げ捨て少女の身体を受け止めた。しかし、小柄な少女であっても流石に三十キロ以上はある。勢いに押され、冬馬はたたらを踏んだ。
怪物の瞳が鋭く光る。ここぞとばかりに両腕の爪が猛威を振るった。冬馬は少女を抱きかかえたまま、険しい表情で攻撃をかわし続ける。
「くッ! 君ッ! 俺の首を!」
説明が足りない冬馬の指示。だが、少女は即座に理解したようだ。
両手を冬馬の首にまわし、身体を密着させる。それを確認した冬馬は少女の脚から右手を離し、代わりに少女の腰を左腕で強く抱きよせる。
「しっかり掴まっているんだ!」
腕の中の少女にそう告げて、冬馬は一気に加速する。虚をつかれたワーウルフの間合いに入り込み、喉元めがけて右の拳を繰り出した。
『――グガッ!』
深々とめり込んでいく拳。
全体重を乗せた渾身の一撃は、ワーウルフの体を四メートル近く吹き飛ばした。
ゴムまりのようにバウンドする怪物。しかし、致命傷ではない。
「くそ、少し浅かったか……」
ワーウルフは喉元を押さえ、のた打ち回っていた。倒すには至らなかったが、充分な余裕は出来た。今の内に冬馬は少女を安全圏に逃がそうと左手を離すが……。
「……え? あ、あの、君?」
ぎゅうぅ、と。
少女がしがみついて離れない。
どうやら未だ冬馬の言いつけを守っているようだ。
「う、うわ……ッ」
冬馬はかなり動揺した。
思えばここまで女の子と密着したのは人生で初めて――いや、多分二度目だ。
あの時は大分混乱していたので感触など憶えていないのだが、いま呼吸が分かるほど密着したこの少女の身体は、とても柔らかくて……。
(ま、まずい! 今は戦闘中だぞ! そ、そうだ、山田のあの話を思い出して……)
冬馬は動揺を吐きだすように呼吸を整える。
それから、ポンポンと少女の頭を叩き、
「き、君。もう離れても大丈夫だよ」
「…………え?」
ポカンとした声を上げる少女。彼女はしばし、視線をそらす冬馬の横顔をじいっと見つめていたが、不意に恥ずかしくなったのか、そそくさと冬馬から離れていった。少し離れて場所で目を伏せたまま「あ、あうぅ」と呻いている。
冬馬は内心でホッとした。そして少女を庇いつつ、改めて怪物の前へと立つ。
すると、蹲っていたワーウルフが、ふらふらと立ち上がった。人狼はガハガハッと吐血を繰り返している。その様子を冬馬は目を細めて観察した。
(……見たところ喉は完全に潰れ、まともに呼吸も出来ていないな。すでに死に体か。この分なら放置してもいずれは灰になるな)
そこで、ふと妙案を思いつく。
(そうだな、これはチャンスかな。こいつを《咬竜》の実験にでも……)
と、考えていた時、
「《PKT》オープン、スロット①! コール《スプラッシュ》!」
耳朶を打つ少女の声に、ギョッとして冬馬は振り向いた。
まさか加勢するつもりなのだろうか?
ならば《スプラッシュ》とは武器の名か。
「ま、待った! ここは俺に任せて――」
と、慌てて少女を止めようとした冬馬だったが、そこで思わず絶句した。
少女の取り出した武器。それが、彼の想定外のものだったからだ。
「は、はあ? ウソだろ――ガ、
――そう。少女の取り出した武器とは、白銀色の携帯型回転式機関銃。
すなわち、銃器だったのだ。
七十センチ程の六銃身に、数メートルもある長い給弾ベルト。翼の刻印をした優雅なデザインではあるが、それは間違いなく銃器の一種だった。
少女はその銃を、うんしょっと構えると、ワーウルフに狙いをつけ、
――ガガガガガガガガガッッ!
毎分二〇〇〇発の弾幕を炸裂させた!
絶え間なく飛び散る空薬莢。あまりの事態に、呆然としていた冬馬だったが、
「……なん、だって……?」
眼前の結果に、さらに言葉を失う。だが、それも仕方がないことだった。
なにせ少女の放った弾丸はワーウルフの上半身を捉え、粉々に吹き飛ばしたのだ。
唖然とする冬馬の前で、上半身を失ったワーウルフは灰となって消えていった。
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