第23章 戦場の狼

「ヴォルフ……?誰だ?」

 当然と言えば当然だが聞き覚えのない名前だ。

 横にいるクエスタに視線を向けるが、彼女も首をかしげている。


「いたずらかな?それにしては手が込んでるし……」

「いえ、いたずらではないと思います……。この封は王宮のものですし……」

 クエスタに言われて気づいたので裏をめくってみると、切れてはいるが、なにかよくわからない丸の中につながった文字が書かれている。

 俺らの世界でいうところの『印鑑』なのか?


 ちらりと横を見ると、クエスタは腑に落ちないような表情を浮かべている。

「どうしたんだ?クエスタ」

「いえ……何でもありません」

 そこまで言った彼女ではあるが、表情は曇っていた。


「でも、この手紙が来たということは、早朝に向かわなきゃいけないようですね」

「早朝って何時くらいだ?」

「うーん、四時くらいでしょうか……?」

 その言葉を聞いて不安感が募る俺。

 俺は元々、早く起きるのが苦手なんだ。


 あくまで冷静に、ばれないように俺は

「そうか、早く寝なきゃな」と返す。すると、彼女は

「はい。遅刻はいけませんからね。なにしろ、王宮からの手紙なので」と、俺にくぎを刺すように言葉を付け加えた。

 くそ……。俺が寝坊しやすいってのがばれてる……。


 冷や汗ダラダラになりながらも俺は

「じゃあ、ヒュノとレゥもその時間に起こさなきゃな」と言って寝室へと向かった。

 後ろから、クエスタが「はい、おやすみなさい」と言ってくれた。


 部屋につくなり、どっと疲れがあふれ出る。

「やっべ、体重ぇ……」

 今日の緊張感やら、疲れやらが一気にあふれ出す。

 フラフラとベッドに向かい、ニーパに連絡を取る間もなくそのまま眠りについた。


 次の日の朝。

 まだ外が暗い時間帯に目が覚める。

 スマホを見ると午前三時を指していた。


 ベッドから無理矢理体を起こすと、すでにリビングが騒がしい。


『純騎はまだ起きないなのー!?』

『おかしいですねぇ……。そろそろ出発する時間なのですが……』

『純騎……お寝坊さん』

 

「やべぇ!全員起きてやがる!」

 慌ててそばに置いてあったスマホをポケットにしまい込み、俺は部屋を飛び出した。


~~~


「純騎ー、おっそいなのー!」

 リビングに降りると真っ先にヒュノから叱られる。

 彼女は小さな頬をぷくーと膨らませながら不機嫌なのを隠そうともせずに足を鳴らしていた。


 俺は「悪い悪い」と謝り、クエスタの方を向く。

 彼女はにこりと笑みを浮かべると、俺とレゥの手を握って

「さあ、早くいきますよ!」と歩き出した。


 引っ張られて歩く俺と、着いて歩くレゥ。

 後ろから「ちょっとー!私さんも行くなのー!」とヒュノが走ってきた。


~~~


 朝の陽ざしが出てくるにはまだ少し早い時間帯。

 外の空気は澄んでいて、人は一人も出歩いていない。


 午前三時。家を出ると、目の前にペガサスが二匹、家の前の柵にひもでつながれていた。

 そばにはペガサスに座り込んでいるグリムが眠そうに大あくびを浮かべていた。


「貴様ら、やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

 ペガサスにまたがったままこちらを見下すグリム。

「え!?なんでグリムがここにいるなの!?あんたは呼ばれていないなの!」

 目を丸くするヒュノに「たわけ」と渋い声で返した後にさらに言葉をつづける彼。


「俺がのこのこ王宮に行くと思うか?答えは『行かない』だ」

 そしてクエスタを指さしてさらにこう言う。

「俺はそこの女に足を貸しに来ただけだ。まったく、早朝から起こされてたまったものではないんだがな……」

 眼鏡の奥からクエスタをにらみつけるグリム。

 クエスタは「ありがとうございますね」と短くお礼の言葉を述べ、

「さあ、純騎さん、姉さん、レゥ、行きますよ!」と声をかけた。


 グリムは「やれやれ」とため息をひとつついてペガサスから飛び降りる。


「仕事は済ませた。俺は休ませてもらうぞ」

 そして、そんな言葉を残して彼は去っていった。


 苦笑いしかできない俺。

 そんな俺を差し置いてヒュノとレゥはペガサスにまたがる。

「じゃ、出発なのー!」

 そして、一足先にペガサスを走らせていってしまった。


 あっという間に見えなくなる二人。

「すげぇなぁ……」

 それしか言葉が出ない俺。

 すると、すでにペガサスにまたがっていたクエスタが声をかけてくる。

「純騎さん!早く乗ってください!行きますよ!」

 俺は急かすように「お、おう!」と短く返事をした後、またがって彼女にしがみつく。

 すると、彼女はペガサスの横腹を軽く蹴る。

 直後、ペガサスは甲高く鳴いた後に風切る速さで走り出した。


 彼女の腰にギュッとしがみつき、振り落とされないように力を込める。

 周りの景色がどんどん移り変わっていくのを見ると、昨日のデートの時は本当に速度を落としてたんだなということを実感した。

 顔面に浴びる風は肌寒く、ちょっと油断したら舌を噛んでしまいそうだ。


 俺が目をつぶっていると、クエスタが声をかけてくる。

「純騎さん!つきました!王宮です!」

「!!」


 思い切って目を開けると、朝日をバックに物言わぬ王宮がそびえたっていた。

 

 昨日見た時は温かい印象すら受けたのに、今日は恐怖心すら覚える。


「姉さんたちもいます!止まりますよ!」

 俺がこくんとうなづくと、クエスタは体をこちら側にたおし、手綱を引く。

 すると、ゆっくりとスピードが落ちていき、最後には完全に止まってしまった。


~~~

 すでにレゥとヒュノはペガサスから降りていた。


「わたしさんたちのほうが早かったなのー!」と自信満々に胸を張るヒュノと呆然と立ちすくんでいるレゥ。

 どうやらレゥは目を回したらしい。


「姉さん!先に行かないでくださいよ!」

「へっへーんなの!勝ったものが勝者なのー!」

「だからといって……!」

 ヒュノとクエスタが言い争っていると、後ろから男の声が聞こえてきた。


「おぅ、お前らが純騎たちか」

 一同の視線が声のした方に集まる。


 門の前には身長が百九十センチはあろうかという大男が立っていた。

 ボサボサの短い黒髪で、見たものを一瞬にして震え上がらせるほど鋭い眼光を持つ男。

 銀縁で緑色の軽鎧に身を包んだ彼は、首をゴキゴキと鳴らしながら俺らの方をじっと見つめていた。


「……貴方は?」

 レゥが一歩前に出て問いかける。

 男はギロリと彼女を一瞬見た後、一歩近づいて重厚な声でこう返した。


「俺はウィザ王国Fチーム隊長 ヴォルフだ」


「ヴォルフ……?」

「あぁ、嬢ちゃん。純騎って野郎に俺からの手紙を送りつけたんだが……てめぇではなさそうだな」

 俺たちに一歩ずつ近づきながらそうつぶやく彼。


「ヴォルフって……あの手紙の?」

「ん?」

 俺の声を聴いて一瞬立ち止まるヴォルフ。

 彼は俺の方を振り向いてギロリとにらみつけながらこう問う。


「てめぇが……純騎か」


「ひぃっ!?」

 思わず、自分自身でも情けないと思う声が飛び出す。

 というか、あんな目でにらみつけられたら誰だって腰抜かすよ。

 

 すると、俺とヴォルフの間に割って入るヒュノとクエスタ。

 彼女たちの手には獲物が握られている。

「私たちに何の用事ですか?」

 真剣なトーンで問いかけるクエスタを見て、ヴォルフは「ふん」とつまらなさそうに鼻で笑う。


「どうやら、王女の見立ては外してたみたいだな。女に守られてる腰抜けを連れて行けなんてな」

「なっ……!」

 ヴォルフの言葉で頭に血が上りかける俺。

 彼の元まで詰め寄ろうとしたが、その前に「まあいい」と彼が背中を向けた。


 そして、振り向きざまに俺の方をにらみつけてこう言い放った。


「てめぇみてぇなひよっこは連れて行くのはごめんだ。とっとと戻れ」


「はぁ!?」

 クエスタとヒュノを押し分けて俺はヴォルフに詰め寄る。

「なんで戻んなきゃならねぇんだよ!」

「フン、女なんかに守られてるから使えねぇと判断した。それだけだ」

「……!」

 完全に頭に血が上り、わけもわからずヴォルフに殴りかかる俺。

 しかし、彼はこちらを振り向こうともせずにただ、手で押し出した。


「!!」

 腹のあたりを強く押され、殴られたわけでもないのに動けなくなる。

 その場にうずくまる俺。

「純騎さん!」

 駆け寄ってくるクエスタ。その姿を見て、彼はあざ笑うかのようにこう言い放つ。

「やっぱり王女の見立ては外れだ。こんなの、弾除けにすらならねぇよ」

「……てめぇ」

 精一杯のにらみを利かせて立ち上がるが、彼には無意味のようだ。

 彼は「まだにらみつけるだけの余裕があったか」と言った後、さらに強く言葉を投げた。

「なんだったら、後ろの女どもと一緒に無に帰してやってもいいぞ……!」


 彼が腰に差していた剣を抜こうと手を添えた、その直後だった。


 大きなブザー音が鳴り響く。

「なんだ……?」

 音の発信源は……ヴォルフの方だ。


「ん?」

 彼はポケットから小型のトランシーバーのようなものを取り出して耳に当てる。

 トランシーバーから声が漏れているが、こちらには何と言っているかわからない。

「なんでしょうか……?」

「知らないのよさ!」

 すると、ヴォルフは「おう」と眉をひそめてトランシーバーの電源を切った。

 そして、小さく舌打ちをした後に俺らに強く言い放った。


「てめぇらもついて来い。任務の時間だ」


「任務って……?」

 突然言われて頭がはてなマークでいっぱいになる俺ら。

 そんな様子を見かねてヴォルフはため息をひとつつき、こう続けた。


「今からFチームで違法搾取の現場を取り押さえる。お前らも強制同行だ」

「……」

 突然の出来事に黙り込む俺ら。

 すると、沈黙を破りレゥが口を開いた。


「あの……?なんの違法搾取……ですか?」

 ヴォルフは俺らの方を振り向き、そしてこう言う。


「あぁ?そんなもの、エジ帝国の野郎どもの『竜のエネルギー』に決まってるだろ」

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