第20章 嫉妬の心は炎の味?

「ん……」

 朝、窓から俺の顔に差し込む太陽の光で目を覚ます俺。

 体を起こし、スマホの時計を見ると朝七時を指していた。


「そろそろ朝食が出来上がる時間だし、起きなきゃなぁ……」

 もぞもぞと体を起こすと、突然コンコンと控えめにドアをノックする音が。

「誰だ?」

 ドアの方に視線を向けると、ぎぃと控えめに扉が開かれた。


 直後、レゥが隙間から顔を出してきょろきょろと辺りを見渡す。

 その表情は、どこか申し訳なさそうな印象も受けた。


「レゥ、どうした?」

「!!」

 俺の声にびくっと目を丸くした彼女は、おずおずとした後に、一度ぺこりと頭を下げて部屋に入る。

 彼女の来ていた服は、昨日買ったあのゴスロリ服だ。

「……えと、あの、純騎」

 何か言いたげなレゥ。

 彼女は少しもじもじとした後に、俺の方を向いてこういった。


「……純騎、あの、昨日はごめんなさい」

 たぶん、昨日の竜化のことだろう。

 そのことについて謝りに来たんだな。


「あー……大丈夫だぞ。俺はこの通り生きてるし、ヒュノやクエスタだって……」

「でも! みんなに迷惑を……」

「気にしなくていいって」

「……」


 急に黙り込むレゥ。

 真紅の瞳が俺を捉える。

 そして、彼女は口角を少し上げたかと思うと、

「……ありがとうございます、純騎」

 と、笑みを浮かべた。


「あぁ、どういたしまして」

 俺がベッドから降りようとした時だ。

 ゆっくりと、レゥがこちらに向かって歩みを進める。

「れ、レゥ……?」

 俺がベッドより出るより先に、彼女が俺の元へ近づく。

 そして……。


「ぼふっ」

 そのまま顔を布団にうずめたレゥ。

「!?」

 とっさの出来事におろおろしていると、レゥはスリスリと掛布団に顔をこすりつけ、こちらの方を向いて笑顔でこう言う。

「……純騎のにおいがする、いいにおい」

 その表情と声のトーンのほんわりした感じといい、ほんっと、レゥは人を別の世界に目覚めさせる能力があるんじゃないか……?

 って、いかんいかん、こんなの、クエスタに見られたらなんと言われるか……。

「れ、レゥ……、下に降りて朝飯食べよう、な?」

 諭すように彼女の肩を揺さぶると、頭をふるふると横に振ってそのまま俺のベッドに入り込んだ。

「ちょっ!?」

「私……純騎と一緒に寝る……」

 寝ぼけ眼でそうつぶやく彼女。

「ちょ、レゥ!? 起きて!」

 冷静さをまったく保てない俺。

 こんなところ、クエスタに見られたら……。


 ドアがノックされた。

 俺が何かアクションを起こす前に扉が開かれる。

 顔をのぞかせたのはお玉を持ったクエスタ。

「純騎さん、ご飯ですよー……」

 そして、彼女は石のように固まった。


 無理もない。今、俺の部屋にはベッドに入っている俺とレゥがいるのだ。

 ……俺らのいた世界だと、こういうのって、『朝チュン』というんだっけ?


「あ……」

 ぽっかりと口を開ける俺。

 レゥはもぞもぞと布団の中で動いている。

 

 すると、クエスタはひきつった笑みを浮かべ、お玉を杖のように構えると俺らにこう言い放つ。

「純騎さん……? これはどういうことですか……?」

「ち、違うんだ! これには訳があって……。レゥからも説明してくれ!」

 最後の望みを託して、布団の中でもぞもぞしているレゥを引っ張り出す。

 

 彼女は目をこすりながら、俺の方を見てほわほわとこういった。

「ん? なぁに……? お兄ちゃん」


 一瞬、部屋が凍った気がした。


「ちょ、レゥ!? 寝ぼけてないで……」

 彼女の肩を揺さぶって起こそうと試みるが、レゥの目はまだ閉じたままだ。

 直後、後ろから殺気があふれ出てくる。

 油をさしていないロボットのように振り向くと、そこには笑みを浮かべたクエスタが立っていた。

 しかし、彼女の周囲には光が集まり、どこか笑みも怖い。


「ふ……ふふふ……純騎さん、まさか、そんな関係に至ってたんですね……」

「こ、これはレゥが寝ぼけて……」

「言い訳は無用です!」


 言い放った瞬間、お玉を上にかかげて詠唱。

「『疑似魔術回路展開! 詠唱破棄! これで反省しなさい!』」

 お玉の上に大きな水の球体ができていく。


 その光景を見て、勘が悪い俺でも悟った。

 あ、これ、死んだわ。


「『聖なる水球ギガアクア』!」

 涙目の彼女から放たれる水の球。

 向かって飛んでくるそれに、俺はなにも身動きができずにいた。


 すると、レゥが俺の前に立ち、右手を前にかざすと巨大な半円状の炎の壁が出来上がった。

 水の球が壁に当たり、煙を上げて蒸発する。

「……純騎は、私が守ります」

 キッとクエスタをにらみつけるレゥ。

「そうですか、私と戦いますか……」

 暗い笑みを浮かべ、お玉を構えるクエスタ。


 二人の間に稲妻が走っている気がする。

 って、このままじゃこの部屋が崩壊する!


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 二人とも!」

 間に入って険悪ムードを止めようとするが、二人とも聞く耳を持たない。

 一応、ここ俺の部屋だよ!? なんで無視するの!?


 布団から抜け出していたレゥが、クエスタに向かって右手を構えると目を閉じて詠唱を始める。

 彼女の周囲からは燃え盛るような熱気が集まり、今でも火傷してしまいそうだ。

「……『竜の血よ、煉獄の炎よ、今こそ力を分け与えたまえ。眼前の敵を焼き尽くす一陣の炎となれ!』」

 レゥの足元に広がった紅蓮の魔方陣が光を放ち、熱気が右手の前に集まっていく。

 対するクエスタはお玉を構えてその場に立っている。


 そして、決意と覚悟を決めたようにレゥが口を開く。

「『無限煉獄・獄炎インフェルロス・フレイム!』」

 瞬間、彼女の右手から一陣の炎が放たれる。

 音速に近いスピードで放たれた太い炎は、渦巻きながらまるでドリルのようにクエスタの方へと向かっていく。


 クエスタはお玉を構えたかと思うと、それを前に突き出して愚者の盾《フールシールド》を作り出した。


 半円状の盾に炎が当たり、四散して消え去る。

 レゥの放った炎は一片たりともクエスタには届かず、クエスタ本人はにやりと笑っていた。

 

「今のがレゥさんの技ですか。見事ですが、私には届きませんでしたね」

 盾を解除し、クエスタはもはやボロボロになったお玉を投げ捨てる。

 レゥからはギリリと歯を噛み締める音が聞こえた。


「……純騎に寄るな、死ね!」

「ふふふ……それはこっちのセリフです」

 あまり感情を現さない二人が、敵意むき出してほえる。

 というか、クエスタも怒りをむき出しにした表情するんだな。初めて知った。


 現実逃避代わりにそんなのんきなことを思っていたが、そんな事を言ってられない状態に。

 二人とも魔方陣を展開し、渦巻く光を味方につけて詠唱を始めたのだ。

 レゥは祈るように手を組み、クエスタはいつの間にか杖を持っていた。


「『今宵、私たちは天・地・水。すべてを生み出す』」

「『今、契約は交わされた。煉獄の窯は開かれ、竜の証は刻まれた』」

 二人ともマジな雰囲気。

 これ、本当に、俺は生き残れるの?

 今のうちに遺書でも書いた方が良いんじゃないか?

 そんな俺の不安もどこ吹く風、二人は自分の詠唱に集中している。

 たぶん、今、誰が何を言っても何も聞かないだろう。


「『天地創造・万物万象私の手の中に!』」

「『我が限界を越えよ!』」


 素人の目でもわかる量の魔力量。

 収縮したお互いの魔方陣がまばゆい光を放っている。


 俺は魔法に関しては全く分からないが、一つだけ確実に分かることがある。


「これ、ほっといたら俺が死ぬ! ちょっと! 二人とも落ち着いて!」


「『三属性のトライアングル』―――」

「『無限煉獄インフェルロス』―――」


 俺の懇願にも似た叫びをかき消すように、二人が最後の詠唱を終えようとした時だ。


「うるっさいなのぉぉぉぉぉ!!」


 大音量の叫びが聞こえる。

 二人の集中力が途切れ、魔方陣が消滅する。


 声の聞こえた方、クエスタの後ろには、彼女の三分の二以下の身長しかない少女が立っていた。

 その少女は金髪のツインテールで……。


「クエスタ! 純騎! 私さんを何時間待たせる気なの!? あと、部屋の中でドンパチやったら、ご近所迷惑なの!」

 そう、ヒュノが立っていたのだ。


「ね、姉さん……」

 しどろもどろしているクエスタ。レゥもおろおろしている。

 クエスタとレゥの間に入り、ヒュノが指をさしながら地団駄を踏む。

「クエスタ! 室内で魔法使うのは禁止と言ったはずなの!」

「は、はい……」

「レゥも! 室内で魔法はご法度なの! あなたの魔法力だと、普通に部屋が吹き飛ぶなの!」

「う……うぅ……」

 しょんぼりしている二名。

 ヒュノは怒りを隠そうともせずにさらに話を続ける。


「まったく、二人とも熱くなりすぎなの! 下まで聞こえてたなの!」

「で、でも……今回はレゥさんが……」

「言い訳は聞きたくないなの!」

 クエスタの言葉にピシリと言い放つレゥ。

 しっかり者のクエスタがしょんぼりとなっていて、子供っぽいヒュノが説教してるってかなり異質な構図だよな。うん。


「魔法は集中できなくなると詠唱できなくなるからよかったとして……このままだと、二階が吹き飛んでいたなの!」

「は、はい、おっしゃる通りです……姉さん」

「……」

 深々と頭を下げるクエスタと、しょんぼりとうつむくレゥ。

「で、レゥは謝らないなの!?」

 そんな彼女を睨みつけてヒュノはそう叫ぶ。

 一瞬びくっとなったレゥはおろおろした後に頭を深々と下げる。


 ヒュノは溜息を一つつくと、部屋から立ち去った。

「……二人とも、室内で魔法は禁止なの! 仲良くするの!」

 そんな言葉を残して。


「……」

「……」

 室内に取り残される俺ら三人。

 微妙な空気が漂い、何とも言えない空間を作り出している。


「……とりあえず、ご飯にしましょうか」

「うん……レゥも行くぞ」

「……」

 俺の言葉にコクンとうなづいたレゥは、俺の手をぎゅっと握る。

 さすがにクエスタもこの時ばかりは反応する気力はなかったらしい。


 クエスタはボロボロになったお玉を拾い上げると、そのまま下へと降りる。

 俺らも続いて下に降りた。


 今日の朝食のハムエッグは、とても固かった。

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