第13話:私を呼ぶ声

 はや君とオムライスを食べた日の夜。私はとある夢をみた。どこかの住宅街の風景。そこを歩くのは白の耳としっぽを持ったあの妖と、その妖の隣を歩く以前大学で妖の隣を歩いていた女性。大学で見た光景とほとんど変わらない。2人は片手にビニールの袋を持っている。おそらく買い物の帰り道なのだろう。2人は時々顔を見合わせては笑顔を見せていた。そして女性は妖の耳に触れて、妖は気に留める様子はあったものの振り払うことはしなかった。

 あの人、耳としっぽが見えてるんだ。ということは、霊力がある人・・・?

 それにしても・・・お互いのことが好きなのかな。なんだかそんな気がする。

 そんな二人の後姿を見ていた時、女性がふと振り返って私の方に顔を向けた。

 ―ワタシハココヨ―

 声が聞こえてきた。いや、直接頭に響いてきた、と言った方が近いかもしれない。そして同時にとてつもない冷感が私の身体全身を走った。

 あなた誰?私に何かを訴えているの?

 私に何かしてほしいの?

 そんな疑問を残して私の意識は目覚まし時計の音に引きずられて浮上していった。



「なでちゃんがね、昨日オムライスを作ってくれてね、それでねそれでね!!」

 そんなこんなで翌日。目覚めがスッキリしなかったせいか、ぼーっと教室で座っていた。すると教室の出入り口から元気よくこちらに向けて手を振るはや君に引っ張られそして今、学生ホールに来ていた。隣に座っているのがはや君で、正面に座っているのは和也さん。

「倉橋さんのオムライスですか。ぜひ私も食べてみたいです」

「いえ、私のオムライスはそれほどでも。はや君はシー」

 人差し指を立てて少し子どもっぽく静止を促す。でもはや君はニッコリ笑顔でこちらを向いている。

「だって、美味しいものは美味しいんだから、仕方ないでしょ?」

 た、確かにそうですけども…。そうやって口にされると少し恥ずかしい。

「お2人は本当に仲がいいんですね」

 そんな私たちのやり取りを見ていた和也さんは、目元を和らげて笑みを見せる。

「まぁ、ずっと一緒にいましたから」

 しかしその時、ここからは少し離れた場所だけども"妖怪"が現れた時と同じ気配を感じた。

 和也さんに目を向けるが、和也さんはそんな慌てた私の視線を受けても特に気に留まる事なく首を傾げた。

 まさか、この気配に気がついてない?あとは私の勘違い?でも、こんな濃いのに勘違いなんて…。


 -ワタシハココヨ-


 だか、次の瞬間ハッキリと聞こえてきたのは、夢の中で聞いた声。あの人が呼んでる?

「あ、あのっ、お手洗いに行ってきますっ」

 私は荷物をそのままにして、気配を感じる方へと走りだした。

「なでちゃん…?」

「…」

 そんな私の姿を見て何か確信した和也さんが、席を立ったのも知らずに。




 気配だけを頼りにやってきたのは、建物の裏であまり人通りがない場所。

 多分こっちで合ってたと思うんだけどな…。

 気配が漂っているだけで、特に視界に変化はない。


 -ワタシハココヨ-


 しかし、声だけはハッキリと聞こえてくる。

 夢と同じ声。

 絞り出すような、でも寂しそうな声。聞いている方が切なくなってくる、そんな声。

「私を呼んでるの?私に何かしてほしいの?」

 けれど返事はない。北から吹き降りてきた風が、私の周りを通過していくだけ。

 もし私の感覚が合っていれば、これは妖怪の類いかもしれない。そうだとしたら、なんとかしなくちゃ。もし私で無理なら、和也さんに早く言わなくちゃ。

 すると、前方の何もない空間がぐにゃっと歪み、そこからスッと白い手が出てきた。身体はないのに、宙に現れた一本の腕。


 -ワタシヲ助ケテ-


 そしてまた聞こえてくる声。きっとこの腕の妖怪の声だ。

「私に何をしてほしいの。あなたでしょ?私にメッセージを送ってたのは」

 しかしその時、白くて細い腕は私の最後の言葉が言い終わる前にぐっと近づいてきて、私の首に手をかけた。

 急に首を締め付けられて、息が苦しいっ。

「なっ、なにを…うっ」

 息苦しさと締め付けられる痛みが同時にやってきて、まともな思考が働かない。


 -オンミョウジ-


 おんみょうじ…?私の事をそう言ってるの?

 あの妖も言ってたけど、私そんな気配持ってるの…?

 でもまともに息が出来なくて視界が霞んでくるのが分かる。

 怖い。

 喉を締め付ける白い手は緩めることなく、ずっと私の首を締め付ける。

 もう…ダメかも…。

 意識を手放そうとした、その時。

 強い力で後ろに引っ張られ、同時に首を締め付けていた手が離れた。急に気道が広がって空気が沢山入ってきて思わずむせちゃったけど、でも意識が少しずつ戻ってくる。視界も開けてきて、後ろを振り返るとそこにいたのはあの白い耳を持った妖だった。

「あなたは…」

 紅い瞳がじっと見つめる中、私の声を聞くとホッとしたように少し目元を緩めた。

「意識はしっかりしてるな」

「は、はい…って、あの妖怪はっ」

 安心したのも束の間、妖怪がいた場所に目を向けるものの、既に妖怪の姿はなくなっていた。

「いない…」

 いつの間にか気配も消えていて、目の前に広がっていたのは、風の音しか聞こえない空間だった。

「あの…助けてくださってありがとうございました」

「別に」

 その言葉を最後に静寂が場を支配した。あんなに探していたのに、いざ見つかると聞きたいことが飛んでしまって、頭が真っ白にななってしまう。き、気まずい…。

 …もし、あの夢が真実ならば、さっきの妖怪とこの妖は何か関係しているのかな…。

「…あんたは近づかない方がいい」

「え?」

 しかしそんな静寂を破ったのは妖の一言だった。

「このことも、俺の事も、あんたは近づかない方がいい。近づけば犠牲者が増えるだけだからな」

「犠牲者…?それってどういう…」

 しかし、妖は私の言葉を聞くことなく、空気に溶け込むようにして姿を消した。人間離れした光景に呆気を取られるものの、すぐに疑問が湧いてきた。

 犠牲者が増えるって、以前にも似たようなことがあったってこと?

 そして夢のことも、私が立てた仮説も、もしそれが本当であるならば…あの女性は人間じゃなくて…妖怪で、以前にも人を襲った方があるってこと?

 そしてあの妖はどうして妖怪が人を襲うのか、理由も知ってる…?

「なんか、大変な事になってる…?」

 和也さんに相談した方がいいかもしれない。

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