第34話 桜田大臣に捧ぐ「USB」踊ってみた

「クッ、クッ、クッ、ク。国の五輪経費が1,500円だって」

「コラッ、何初めっから揚げ足取ってるの」

「だってさ…」

 土曜日の『じゃまあいいか』。きょうは、久しぶりのゼミ参加になる清水央司の発表だ。央司は大学進学を選ばず、調理師を目指す専門学校を選んだ。すし店を営む父親には『板前修業』と言ってはいるが、実は日本料理よりフレンチやイタリアンに加え、魚を多く使うスペイン料理に興味を持っている。

そうした料理に、日本ならではの新鮮な魚介を生かしたいというのが夢らしい。

「官僚の作った答弁メモに頼るから、そういうことになるんだな。数字は間違えないように注意するけど、単位まで神経が回らない。頭にインプットされていれば、一般の人でもそんな言い間違いはあり得ない」

「総理の“立法府の長ですから”発言も一緒よね。こっちは官僚が書くわけがないから、総理自身の言葉だけど。意識してないことが口をつくことはないと考えるのが普通でしょ」

広海にとっては大臣の失言なんて、さほど驚くようなことではない。

「総理は外交ばっかで、時差ボケなんじゃない」

「欧米か!」

「東南アジアも多いわね」

「ロシアや中国、アメリカ相手には、上から目線になれないからな」

広海にタカトシネタをスルーされた幹太が、総理の外遊先選びに触れた。

「で、サクラダファミリアなんだけど…」

「ガウディか!」

遠慮がちに発表を続ける央司。

「五輪担当相のハ・ナ・シよね、オウジ。『私もなぜ(五輪担当相に)選ばれたか分からない』って言っちゃった」

「『総理が決めたこと』『適材適所で』って笑っちゃうよな。そんな大役、断ればいいだけだぜ」

さりげない千穂のフォローに勢いづいた央司は、いつもの口調に戻る。

「『役不足です』ってか?」

「それも大臣への皮肉?『役不足』って“私には力量が不足している”って謙遜の意味に誤解されているけど、本来の意味は“その役、ポストの方が私の力量に足りない。釣り合うのはもっと上のポスト”って意味なの。総理にそんな発言したら、逆鱗に触れるでしょ」

千穂の解説は、元アナウンサーの母・響子の受け売りだ。

「案外、総理も誤解していたりして」

相変わらず央司は口が悪い。

「しかも、質問した蓮舫議員に対して『レンポウさん』って言って、本人に訂正される始末なんだから。もう、それだけで適材適所じゃないでしょ」

「不適材不適所」

「新しい日本語作るなよ」

久しぶりの冗談が言い合える央司の参には、幹太もリラックスしているのか軽口も増える。

「流行語大賞狙うか」

「無理無理。狙えるわけないでしょ。一学生が一体、何様のつもり?」

「まあ、お生憎様だな」

「おいおい、それを言うなら、お互い様だろ」

「ホントに口の減らない“小6男子”ばっかりなんだから」

「口の減らないのも、お互い様」

「ご苦労さま、だろ」

「ご愁傷様」

「もう!」

ゼミ員の他愛のないやり取りを聞いていた恭一が口元を上げて笑った。

「じゃーん」

央司が勿体ぶって店のホワイトボードをひっくり返すとと、事前に用意した一覧表が出てきた。


2013.9  下村博文  1年8ヵ月

2015.6  遠藤利明  1年2ヵ月

2016.8  丸川珠代  1年

2017.8  鈴木俊一  1年2ヵ月

2018.10  桜田義孝  ???


「何書いてるのかと思ったら、それだったのね」

広海は、店に来てオーダーするなりホワイト・ボードに向かった央司の意外な行動を「んっ?」と感じていた。ボードに歴代のオリ・パラ担当大臣の名前と任期が現れた。文科相と兼務だった下村議員が1年8ヵ月で最長。後任が軒並み約1年で交代していることを考えれば、大臣資質の問題を回避できても、桜田大臣は2019年暮れに交代か、それより前の参院選後の改造で交代か。央司はそんな風に読んでいた。


「桜田さんは当選7回で初入閣っていうけれど、それって深読みすると『大臣ポスト』にふさわしくなかったってことじゃないかしら」

千穂が推し量る。

「だって総理は適材適所って言ってるぜ」

「“いぶし銀内閣”とも言ってるし」

「方便だよ方便。マスコミや評論家から“在庫一掃内閣”とか呼ばれてるし」

“在庫”というのは、当選回数は多いものの大臣経験のない議員のことを指す。

「うーん、桜田大臣に“いぶし銀”の存在感はないな。総理は“捨て歩”のつもりだったかもしれない」

「マスター、“捨て歩”の歩って確かに取られることを前提に指す将棋の手ですけど、相手を追い詰めるための言わば“適材適所”。“在庫一掃”と一緒にするなんて、愛香がいたら猛反対にあうところですよ」

と将棋の段位を持つ愛香の“教え子”でもある幹太。



「なるほど…。じゃ、“捨て歩”発言は撤回だ。“在庫一掃セール”には値引きが当たり前だ。今回の改造内閣は、大臣ポストも2割、3割は当たり前。総理にとってオリ・パラ担当相は5割引きの大安売りだったのかもしれないな」

恭一らしい“在庫一掃内閣”の解説だった。

「桜田さんより議員キャリアの長い議員は、山本拓さんだけらしい」

「じゃあ、山本さんも次の内閣改造で“初入閣”するのかな?」

「“在庫一掃内閣”の次は、何だろう。“閉店ガラガラ一掃内閣”くらいしかないじゃん」

「組閣もギャグだな」

央司のお笑い芸人、ますだおかだの岡田圭祐ネタを幹太は笑い飛ばした。

「だから当選回数で大臣になるっておかしいって」

「スポーツ界でも、無冠の帝王とかいのにな…」

カランカラーン。入口のカウベルが乾いた音を立てる。央司が言いかけた言葉を一瞬、飲み込んだ。入って来たのは元担任の横須賀とアナウンサーの長岡悠子だった。駅前で偶然いっしょになったらしい。横須賀はボードを見たのだろう。「ブレンド」と一言、声を掛けると、

「今日のテーマは、オリ・かパラか?」

たった一言なのに、緊張感が高まる。3秒の沈黙。恭一が空気を読んだ。

「パソコンを打ったことがないらしいな。桜田大臣」

「クッ、クッ、クッ、クッ」

広海たちの手前、横須賀が笑いを堪えている。

「何だ、ミツグ。わたしの青い鳥、か」

「何? わたしの青い鳥って」

話の脱線を承知で恭一が説明した。

「君たちが生まれる前のアイドルだよ。『中三トリオ』とか『高一トリオ』とか呼ばれてたんだ」

「『中三トリオ?』

「山口百恵は知ってるね」

「伝説のアイドルよね。三浦祐太朗のお母さんでしょ」

「何か隔世の感があるな。あの山口百恵も今では“祐太朗のお母さん”か。まあ、引退から38年だから無理もないな」

恭一がキャビネットに並んだCDの列からアルバムを1枚を抜き取る。ベスト盤の「百恵伝説」だった。

「トリオだから3人。山口百恵の他に、最近バラエティ番組にも出ている森昌子。そして、もう一人が“わたしの青い鳥”の桜田淳子」

恭一に代わり、横須賀が説明を引き継いだ。

「新御三家みたいなものよ。郷ひろみ、野内五郎、そして先日亡くなった西城秀樹。かれらと同時代ね」

「悠子さん、こいつ等には御三家もピンと来ないと思うよ」

と笑う横須賀。

「バカにしないでよ!」

「何だ、知ってるじゃないか『プレイバックpart2』」

「はぁ?」

「何だ、偶然か」

呆気にとられる広海に、横須賀が話を戻して疑問に答えた。

「気にすることはない。恭一はオレの笑い方が彼女の歌の歌詞の歌いだしの“ようこそ、ここへ クッ、クッ、クッ、クー”と桜田大臣と桜田淳子の桜田つながりを言いたかっただけだ」

度重なる脱線にも凹まない央司。話題を何とかオリ・パラに。

「それで、桜田オリ・パラ担当大臣の功罪なんだけどさ…」

「えっ、罪はともかく、功って何?」

幹太がすかさずツッコむ。正に“間髪入れず”のタイミングだった。

央司は一瞬、壁の時計に目をやった後、幹太の問いに答える。

「だってさ、『パソコン、使わない。USBは穴がある…』って機械が苦手な高齢者とか勇気づけたじゃん。学生にも必須なパソコンを使えなくても大臣になれる、って相当な勇気だろ。それに、このままじゃオリ・パラ、ヤバいかもって目覚めさせてくれた」

央司も人が悪い。みんなが呆れている所に再びカウベルが鳴った。次の来店者は長崎愛香だった。

「遅いよ、愛香。ちょっと間を持て余していたところ」

「ゴメン、ゴメン、ヒロシ」

何やら2人には段取りがあったようだ。

「マスター、オレがキュー出したら3番目の曲かけて下さい」

央司は1枚のCDを恭一に手渡した。

「オレたち、みんな受験もあったりして路上活動の新曲作ってなかったじゃん。特に、ダンスできるのは『恋チュン』だけだったし。で、新曲ってわけ」

央司がキューを出す。スタンバイ状態の恭一がリモコンのスタートボタンを押した。

「U,U、U、USA.U,U、U、USA.」

聴きなれたユーロ・ビートが店内に流れ出した。

「『USA』ね」

「DA PUMPか」

「ううん、本家よ。ジョー・イエロー。1992年にリリースされたユーロ・ビートの「USA」。懐かし感150%かな」

「さすが悠子さん。ギョーカイ人」

「って言うか、ディスコ・クイーンだな」

「今じゃ、バブリー・ダンスよ」

イントロに乗って、曲紹介のように会話が終わると、央司が歌い始めた。


「U.S.B.

舞の海 ちょっと似てる

U.S.B.

舞の海 可哀そうだ

U.S.B.

適材適所だと言う

U.S.B.

総理に仕えるだけよ

サイバー・セキュリティー 知らない

ハートはいつもドーキー、ドキ

野党の質問に大汗

総理に忠誠 誓うのさ

C’mon, baby 桜田

自分の味方 官僚

C’mon, baby 桜田

「人が住めない フクシマ」

C’mon, baby 桜田

防衛省を 国防

C’mon, baby 桜田

オリンピックまで 持たない

カウンターの後ろで歌う央司に並んで、愛香が振り付けの確認をしていた。

「これが桜田大臣の歌。曲名は『USB』。どうよ」

胸を張る央司に、メンバーは不安を隠せない。

「歌はいいんだけど、DA PUMPのアレ、オレら踊るワケ?」

「もちろん。『恋チュン』だって踊れたんだから大丈夫。愛香もユー・チューブの振り付け動画で覚えたんだから、な」

「そ、そうね。必死だったけど。妹の一歩(かずほ)がチェックしてくれたわ」

他の客が帰ると、店はダンス教室と化した。「1,2、3、4、2,2,3,4…」と声を掛けて動きを確認しては、音楽を流して流れを確認。後は、央司と愛香を先生に、いつものカラオケ・ボックスで仕上げていくことにした。

「これ、結構難しいぜ。“課長”大丈夫かな?」

「大丈夫よぉ。マン・ツー・マンの先生がいるんだから。心配するのはオリ・パラ担当大臣の方」

「1月からは通常国会だからな。持つかな」

「だって、参院選まででしょ」

新聞やテレビの論調を見聞きしている愛香も見切っていた。


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