第32話 サブローさんVS柴田


 俺とサブローさんは互いに見つめあったまま一歩も動かなかった。

 凄まじい圧、凄いプレッシャーだ。


 これが魔王。


 額から汗が流れ落ちる。


 永遠にも思えるほど長い沈黙。そして――




 俺はサブローさんと初めて会った時のことを思い出していた。



 サブローさんと出会ったのは、捨て犬の保護シェルターだった。


 聞くところによると、サブローさんの前の飼い主は、最近のペットブームにあやかり、柴犬を繁殖させ利益を得ようとした悪徳ブリーダーの老人だったらしい。


 彼は山奥に粗末な小屋を立て、柴犬の繁殖を行っていたが、ある日亡くなってしまう。


 老人と連絡が取れなくなったことを疑問に思った親族が亡くなった老人を発見し、彼らが小屋の様子を見に行くと、小屋の中には痩せ細り、糞尿にまみれ、劣悪な環境に置かれた犬たちが沢山いたのだという。


 その中の一匹がサブローさんだ。


 年老いた親犬たちは新しい飼い主を見つけるのは難しかったが、子犬たちは次々に引き取り手が見つかっていった。


 そんな中、唯一引き取り手が見つからず売れ残っていた子犬、それがサブローさんだった。


 サブローさんはあまりにも攻撃的だった。


 悪徳ブリーダーが死んでから親戚がやってくるまでの間、犬たちにエサをやる者は居なかった。


 犬たちは、老いたり病気で亡くなった犬を食べ始めた。


 力の弱い子犬たちもまた、危険にさらされていた。


 サブローさんは、自分の身を守るため、兄弟の身を守るため、吠えたり噛んだり、威嚇することを覚えた。


 恐らく、ネズミや小動物を捕る癖を覚えたのもそのせいだろう。


 そんなわけで手に負えない子犬だったサブローさんだったけれど、俺は一目見てサブローさんを気に入った。


 今でも覚えてる。


 サブローさんの瞳を見た瞬間に体を走った稲妻のような衝撃を。


 人と人との出会いが運命なように、人と犬との出会いもまた、運命なのだ。


 うちに来てからは、サブローさんは人の言うことを聞くこと、芸をすること、そして人間を信頼することを覚え、会った時とまるで違う犬のように穏やかで人懐こい犬となった。


 だが目の前にいるこのサブローさんは、まるで出会った頃に戻ってしまったかのように、人間を拒絶する目をしている。


 ならば――


「簡単だ。またやり直せばいいんだ」


 真っ直ぐにサブローさんを見据える。


「サブローさん、おすわり」

 

 サブローさんの目が、ゆらりと動く。

 俺は再度、強い調子で言った。


「サブローさん、おすわり」




「サブローさん、おすわりっ!!」



 一瞬の間があった。



 ズウウウウン。




 大きな地響き。



 それがサブローさんが巨大化した姿のままお座りをしたためだと気づいたのは数秒経ってから。


「サブローさんっ……」



 サブローさんの体は、お座りをしたままどんどん縮んでいった。


 そして――


「ゲエッ……ゲエッ!」


 背中を揺らし、何かを吐き出すような仕草。


 コロン。


 出てきたのは、黒いぐにゃりとした塊だった。


 しゃくとり虫のように、地面を這って逃げていく黒い塊。


 もしかして、これが魔王?


 こいつがサブローさんを操っていたのか!?


 俺は反射的に腰の麻袋に入った黄金のウ〇チシャベルを抜くと、サブローさんが吐き出した黒い物体に思い切り突き立てた。



「グワアァァァァァァァ……」


 叫び声のような音を立てながらグニャリグニャリと身をよじる黒い塊。


「このっ……くらえええええ!!」


 俺は黒い魂に思い切りサブローさんのウ〇チシャベルを突き立てグリグリと回した。


「でやああああ!!」



 閃光。


 プチン、と何かが切れる感触がした。


「……やったか?」


 黒い塊は動かない。


「し……死んだのか?」


 トゥリンが恐る恐るのぞき込む。


「分からない。とりあえず、焼いておくか」


 俺がサブローさんにファイアのコマンド出そうとしたその手を、トゥリンは止めた。


「いや、この場で火を使うのはまずい」


 確かに、ここは木造建築だった。


「こいつには……


 トゥリンは懐から何かを取り出すと、ニヤリと笑った。



◇◆◇



「シバタさん、サブローさん! 無事だったのね!?」


 城の入口へと戻ると、セーブルさんが涙を目に貯め出迎えてくれる。横ではすっかり元気になったムギちゃんが尻尾を振っている。


「ああ、魔王は倒したよ」


「サブローさんの尿をかけてやったら一発で溶けたです!」


 モモが嬉しそうに飛び跳ねる。

 そう、サブローさんのは魔王に効果抜群だったのだ。


「そう、それじゃあ、四天王のゾーラも倒したのね?」


 俺たちは顔を見合わせた。


「いや……」

「あいつ、いつの間にか居なくなっちゃって」

「恐れをなして逃げたですか?」



「フフフフフフフフフ」


 毎度おなじみ、聞きなれた笑い声。


「ゾーラ!」


 スカートを翻し、ドヤ顔をするゾーラ。


「誰が逃げたって? 聞き捨てならないな。私はただ、お前たちが遊んでいる間にこの体から秘められた力を引き出すべく、じっくりと解析していたのだ」


「何?」


「そして解析の結果――この体は物凄いスキルを秘めていることが分かった! 魔王様亡き今、私がこの体を使い、この国を、この世界を支配するのだ!!」


 口を歪ませ高笑いするゾーラ。


「物凄いスキルだと?」


「そうだ! しかと見るがいい」


 ゾーラは叫んだ。


「ステータス・オープン!!」




 ……は?



 目の前に現れた半透明な窓。

 そこにはサブローさんの名前、HP、MP、攻撃力や防御力などのデータが書かれている。


 えっ? その子のスキルってそれ?


「他人のデータを見てどうする気だ?」


 俺が言うと、ゾーラは鼻で笑う。


「ここまでが通常スキルよ。この娘の特殊スキルはここからが本番だ」


 なっ……特殊スキル!?


 ミアキスの奴、ペットを持ち込める代わりに特殊スキルは無いって言ってたのに、この子はペットも持ち込んでるし特殊スキルまであるってどういう事だよ!?


 そう言えば「持ち込めるのはスキルか装備どちらかだけ」というのはミアキスが口頭で言ってただけで契約書にそう書いてあった訳じゃなかった。


 クソッ、もしかして騙された!?


 ゾーラは声高々に、少女の持つ特殊スキルを叫んだ。


血統書開示真名解放!!」



 ……ええ????

 

 言いながら、ゾーラは赤く光ったサブローさんの名前をタップした。


 ――が、何も起こらない。


「あ、あれ? おかしいな。これで名前を押せば相手の真名をゲット出来て、相手を意のままに操れる筈なのに!」


 なるほど。


 要するに、どうやらこの世界の人たちは、普段の呼び名の他に「真名」というその人本来の名前を持っているらしい。


 「血統書開示真名解放」はその「真名」を知ることで相手を意のままに操るスキルだったのだ。


 だが、サブローさんは血統書つきの犬ではないので「真名」なんてありはしない。もちろん俺にもそんなものは存在しない。


「く……ならばお前だ!」


 ゾーラがムギちゃんに向き直る。

 くそっ、今度はムギちゃんを操るつもりか!?


 させるか!


 俺は先手を打ち叫んだ。


血統書開示ステータス・オープン!」


「何っ!?」


 目の前に緑の窓が現れ、そこにムギちゃんの血統書ステータスが表示される。


 そこに記されているのは春風之紬はるかぜのつむぎ号という名前。


 そうか、ムギちゃんの本当の名前は春風之紬はるかぜのつむぎ号と言うんだな。


 俺がステータス画面に浮かぶムギちゃんの名前をタップすると、文字が青く光った。


 ピクリとムギちゃんの耳が動く。ムギちゃんのつぶらな瞳も同時に青く光る。


「ま、まさか、貴様もステータス・オープンを!? しかも段階を飛ばし一発で真名を出すだと!? ……く、くそっ血統書開示真名解放! 春風之紬はるかぜのつむぎ号、シバタを……」


 だが、ムギちゃんは不思議そうに首を傾げる。


 俺の方が先にスキルを使ったから、後から干渉はできないのだろう。


 俺は叫んだ。


春風之紬はるかぜのつむぎ号、ゾーラを捕らえろ!」


「ワン!」


 ムギちゃんがゾーラの足に飛びつく。


「わっ」


 不意をつかれたゾーラは、その場に尻餅をついた。


「今だ!」


 俺が合図をすると、トゥリン、モモ、セーブルの三人は懐から一斉に黄色い小瓶を取り出し、中身をゾーラに向かってぶちまけた。



「くらえ! 聖水アタック!!」



「グオオオオオオオオオオ!!」


 苦しげな呻き声。


 ゾーラはしばらく尿の中でゴロゴロと転がりもがき苦しんだ。


 そしてしばらくするとムギちゃんの飼い主の口から黒い煙がモワリと出てきた。


 俺たちが固唾を飲んで見守っていると、黒い煙はやがてキラキラとした光の粒になり、天へと登っていった。


 やった……のか?


 呆然と天を仰ぐ俺に、トゥリンが抱きついてくる。


「やったな、シバタ!」


 モモも抱きついてくる、


「やったです!」


 セーブルさんも。


「ついに、魔王一味を倒しました!!」


「きゅん、きゅ~ん!」


 サブローさんも俺に抱きつこうと俺たちの周りをグルグルと回っている。


 俺はそんなサブローさんを抱き上げた。

 サブローさんは、嬉しそうに俺の顔をベロリと舐めた。


 良かった!


 ついに……ついに魔王一味を……長い旅だった!


「ん……」


 喜ぶ俺たちの横で、ムギちゃんの飼い主が目を覚ます。


「クウーン、クウーン……」


 ムギちゃんが尻尾を振って飼い主の帰還に喜ぶ。


「良かったなあ……ムギちゃん……」


 俺がホロリとしていると、ムギちゃんの飼い主はムギちゃんに顔を舐められながら、怪訝そうな顔をした。


「あれ……あたし、どうしてこんな所に? 確か異世界に……っていうか」


 ムギちゃんの飼い主は怪訝そうにクンクンと自分の服の匂いを嗅いだ。


「あたし……何だか臭くない!?」


 俺たちは黙って下を向いた。



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◇柴田のわんわんメモ🐾



◼柴犬の「真名」


血統書つきの犬の場合、血統書には普段飼い主が呼んでいる名前では無い名前が書かれている。これは生まれた時にブリーダーがつけた名前である。柴犬の場合「〇〇号」という漢字の名前がつけられていることが多い。


◼黒柴と赤柴


柴犬は赤柴(茶色い柴犬)が八割で、残りの二割が黒と胡麻(茶色に黒い毛が混じった色)なのだという。白柴もいるが、犬種標準ではエラーカラーとされ、数も少ない。白は黒と黒を交配した時に産まれやすいそう

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