第18話 伝説の犬神様

「お帰りなさいませ」


 村長の家に帰ると、ボストンテリアの使用人が出迎える。


「ただいま。村長は?」


「村長は奥で奥様とくつろいでおいでです」


「奥様?」


「ええ、先程は美容院に行っていたため不在でした」


「美容院ってことは、奥さんはフレブルじゃないのか」


 舌を出してニコリと笑うボストンテリア。


「ええ。奥様はプードルでございます。挨拶なさいますか?」


 プードルか。俺は洋服屋さんにいた可愛らしいトイプードルを思い浮かべた。

 ボストンテリアの後について奥に入る。


「失礼します。客人をお連れしました」


「あら、ごきげんよう。私が村長夫人のプミ子です」


 スッと夫人が立ち上がる。

 その顔はまさしくプードル――だけど


「で、デカい!!」


 トゥリンが呟く。俺は頷き、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 大きい。170cm以上あるんじゃないか。


 パク作もブル村長も130cmか140cmくらいしかないし、町で見かけたプードル型のコボルトも皆小さかったので勝手に小さいと予想していたので意表をつかれた。


 まさかこの夫人、スタンダード・プードルなのか!?

 

 小型犬のイメージが強いプードルは、実は元々大型犬。


 日本で馴染み深いトイプードルは、元々大きな犬であるプードルを品種改良して出来た犬なのだ。

 

「す、素敵な髪型ですね」


 美容院に行ってきたというのでとりあえず褒めておく。


「ええ。プードルと言えばこの髪型ですもの」


 胸を張る夫人。


 夫人のカットは手足にボンボンのついた伝統的なプードルカットだ。


 プードルは元々は鴨などを取る狩猟犬で、手足に丸いボンボンがついたようなあの独特のカットは、水中で猟をする際に、胸回りや足先など体の一部を保護するためにできたと言われている。


 そう言えば、町で会ったプードルも皆この髪型で、今流行りのテディベアカットにしているのは居なかったな。


 ということは、この町で美容院を開いてテディベアカットを流行らせれば大儲け出来るのでは!?


 考えれば考えるほどいいアイディアのような気がしてきた。


 魔王討伐が終わったらコボルトの美容師トリマーになるのもいいかも知れないな。


 問題は、ずっと柴犬しか飼ってこなかったから、犬の毛のカットなんてした事がないってことなんだけど……


 俺が将来についてそんな展望を立てていると、トゥリンとモモが変な顔をする。


「どうしたんだシバタ、ニタニタして」


「どうせまたイヌのことを考えてるです!」


 なぜ分かった!




「おお、戻ってきたか」


 ブル村長が戻ってくる。


「あ、はい、戻りました。奥様……その、スラリとしていて美人ですね」


 俺が言うと、ブル村長が御満悦そうな笑みを浮かべる。


「そうだろう、そうだろう。手足が長くて、まるで女神のような高貴な顔をしている。一目彼女を見た瞬間に恋に落ちたよ」


「まあ、あなたったら!」


「ははは……」


 やはり、自分に無いものを求めた結果そうなってしまったのだろうか?


 のろける夫婦に苦笑していると、小柄なチワワのコボルトたちが料理を運んでくる。


「皆様、料理ができましたよ!」


「よし、宴会だ!」


 村長が立ち上がる。


「宴が始まるぞーー!!」


 コボルトの村の宴会が始まった。


 奥の宴会室に通されると、そこにはコボルトの族長たちがたくさん座っていて、俺たちも案内されて席につくと、目の前に沢山の料理が運ばれてきた。


 鶏肉をメインに野菜、穀物、芋、豆、果物など色とりどりの皿がズラリと目の前に並ぶ。


「いただきまーす!!」


 みんなで食卓を囲む。俺は焼いた若鶏や豆のスープを口に入れた。


「うん、薄味だけど美味しいな」


 俺が言うと、トゥリンも頷く。


「ああ。人間の里の料理は味が濃すぎたから、私にはこの方が好みなくらいだ」


「そうなのか?」


 通りでトゥリンの料理は味が薄すぎると思った!


「モモも人間の食事よりコボルトの食事のほうが好き」


 モモも嬉しそうに言う。うーん、そうなのか。


「サブローさん、よしオーケー!」


 俺が命令コマンドを出すとサブローさんが料理にがっく。


 良かった。さっきまで知らないコボルトに囲まれて、まるで動物病院の待合室にいるみたいに緊張して大人しかったけど、ご飯を食べたら少しリラックスしたみたいだ。


「その子はスプーンとフォークを使えないの?」


 プミ子夫人が不思議そうに言う。


「ええ。前足が物を持てる形になっていませんので」


 サブローさんの前足を見せてやる。

 夫人は不思議そうに自分の手と見比べた。


「あら、本当」


 夫人の手は、毛むくじゃらで退化した肉球は付いているものの、基本的に人間と似たような五本指だ。


 なるほど、コボルトの手というのはこうなっているのか。


「それに、立っても歩けないの?」


 夫人はさらに尋ねる。


「はい。関節や背骨の作りがコボルトとは違うので」


「顔は私たちコボルトみたいなのに、不思議ねえ」


 プミ子夫人が言うと、チワワも同意する。


「不思議です」

「顔なんかシュッとしててイケメンなのに」

「本当、勿体無いわぁ」


 女子トークが始まる。まるでイケメンゴリラを持て囃す人間のようだ。


 心なしかサブローさんの顔もキリッとなる。


 ブル村長は話し始めた。


「そうそう、そのサブローさんの事なんだがね、私も気になって調べてみたんだよ。そしたらどうも我々の里に伝わる『伝説の犬神様』なんじゃないかと」


「伝説の犬神様?」


「伝説によると、その昔、勇者様はお供に『伝説の犬神様』というコボルトに似た四足の動物を連れていたそうな。勇者様はその犬神様を深く愛していて、ついには犬神様と交わり我々コボルトが生まれたと!」


 変態だな、伝説の勇者!


 ブル村長はニコニコと続ける。


「つまり我々コボルトは勇者様の血をひいているのです」


「はあ、なるほど」


 トゥリンが俺の袖を引っ張る。


「さっきからフガフガと何を言っているんだ?」


「サブローさんはコボルトの神話に出てくる祖先の獣に似てるって」


 俺がかいつまんで神話の説明をすると、トゥリンはクスリと笑った。


「うむ、犬と交わるとは、さすがシバタの前世だな」


 なぜか納得した様子のトゥリン。


 いや、俺は確かに犬好きだけど、そっちの趣味は無いから!!


「近くの村に犬神様の像もあるんですよ」


 チワワがプルプル震えながら言う。


「へぇ、見たいなあ」


「それに、犬神様の像には、かつて勇者が魔王を封印した時のことを書いてあるんです。もしかすると、何かの助けになるかも知れません」


 チワワがウルウルしながら言う。


「なるほど」


 犬神様の像、一体どんな像なんだろう。

 サブローさんと似ているって、本当だろうか?


「なぁトゥリン、犬神様の像ってのがあるらしいんだが、見に行ってもいいか?」


 俺が言うと、トゥリンが渋い顔をする。


「シバタ、遊びに来てるんじゃ無いんだぞ。まず私たちはイクベの村に行って、それから魔王退治をだな」


 そうだ、イクベの村!


 俺は村長に聞いてみた。


「そういえば村長、イクベって場所をご存知ですか? 俺たちそこに行きたくて間違ってここに来たんだけど」


 俺が言うと、ブル村長はコテンと首を傾げた。


「……はて?」


 やっぱり知らないか。

 するとプミ子夫人が答える。


「嫌だわあなた、イクベの村なら鬼ヶ島にあるじゃないの!」


「ああ、ああそうだった」


 頭をかくブル村長。


「イクベは……鬼ヶ島に?」


 どうやら、偶然にも俺たちの目的地は鬼ヶ島にあるらしい。




--------------------------


◇柴田のわんわんメモ🐾



◼プードル


・スタンダード、ミディアム、ミニチュア、トイの4サイズある。一番大きなスタンダードは大型犬並の大きさ。独特のカールした毛が特徴で抜毛や匂いがほとんど無く飼いやすい。日本の人気犬種10年連続で1位。また、ボーダー・コリーに継いで頭の良い犬種とされる。



◼チワワ


・大きな立ち耳とつぶらな瞳が特徴の超小型犬。某コマーシャルの影響で人気に火がついた世界最小の犬。アステカ文明のピラミッドでレリーフが見つかるほど古い犬種。日本での人気犬種2位。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る