第5話 豆柴と豆エルフ
誤解を解くと、ギルンは真っ赤な顔をして咳払いをする。
「ところでだ、こいつはまだ子ギツネだから人間に懐くのかも知れんが、大人になると凶暴化して人を襲うんだ。早く森に返したほうがいい」
「何言ってるんだ。サブローさんは成犬だぞ」
俺がサブローさんを飼い始めてから2年以上は経っている。
小型犬の場約10ヶ月で成犬、大型犬でも1歳半で成犬になるのでサブローさんは小さく見えても立派な大人なのである。
「セイケン?」
「大人ってことだよ。サブローさんは豆柴ではないけど、大人にしては少し小さい。だから、よく子犬と間違われるけど、ちゃんとした成犬なんだ」
「マメシバ?」
「小さい柴犬を交配させて作った柴のことだ」
トゥリンとギルンは分かったような分からないような顔をする。
「フーン。でもどうしてわざわざ小さいイヌを交配させて作るんだ」
「そのほうが可愛いからじゃないか?」
「可愛い?」
「日本……うちの国で人気があるのはどれも小さい犬なんだ。チワワにトイプードルにミニチュアダックスに」
ちなみにこれらの人気ベスト3の犬種はほぼ十年以上ほとんど変わっていない。まさに日本における定番犬種と言えよう。
「ふーん、小さい方が人気、か。なんだかエルフの村とは逆だな」
ギルンがトゥリンの肩を叩く。
「逆?」
トゥリンは下を向いて恥ずかしそうに話し始めた。
「エルフの間では、背が高くて足が長い方が美人だとされている。だから背が低くて子供っぽい私は誰にも相手をされないんだ」
「全く、せめてもうちょっと足が長かったらなあ。同い年のマリンはあんなに美脚なのに」
馬鹿にしたように笑うギルン。
「うるさい。ただ背が低いだけだ!」
そうなのか。
トゥリンの顔を見る。艶やかな金髪に透けるような白い肌。美しいエメラルドグリーンの瞳。少なくとも俺が知ってるどのアイドルよりも整っているように見える。
もし日本にいたら「1000年に一度の美少女」なんて呼ばれて人気になっていてもおかしくはないのに、エルフの村では人気が無いんだな。
日本では小型犬が人気だけど、アメリカではラブやゴールデン、シェパードといった大型犬が人気ベスト3らしいから、それと似たようなものなのだろうか。
しょぼくれるトゥリンの肩を、ギルンはバンバンと叩いた。
「これでも僕より年上だし、大人なんだけどな。可哀想に。成長が止まるのが早すぎたんだ」
エルフは不老長寿の生き物で、二十歳前後で外見の成長が止まるのが普通なのだが、なぜかトゥリンは十代前半で成長が止まってしまったという。
ということは、やはりトゥリンが姉でギルンが弟だったのか。翻訳のバグじゃなかったんだな。
「トゥリンは豆エルフだね!」
ギルンが笑う。
俺は小さく息を吐きながら呟いた。
「でも俺の国では背の小さい女の方がモテるぞ」
「そ、そうなのか」
「トゥリンもミニチュアダックスみたいで可愛いし、きっと俺の国ではモテるに違いない!」
トゥリンの顔が真っ赤になる。
「み、みにちゅあ? よく分からないが、それは褒めているのか!?」
「ああ」
トゥリンは背が低くて短足なのを気にしているみたいだから、ダックスフンドが胴長短足の犬種であることはとりあえず黙っておく。
「ほーらギルン、いつも言ってる通りだろ? 私は外国人受けするんだって!」
薄い胸を張るトゥリン。
「異国の人の好みは変わってるなぁ。絶対小さいよりスラッと背が高くて美脚な方がいいのに」
ブツブツ言うギルンを横目に、トゥリンはにやけ顔をする。
「そうかあ……そうなのかあ~!」
にやけるトゥリン。
「じゃ、じゃあ、シバタも小さいほうが好みなのか!?」
頭の中で小型犬である柴犬と大型犬である秋田犬を思い浮かべる。どちらも可愛いが、どちらかと言えば、俺は柴犬派だ。
「まあ……そうだな」
ギルンとトゥリンが顔を見あわせる。
「そ、そうか!」
顔を赤くして目を輝かせるトゥリン。
ギルンはそんな俺とトゥリンを交互に見ると、ゴホンと咳払いをした。
「じゃあ俺はこれで。後は若いもん二人だけでごゆっくり! ハハハ」
俺とサブローさんが首を傾げていると、トゥリンは顔を真っ赤にした。
「シッ……シバタは体が弱ってるから、薬を飲んだらすぐに寝た方がいい!」
「ああ」
言われた通り布団に入る。
「じゃあ、おやすみ!」
顔を真っ赤にして部屋を出て行くトゥリン。変なの。
◇◆◇
布団を被ってしばらく寝ていると、低い音でお腹が鳴る。
「そういえば、昨日から何も食べてなかったな」
「きゅうん」
するとタイミング良く、トゥリンが野菜の入った麦のお粥のようなものを持ってきてくれた。
「ほらシバタ、お腹空いただろう? 私が腕によりをかけて作ったご飯だぞ! あーん」
甲斐甲斐しくスプーンを差し出してくるトゥリン。
「えっ?」
「あーん!」
強い語気に押され、渋々口を開ける。病人だから仕方ないのかな。
「うん、美味しい」
久しぶりのご飯だ。味は少し薄いが、出汁のよく効いた優しい味だ。暖かいものが食べられてありがたい。
「そ、そうか! 美味しいか! どれ、もう一口……」
トゥリンが再度粥を掬うと、サブローさんがヌッとトゥリンの横に現れた。
「サブローさん、近い!」
トゥリンがサブローさんの顔を押しやる。サブローさんは口からヨダレをボトボト落として俺の粥を見つめている。
「サブローさんもお腹が空いたんだ」
「そ、そうか。ちょっと待ってろ」
しばらくして、トゥリンはサブローさんの前にも何やら桶のようなものを置いた。
「サブローさんのご飯はこんな感じでいいか?」
見ると、桶の中には人参やキャベツなどの野菜の切れ端や麦、茹でた鶏肉の欠片が入っている。
「ああ。ありがとう」
俺が合図すると、サブローさんはガツガツと肉やキャベツを食べ始めた。
「それとこれ」
トゥリンは綱を俺に差し出した。
「綱?」
「ああ。可哀想だが、皆が怖がるのでサブローさんを外に出す時はこれで繋いでおいたほうがいい。そのほうが野生の獣と勘違いされなくて済むし」
「なるほど。ではこれを
俺は綱を受け取った。確かにその方がいいかもしれない。また弓で攻撃されたら大変だし。
「だが、繋いでおくための首輪がない」
そう言えば、事故で死んだ時は赤い首輪を付けていたのに、サブローさんの首からはいつの間にか首輪が無くなっている。
もしかするとミアキスが取ってしまったのかもしれない。クソッ、あの女神め。
「その布じゃダメか」
トウリンはウサギを包んでいる青い風呂敷を指差した。
俺は風呂敷をサブローさんの首に巻いてみた。うん、似合わない。
サブローさんは青が致命的に似合わないのだ。
「それにちょっと布地が弱くてこれじゃ心もとないな」
俺が風呂敷をサブローさんにつけていると、トゥリンがウサギを手に叫んだ。
「お前これ、カーバンクルじゃないか!」
「ん? その獣のことか。珍しいのか?」
トゥリンは俺の肩を揺さぶる。
「ああ! こいつは超レアで珍しい上に、知能はA、素早さSランクで捕まえるのが難しいんだ。どうやってこれを!?」
「サブローさんが捕まえたんだ」
「サブローさんが!?」
トゥリンがゴクリと息を飲みサブローさんを見やる。
「サブローさん、お前すごいなあ」
偶然だと思うけど。
「カーバンクルは別名幸運の獣と言われていて、見た者に幸運をもたらすんだ。身は焼いて食えば柔らかくて美味いし、額にはまった宝石は重要な魔力アイテムになる。素晴らしい獣だぞ」
恍惚の表情を浮かべるトゥリン。
どうやら相当貴重な獣らしい。
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◇
職業:勇者
所持金:金貨3枚
通常スキル:言語適応、
特殊スキル:なし
装備:柴犬
持ち物:カーバンクル、散歩綱 new
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チラリとカーバンクルを見る。
ひょっとして、これを売れば首輪が手に入るだろうか。
すっかりご飯を食べ終え丸くなっているサブローさんに目をやる。
確かに首輪がないと「野の獣」にしか見えない。
早く首輪を手に入れないと。
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◇柴田のわんわんメモ🐾
◼豆柴
・豆柴は小さいサイズの柴犬を交配させて作った犬のこと。ただ小さいだけで柴犬から独立した犬種では無いので、日本の主要な登録機関で公認はされていない。
◼犬の寿命と年齢
・犬の寿命は大体10~15歳。小型犬の方が大型犬よりも長生きする傾向にある
・犬の1歳は人間でいう17歳~20歳程度に当たり、その後1年につき4歳ほど歳をとると言われている
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