第6話 地下世界4-1

銀行や料亭、いくつもの劇場に美術館、休憩所などが立ち並ぶ街の一区画。

時刻は1時。本来ならば寝静まるようなこの時間。

だが、歓楽街は眠らない。

人気の菓子は絶え間なく作られ、流行りの劇はどんな時刻にも上演されている。


身なりの良い人々が行き交い、誰もが焦らずゆったりと歩いていた。

劇の興奮冷めやらぬ者や希少な甘味を求めた者たちが、洒落たお菓子屋や高級な飲食店に集まり静かに語らいあっている。


仕立ての良い服に身を包む彼らは一見して誰一人武装しているようには見えない。

武器を隠し持つことはあっても、大っぴらに持つ必要はないのだ。


あらゆる場所に彼らが警備のために配置されている。

磨き上げられた装甲に刻まれた古い傷、片手に大きな槍を携え、背中には機関銃を背負った『機械人間スティルオーダー』が悠然と佇む。

遥か昔に造り上げあげられ、現代では再現不可能な感情を持つ人造機械人間。

人体を模して作り上げられた彼らは、モノアイを光らせ、歯車と機械油が体内で駆動し、寡黙に真面目に自ら望んだ命令を遂行している。


この街は彼らのような『街の警備者シティガード』が治安を保っていた。

上品なこの区画では特に多くのシティガードが常駐している。


彼らの働きにより此処では剣呑な言葉は交わされず、穏やかな事柄が話の種となる。

耳に入る話は新作の劇が良いだとか、どこどこの彫刻が素晴らしいだとか、そういった冒険譚とは一線を画した内容ばかり。

冒険者向けの歓楽街とは程遠いこの場所は下品な笑いに満たされることなく、正しく大人の社交場として機能していた。


街の一角、とあるオープンカフェに二人の同じ服を着ている少女が座っていた。

一人はショートカットの黒髪に犬の耳、もう一人は腰まで届く長い銀髪に猫の耳。

半袖の襟付きシャツに黒いネクタイ、チェックの短いスカートに黒いソックス。

黒髪の少女は優雅に紅茶を飲み、銀髪の少女は緊張した面持ちで背筋を伸ばして腰かけていた。


二人の女性に歩み寄る影が一つ。

犬耳の生えた男性だ。

腰に付けたシミターやリボルガーがカチャカチャと金属音を鳴らし、なぜか素足でぺたぺたとテラス席へ足を運んでいた。



第四話 ドーナツ日和



「セリアンスロープの変装は目立つんじゃないか? この街にそんなセリアンスロープいないし」


優雅にお茶とドーナツを楽しむココとリナに後ろから声を掛けた。

襲撃者を退けてから20分あまり、裏道を走り抜けようやく二人と合流した。

ココはともかくリナもなかなかの健脚だ。


「ボクよりも今はスバルのほうが随分と目立ってるよ。ひどい格好。素足でこの区画に入るなんてよく止められなかったね」


呆れた口調のココにぐうの音もでない。

今の俺のような冒険者然とした格好ではドレスコードにそぐわない。

それ以前に素足だが。

先ほどからちりちりと感じられる周囲からの視線は間違いではないだろう。


ここら一帯に荒くれ者の冒険者はあまり近づかない。下手な行動をとってしまえばシティガードにつまみ出されてしまうことは明白。

ココがお菓子好きでなければ俺もあまり立ち入ったりしない場所だ。


「ちょっと油断してね。使わざるを得なかったんだよ。それで靴がおじゃんだ」

「後々しわ寄せがくるんだから変に手を抜かないで最初から全力でやればいいのに」

「反省してるよ。それより≪虚実の変装≫(ライ・ディスガイズ)のスクロールと予備の靴を取って。急がないとつまみ出されちまう」


俺が別れる前に渡した『神秘の携行袋』をココが漁り、革の靴とスクロールを投げてよこす。

靴を履き、呪文を詠唱。内包された呪文が効果を成す。


霞のように自分の姿がブレた。

どんな服装にしようかとまばらに客がいるテラスを見回し、目に止まった男の服装のみをまるまる投射。

手甲や外套が消え一瞬で着ている服が切り替わる。なんの面白みもない礼服だ。


実際にはそう見えているだけで、革鎧も来てるし、手甲だってつけている。ただの幻だ。

こういった場にふさわしい服は宿泊している部屋にある。今からはとても取りには行けない。


本来この呪文は服装だけでなく顔すら変えられる。文字通り姿を変えられるのだ。

俺が見つけられるようにココとリナは顔は変えていないようだが。

それに倣い俺も服を変えるに留める。

便利な秘術だが一つ欠点を上げるとすれば、攻撃行動や別の秘術を使うと解除されてしまう点だ。


椅子を引き寄せ同じテーブルに座る。


「女性が二人も粧し込んでるんだからお世辞の一つも言えないの?」


悪戯めいた表情をしながらココは軽口を叩く。


「幻じゃないか」

「まぁたしかに幻だけどね……さてと、そろそろボクは行こうかな?」

「ん? どこいくんだ?」


ココが金貨を置きながら立ち上がる。短いスカートがふわりと揺れた。


「情報収集」

「じゃんけんはいいの?」

「追手はスバルが倒したからね。順番だよ順番」

「じゃあ任せた。多分ここら辺をふらふらしてる。一応気を付けて」


後ろ向きに手を振りながらココは大通りに消えていった。

ココが座っていた席の前には綺麗に空になった皿とティーカップ。


俺も何か頼もう。なんの注文もせずに席を占拠するのはよろしくない。

エルフの店員を呼び、ドーナツを頼み到着を待つ。

手持ち無沙汰になりリナを見ると俺がこの店に来た時と変わらず微動だにしていない。


「さっきから動かないけど、どうかした?」

「私、こういった場所初めてで……」

「え。上の街にはこういうところないの?」


一般的にアイリスの住民が上の町に抱くイメージは一つ。

よくわからないけどなんかカガクとか凄い。

俺もそのイメージだ。

腰に挿しているリボルバーも元を正せば上の街からの輸入品だし、野菜も一部は上の工房で作られているらしい。


そんな街にカフェのひとつもないとかありえるのだろうか。


「あるにはありますが私は積極的にそういうところには行かずに勉強していたもので……」


勉強に忙しくてカフェにすら行かないとは恐ろしい。


「まぁ、そんな緊張してても仕方ないよ。寛げってのは無理かもしれないけど力入れてても良いことないし。今はココが調べてくるの待つだけだからね」


気分を和ませるとかではなく、実際にやることがない。

これは事実だ。


目の前の少女の守りを放棄すればやれることは色々ある。

大事と思われる記録媒体? とやらは此方が持っているので問題ないと言えばないが、流石に見捨てるのは忍びない。


「そうですか……が、頑張って寛ぎます」


リナはぎこちない笑みを浮かべて冷めた紅茶を口に含んだ。

飲み込んだあとに無駄に笑いかけられる。わざとらしすぎる。


ティーカップをソーサーを戻す直前、何かに気がついたのか慌てた様子でカップを置いた。


「あ、あの……こんなに人がいっぱい居るところでのんびりしてて大丈夫なんですか? さっきみたいなことには……」


リナは顔を寄せ、小声で不安そうに尋ねる。

あぁそっか。上の人だから何で此処にいるかもわかってないのか。


「大丈夫大丈夫。一応場所を特定される秘術の対策もしたし、此処はアイリスの中じゃ最も安全な場所の一つだ」


視線で促し周りを見させる。


「そこら中に機械兵士のシティガードがいるでしょ? 彼らはここら辺を守ってるんだよ。ここに銀行とか重要な施設が多いから『木漏れ日酒場』があった区画とは違って騒動起こすのは難しいんだよ」


実際には騒動を起こすことは楽だがシティ・ガードを組織している街の有力者に目をつけられたら不味いということは割愛。

機械兵士? という小さな呟きは無視して続ける。


「機械兵士も気の良い連中でね。袖の下で悪事に目を瞑るとかしないし、真面目だから仕事に関しては信頼できるよ」

「だったら、安全、なのかな?」


リナが首をかしげながら自分を納得させるように口に出す。

まだ信じきれていないのか歯切れは悪い。

明後日方向を見つめソーサーにおかれたティースプーンを弄りながらリナが呟いた。


「本当だったら今頃はご飯を食べてお風呂に入ってお布団でゆっくり寝ているはずだったのにな……」


紅茶をかき混ぜスプーンを持ち上げ紅茶の水滴を落とす。

謎の動作を繰り返すリナが少し心配になる。


「今じゃカマキリ顔の気持ち悪い人に命を狙われるだなんて……はぁぁ~~。なんでこんなことになってるんでしょうかね~~。なんかもうさっぱりです」


リナが大きな目を伏せて深いため息をついた。

気持ちはわからなくはない。世の中理不尽なことばかりだ。


「はぁーさっぱり! さっぱり!」


これまでで一番大きな声量で真顔のままリナが叫びだす。

何を言い出すんだこいつ。

急に吹っ切れすぎではないだろうかこのお嬢さん。


「あ、あまり落ち込んでいるようには見えないな。パニックとか起こしてるわけじゃないし。たった今わけのわからんことを言ってた気がするけど」

「非現実的すぎて頭がついていってないだけです。虫人間とか小人とか巨人とか正しく認識してしまったらしばらく立ち直れなさそうです」


誘拐された上に今までの常識が壊れる経験。

このまま落ち込んだ顔で正面に居られては此方まで滅入ってしまう。

しかし、そういう時にこそ効く百薬の長がある。


「疲れた説きこそ酒を飲め」

「はい? 私まだ16なので飲める年齢じゃないのですが……」

「おめでとう。此処はアイリスだ。流石にまんま子供じゃやめとけって言われるけど君くらいの見た目ならそう文句も言われないだろうさ」

「でもセントラルシティじゃ飲酒は20歳からじゃないと……」

「魂の洗濯だよ」

「……わかりました。飲みます。飲んでやります! こうなったら自棄です!」


メニューを差出し、オススメを指差していく。

決められないようなので、エルフの店員に甘いカクテルを、と銀貨を渡して丸投げ。

俺もリナに付き合いよく冷えたエールを頼んだ。

決して自分だけ飲むのが気まずいからリナに勧めた訳じゃない。


しばらくメニューに載った別のお酒の説明をしていると注文したものが運ばれてきた。

タイミングよくドーナツが焼けたのかエールと同時に運ばれてくる。

エールは凄いぞ。どんな物にも合うんだ。


リナと乾杯をしてエールを煽る。動かした身体に染み渡る。

数時間前までに飲んでいた酒のアルコールは走って此処に向かう途中で完全に抜けている。

セリアンスロープは生まれつきアルコールなどの毒への抵抗力が強いのだ。


リナも俺に倣いカクテルに口をつける。エルフの店員曰く『アイリス』だそうだ。

最近作ったオリジナルカクテルらしい。七つ色の層がとても綺麗なカクテルだ。


「甘くて飲みやすいですね……」


一口でリナが笑顔になった。どうやら初心者でも美味しいと感じるカクテルらしい。

何時か飲んでみようと心に決める。

今日のところは先ほどの戦闘の反省を生かして多くは飲まない。


「まだ、きちんと話してなかったし色々聞いていい?」

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