魔導少女が愛する日常~世間知らずな彼女の日常指導係になりました~

青野 瀬樹斗

第一章 日常の終わりと非日常の始まり

0話 プロローグ


 ――放課後を知らせるチャイムが聞こえた。


 その音を聞いたのは俺だけではなく、同じ教室の……いや、同じ学校の全校生徒も同様で、授業をしていた教師がクラス委員長に号令をするよう伝えると、委員長の「起立」という掛け声で全員が椅子から立ちあがり、「礼」と言うとまた全員で頭を下げる。


 そうして放課後がやって来た。


「あ、お~い司~今からゲーセンにでも行かね?」


 俺は用事のために足早に教室を出ようとするが、それを呼び止める声によって足を止めざるを得なくなった。


 なにも予定がなければ行っても問題ないが、生憎今日は外せない用事がある。


「悪い、今日はどうしても寄りたい所があるからまた今度な」

「そっか、じゃあしょうがないな」


 ほんとに悪い。

 埋め合わせはするからな。


 友人と別れて俺は学校から徒歩二十分の距離にある商店街に向かった。


 商店街は東西南北で取り扱う店の系列が異なっていて、俺の目的地は南方面……主に本やゲーム、アニメグッズ等の娯楽品を取り扱う店が多いエリアだ。


 そうして歩くこと二十分。


 俺は今、アニメやゲームのグッズを販売する専門店のレジ前に客として立っている

 聞いたことのある歌や、アニメのPVなどの喧騒が耳に入る。


「こちらがご予約されていた商品になります。代金は七千五百八十円になります」


 店員さんが伝えた代金をピッタリ出す。


「七千五百八十円ちょうどお預かりします、誠にありがとうございました」


 そうして俺は店を出た。

 足取りはしっかり、でも少し浮かれたものだ。


「ふふふ、〝マジカル・メアリー〟のアニメDVD第一巻、無事に入手完了だ!」


 冬季の魔法少女アニメである本作は残念ながら冬季覇権アニメにはならなかったが、それでも王道が王道たる展開でそれなりの人気があった。

 まず、主人公である〝めぐみ〟がマスコットである妖精〝マホル〟に導かれ、魔法少女マジカル・メアリーとなって人々の平和を脅かす魔物と戦うストーリーだ。


 エロ健全問わず魔法少女を愛する……それが俺だ。


 ~~♪


 お、電話が鳴った。

 すぐに電話に出ると、相手は同じ魔法少女オタクの友達からだった。


『司~、マジメアのDVD買えた~?』

「おう、バッチリだ。明日の放課後に鑑賞会しようぜ!」

『イエーイ! じゃまた明日ね~』


 友人はそう言って電話を切って、自宅へと歩みを進めていく。


 放課後の鑑賞会は俺の所属している漫画研究部で行う予定だ。

 部長や後輩達、皆が明日の放課後が来る時を首を長くして待つことだろう


 ……さてと、早く帰って録画したアニメを見ないとな。


 DVDを予約した店から家まで徒歩三十分の距離だが、早く帰りたい俺はそんな悠長な道を通るつもりはない。

 店の脇に路地裏があるのだが、そこを通れば自宅までの距離が十分ほど短縮されるため、そこを通ることにした。




 ――後に振り返って思うことがある。もし、この時、普通の道を通って帰っていたら、あんな目に合うことはなかっただろうし、あの出会いもなかっただろう。

 それを喜ぶべきなのか、嘆くべきなのかは、ずっと考え続けることになるのは確かだった。




 夕方になって薄暗くなってきた路地裏を歩く。

 マジメアのOPを鼻歌で歌っていると、ふと妙な胸騒ぎを覚えた。

 その胸騒ぎの正体はすぐに分かった。


 グチュリ……


 ちょうど路地裏のT字路に入ったところで、何かねちっこい音が聞こえた。

 T字路にあるごみ捨て場の方に目を向けてみると、猫のしっぽが見えた。


(うわ、動物界における弱肉強食の現場かよ)


 きっと猫が鴉か野良犬に肉を食われているのだろう、少しだけ裏路地を通ったことを後悔していると、猫を捕食していたであろう生き物が姿を現した。


 そう、動物ではなく生き物。

 その姿は既存生物とは似ても似つかない異形の姿をしていた。


 大きさは一メートルほどだが、某星の戦士のような一頭身だった。

 その表面は白い。

 白いが清潔さより、おぞましさを感じさせる白だ。しかもその体を赤い線がいくつかあった。


 頭頂部からはウサギの一種であるロップイヤーのような耳が垂れているが、愛らしさはない。

 生物の口周りには猫の血がベットリと付いていたからだ。


「う……」


 こんな生き物見たことがない。

 気持ち悪くてたまらない。


 というかどう見ても普通じゃない……。


 俺はその場を去ろうと後ずさるが……。


「シャアァァァァッッ!」

「──っ!?」


 後ろの方から威嚇のような鳴き声が聞こえて、咄嗟に首だけ振り返って背後を見る。


「フシャアアーッ!!」

「っ──て、猫か……」


 もう一匹でもいるのかと思ったが、野良猫だとわかりホッと胸を撫で下ろす。


 あの白い生物が捕食した猫の番か家族なんだろうか。

 だとしたら、ああいう態度になるのも無理はないな……。


 そう結論付けていると、野良猫が白い生物に向けて飛び掛かる。


 これから始まるキャットファイトに、ちょっとだけ興味を持って眺めようとして──。


「シャアッ!」


 白い生物がバッと振り返り、飛び掛かった野良猫の上半身を噛み千切った。


「──は?」


 あまりに一瞬過ぎて茫然とする。

 上半身を食われた猫だった肉は、残った体からどろりどろりと路地裏のアスファルトを血で染めていく。


 その残った体すらも、白い生物はショートケーキのイチゴを食べるかのように、バクリと一呑みして咀嚼していった。


 それはライオンがやるような狩りではなく、一方的な捕食行為だった。


 グチャグチャと猫だった肉と骨を噛み砕き、やがてペロリと平らげた白い生物が、今度は俺をじっと見つめる。


 ――人間の俺を……っ!?


 そう思った途端、俺の体は一目散に駆けて逃げることを選んだ。

 俺自身は運動能力に特筆すべき点はない、ごく平均的なものだ。

 それでも逃げないわけにはいかない、あの生き物が俺の姿を見たとき、見つかったことに驚いた様子はなく〝次の獲物が来た〟と人間ですら捕食しようとする気配を感じたからだ。


「シャァァ!」


 くそっ追いかけてくるんじゃねえよ! 

 さっき猫を二匹も食ってただろ!

 あんま欲張っても二兎を追う者は一兎をも得ないんだぞ!?


 内心愚痴りながらも脚は止めない、止めたら死ぬ、強制的にマグロのマネ刑を科せられている気分だ。


 ……このまま逃げていても拉致が明かない。

 そう思った俺は、曲がり角でちょうどホラゲの通常装備である鉄パイプを見つけた。

 そのまま不意打ち狙いでその場で待ち構える。


 生き物が音を立てて近づいてきた。


「おおらああっ!!」

「シャプッッ!!」


 俺が鉄パイプを振りかぶって生き物と殴り飛ばす。

 吹っ飛ばされた生き物は壁に当たった。

 手応えはあった、頼む、そのまま起きないでくれ……!


「……シャアアアアッッ!!」


 無情にも生き物は起き上がった。

 仲間になりたそうな目はしてないな、〝オレ、オマエマルカジリ〟って捕食者の目をしてる。


 ああクソ!! 

 滅茶苦茶元気じゃん、まるで効いてない!

 もう一撃食らわせてそれから出来る限り距離を離して逃げよう!


 向こうが飛び掛かってきたが、動き自体はそんなに早くない。

 ろくに喧嘩したことのない俺でも見えるくらいだ。


 飛び掛かってきた生き物を躱してすれ違い様に鉄パイプによるカウンターを叩き込む。

 今度は……手応えがなかった。


 ――はずした!?


 ありえない、俺はちゃんと生き物に当てたはずだ……けどなんだこの違和感……。


 その違和感の元である右手に持っている鉄パイプを見た瞬間、俺は未知の生物に襲われている状況にも拘わらず、呆気に取られた。


 ――あれ、俺の持ってた鉄パイプってこんなに短かったっけ……ってまさか!?


 すれ違った生き物を見てみると……鉄パイプのかけらを咀嚼していた。


 背筋が氷水を浴びせられたみたいに急激に冷えたのが分かった。


 おいおいおいおい! 

 鉄すら簡単に食べるってことはアイツからしたら、人なんて豆腐と変わらないぞ!?


 それじゃ、今と同じことをしても俺の抵抗はまるで意味がない?


「うわっ!?」


 その考えを否定したくて後ずさるが、足に角材が引っ掛かって尻もちをついてしまう。


 生き物がそんな俺をみると、チャンスと思ったのか、体の半分以上が開いた。

 おそらく口に当たるその中はブラックホールのようにひたすら暗闇が広がっていた。


「っこれで!!」


 俺は角材を生物の開いた口へ向けて放り投げた。


「シャブン!!」


 けど、生物は角材を何の躊躇いもなく咀嚼して飲み物みたいにゴクリと飲み込んだ。

 しかも性質の悪いことになおも俺を食べようとまた口を大きく開き出した。


 お前の抵抗に意味などないと、見せつける様に。


 ――おかしいだろ、俺さっきまで普通の日常を過ごしてたはずだろ? 

 なんでこんなワケの分からない化け物に襲われてるんだ?

 いつから世の中はファンタジーになったんだ?


 こっちの攻撃はまるで効いてないのに向こうは俺をあっさり食い殺せるとか不公平にも程があるだろ……。


 ――くいころされる……あれ、それって死ぬってことじゃないか?


 あ、やばい……そう思った途端に足に力が入らない……手が、体の震えが止まらない。

 喉がカラカラに乾いて息がし辛い……。


 しかも懐かしい光景が見える。


 ――今までつるんできたクラスメイトや友達。


 ――おいしかった母さんの料理。


 ――初めてみた魔法少女のアニメ。


 ……これって走馬燈じゃないか……? 


「シャアアア……」

「フシュウウウウ……」

「うわぁっ!!?」


 さらに追い打ちをかけるように同じ姿の生物が二匹も現れた。


 震えて動けない体、俺を食い殺そうとする生物が三匹。


 これ、どうしようもないのか?

 こんな……こんなワケも分からない生物に食われて死ぬのか?


 平和ボケしている現代の高校生には一生縁がないと思っていた死の恐怖に押しつぶされそうになる。

 怖い、怖い。

 死にたくない……嫌だ……。

 目の前が真っ暗になる……。


 ――何も……みえな……。




「させません!!」




 声が聞こえたと思ったら、黒に塗り潰されていた視界が白に塗り替えられた。


 ――なんだ!? 眩しい?


 恐る恐る目を開いてみると、あの三匹の化け物達は消えていた。


 そう認識すると体を襲っていた死の恐怖がすっかり消えていた。


「助かった……?」


 あの白い光が化け物を消したのか? だとしたら誰が……?

 その疑問はすぐに解決する。


「……お怪我はありませんか?」


 美少女がいた。


 そう、美少女が。

 今までテレビとかで見てきたモデルや女優なんか目じゃない程の美少女がそこにいた。


 完璧と言える程整った顔立ちは純粋にこちらを慮っているのがわかる。

 セミロングの黄色髪は夕日に照らされて輝いており、緑色の目は見ていると、とても落ち着く気持ちになる。


 さらに目を引いたのが彼女の恰好だ。

 上半身には体にフィットするボディスーツを身に纏っており、体のラインがはっきりと出ている。

 下半身には膝丈のスカートを履いていて、肉付きのいい太腿は黒のインナーに包まれている。

 ただ、衣装の色がインナー以外グレーで統一されているからなんだが武骨な印象を受ける。


 彼女のどう見ても普通じゃない姿とみた俺はある一つの結論にたどり着いた。


 あの異形としか言えない生物の存在、俺が鉄パイプで殴ろうが角材を投げつけようが意に介さなかった生物を倒した、明らかに普通ではない出で立ち……。


 そう、俺は知っている。

 それは、俺がこの世で最も熱意を向けるものだ。


「あ、ありがとう……怪我はないよ」


 取り合えずお礼を伝える。

 助けてもらったわけだし、ちゃんと言っておかないとな。


「……でしたらよかったです」

「あ、あのさ!」

「? 何でしょう?」


 さっきまで死の恐怖に直面していたのか、それとも目の前の彼女の美しさになのか、心臓がバクバクと大きな音を立てていてやかましい。


 いや、それだけじゃない……これは……。


「──もしかして君は……魔法少女なのか?」


 逸る気持ちから、気付けばそんな場違いなことを口走ってしまった。


「…………」

「えっと……」


 ……無言だった。


 命の恩人に対して、なんて失礼なことを言ってしまったんだ俺は……現実と空想を区別せず同一視するなんて、これじゃ恩知らずじゃねぇか。

 

 空気の読まない発言に後悔しながら、しばらく気まずい沈黙が続いた後に口を開いた彼女の答えは……。


「──それは、私のことを言っているのでしょうか?」


 キョトン……と、首を傾げて自らのことを指したのかと告げた。

 まるでピンと来ていない少女の表情からも、それが嘘ではないと証明しているように見える。


 いや……ピンと来ていないところじゃなくて、魔法少女という言葉や存在を知らないという方が正しいのかもしれない。


 ──なんだか、不思議な子だ……。


 素直にそんな印象を抱く。


 これが俺──竜胆りんどうつかさと、彼女──並木ゆずとの出会いで……。


 そして……俺の日常が非日常に移り変わった瞬間だった。

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