第43話、首都炎上

 雛を無事に救出した雪達は、自治区にある水楢と珠恵が滞在しているホテルに戻って来ていた。備え付けの一人がけソファーが左右に2脚ずつ置かれていて間に小さなテーブルが備え付けられている。左側に水楢と珠恵が座り、対面に久流彌家の二人が座る。雛の足下にはこの中で唯一パンを覚醒していない雛を守護する為に子犬型のヒートヘイズに変化したファウヌスが気怠そうに横たわっていた。

 そこで帰国の話をしていたのだがここで問題が、


「あたし達は飛行機で帰る予定だけど、雪君達はどうするの?」


 日本を出国する際、水楢と珠恵はパスポートを使い正規の手続きを得て入国してきた。だが、雛と雪は大国が用意した専用機で入国している、ぶっちゃけ密入国してきているために通常の飛行機で帰国するのは不可能であった。

 それを危惧した水楢が雪に問いかける。

 海外旅行すら今までしたことの無かった久流彌家の両名が困惑顔を浮かべながら視線を交わすが、すぐに兄である雪が歯切れの悪い口調でその方法を語る。


「どうするも何も、またファウヌスに乗せてもらうしか無いかな……大国までは向こうの専用機で来たからパスポートも旅券も現金も無いしね」

『ご主人の要望なら我に否は無いぞ』


 ファウヌスが上目遣いで雪達に視線を合わせると二人を乗せて日本まで飛んでくれる事を承諾する。


「えっ、お兄ちゃんのヒートヘイズに乗って帰れるの? やったぁ~!」


 元々活発で好奇心旺盛な雛は両手をあげて大喜びだが、そもそも神軍では雪と雛が専用機で大国へ渡った事は知られている。軍に連絡すれば何処か近場の大使館でパスポートを発行してもらえるのでは――そう思い水楢が燈に連絡を取った。

 燈から齎された返信メールでは、最寄りの大使館で一番近くても2000kmは離れている為に、その距離をヒートヘイズで移動するならファウヌスで直接日本へ帰国した方が早いと知らされる事となる。


 ちなみに人民軍はあれから一切接触してこない。

 このホテルも依然として盗聴はされているのだが、それでもお台場で大暴れしたヒートヘイズを発現出来る雪の機嫌を損ねる事を避けた格好であった。


「南西方向に2000km飛んで日本まで戻ったら往復で5000kmかぁ。それならここからファウヌスで一気に3000km日本に飛んだ方が確かに早いよな」

「それに大国上空は最近物騒なんでしょ? ついでに今回の救出に参加したお礼としてあたし達が乗る旅客機を守ってよ」

「どうせなら4人でヒートヘイズに乗って――」

「私、賛成」

「そんな事出来る訳がないでしょ。あたし等は正攻法で出国しているのよ!」


 なし崩し的に水楢と珠恵が乗る旅客機を護衛する事になったが、ファウヌスに自治区まで来た時の速度で飛ばれるよりはきっと生きた心地がするだろう。


 帰りのチケットが当日では取得出来なかった為に、翌日の早朝の便を予約した一行は日も登らない早朝から救出活動をした疲れからか、ホテルに戻りある程度の話し合いをすると3人共爆睡していた。現在この部屋で起きているのは雛だけだが、両親へ無事救出された事の連絡などに時間を費やしていた。


『ご主人の妹御は寝ないのか?』


 暇を持て余している雛を気遣ってか珍しくファウヌスから声を掛けた。


「雛は昨日の夜早くに寝たもん。早朝の騒ぎでちょっと早起きはしたけど……」

『そうか、ご主人は妹御を救い出すのに昨晩と今朝だいぶ無理をしておった様だが』


 雛は少し嬉しそうな面持ちを浮かべると、あっけらかんと首を傾げながら言い返す。


「お兄ちゃんが何をさせられていたのかは、監禁されていた施設で日本語が話せる人から聞いたよ。でも日本でお兄ちゃんがやってた事と変わらなくない?」


 人民軍の者が何を雛に話したのかは分からないが、ヒートヘイズを倒すという事に関してのみに限定すれば雪が日本で行っていた事と確かに変わらないだろう。

 だが――。


『日本で戦っていたのは皆、訓練を受けたプロ集団だった。だがこの国から依頼された討伐対象には妹御よりもっと幼い子供もいたからのぉ』


 雛は子供もいたと耳にすると一瞬頬を引きつらせ焦ったように呟く。


「それって……」

『その子供を最終的に殺したのは妹御を攫った3人の内の1人だったが、目の前で幼い子供が殺されたのだ。妹御を救う為とはいえ――ご主人の心中を少しは慮っても罰は当たらんと思うぞ』


 子供を殺したのが自分の兄では無い事に安堵の吐息を漏らし、雛は真剣な表情で思考する。若い年代の者が無差別に近い形で、パンを宿している事は雛も報道で知っていたが、覚醒した者達の正確な情報は日本には入ってきていない。

 雛は自分の思い違いを悔いると共に、今後同じ事が起きない様に自分の進路を真剣に考えようと心に決めた。


 その後、ホテルでは何事も起きずに夕方までぐっすりと休んだ3人だったが、食事を済ませた後もスマホのアプリでゲームでもすればまだ時間も潰せたのだろうが、バッテリーの消耗を考えるとそれも出来ず、テレビをつけても聞こえてくる言葉は内容の分からない大国の共通語。

 結局4人で雑談をして夜は早めに就寝した。


 翌日、朝――水楢達の姿は自治区内にある国際空港のロビーにあった。

 雪と雛は水楢達の乗る旅客機を護衛する為、既に自治区の上空にいたのだが、普通に低い距離を飛べばレーダーに察知されていらぬ混乱を起こす。

 それを避ける為に、高度2万m付近で二人が乗り込んだ旅客機が飛び立つのを待つ。


 雛は小さく見える地上と遙か遠くまで見渡せる湾曲した地平線を見つめ瞳を輝かせているが、雪にはそんな余裕は無い。高度2万メートル付近はまだ地球の重力圏ではあるが、上空は既に宇宙だ。ファウヌスが気を利かせ空気も温度も調整してくれているお陰でまったく寒くは無く、地上と同じに息も出来る。

 だが、雪には遙か遠くに見える青くコーティングされた大地と、上空の闇がどこか果ての無い寂しさを感じさせ落ち着かなかった。


『妹御は楽しそうだがご主人は余裕がなさそうじゃな』


 ファウヌスが雪の内心を感じ取り茶化すようにそう言うと雪は焦ったように声を震わせ否定する。


「そ、そんな事無いよ。すぐそこは宇宙だとか地球は丸かったんだなって思うと感慨深いものがあるなぁって思ってただけだ!」

『ふぁふぁふぁ、それは重畳。この高さまであがって正解だったわ』


 ファウヌスは惚けたように雪に返す。


「でもずっとこの高度で移動する訳じゃ無いんだろ?」


 通常旅客機が通常飛行する巡航高度は約1万mである。何故1万mなのか?

 空気抵抗が低く、ジェット燃料の燃焼効率がもっともいいのがこの高度だからだが、水楢達が乗った機体をガードするなら現在の位置よりも低く飛ぶ必要がある。

 ある程度の知識をもつ雪が嫌そうに尋ねるとファウヌスは口元をつり上げ、


「そうじゃのぉ、少し距離をとれば向こうと高度を同じにしても問題は無かろう」


 しれっと語るファウヌスに、雪はムッとした表情で答える。


「それじゃこんなに高く上がらなくても良いんじゃねーか!」


 その場にはファウヌスの高笑いだけが響いていた。



 それから間もなくして水楢達が乗った旅客機は自治区内の空港から遅延無く飛び立った。

 旅客機が飛び立つとゆっくりとファウヌスも追跡を開始する。

 そして旅客機の高度が1万mまで上昇すると、逆にファウヌスは高度を下げ始め向こうの機体がよく見える斜め上空につく。

 後は途中で給油による着陸はあるものの、日本まで護衛を務めるだけだ。


 雪が自治区まで移動するのにファウヌスが発現したのはリンドブルムであった。

竜種ではあるが普通の竜との違いは――。

 竜よりも羽が大きく攻撃手段としてブレスは使えない。だがそのかぎ爪は鋭く接近戦を得意としている事と、速度が流れ星と同等と言われるほどに速い点だ。

 今回護衛するにあたってはどうしても後の先をとる必要がある。

 旅客機以上の速度で飛行するヒートヘイズは数多くあるが、今回は護衛ということもあり仕掛けられた時に即対応出来るようにリンドブルムを発現している。

 単にファウヌスがその攻撃手段と速度を気に入っていると言うこともあるのだが……。


 リンドブルムの首にまたがり、雛は相変わらずキョロキョロと移り行く光景に目を奪われていたが、暇な雪はうとうととし始めていた。

 どの位時間が過ぎたのか――。

 出発した時は朝日が東の地平線からあがり始めていたが、現在は後方斜め45度位まで傾いていた。雪の意識がある頃はまだ雛が起きていたが、その雛もさすがに似たような光景に飽きたのか今は前傾姿勢を保ったまま意識を手放していた。


 東の空が暗くなり始め太陽は西の地平線へと沈み始めた頃になって補給の為に立ち寄る都市が見えてきた。

 だが――様子がおかしい。

 暗闇の中、宝石を散りばめたように所々明るい場所が目視出来たが、そこから突然オレンジ色の閃光が照射された。光はガスやガソリンに引火したのか激しく爆発を起こす。


「むっ――」

「いったい何が――」

「うにゅ、ん? お兄ちゃんどうしたの?」


 まだ50km近くは離れている為にファウヌスも詳しい状況が分からず竜の瞼を細めると警戒の色を示す。

 雪も突然の事で声を漏らすが、判明しているのは進行方向で爆発らしきものが起きた事だけ。

 雪の声で目を覚ました雛が兄に尋ねる。

 前方では黒煙と真っ赤な炎が立ち上っていて、所々から次々と似たような爆発が立て続けに起きる。先程まで闇に包まれていた大地は激しく燃え上がり――。

 遠目でははっきりとは分からないが地獄絵図となっているのだけは想像に難くない。

 一方、水楢達の乗った機体の中では――。


「ご搭乗中のお客様にご案内致します。当機は燃料補給の為、首都に着陸する予定でしたが首都上空が悪天候の為、天上市へと変更致します――」

「どこが天候不良よ、どうみても首都が燃えているじゃない!」

「おかしい、戦争みたい」


 客室乗務員のアナウンスが流れる機内では、水楢達も驚きの声を上げていた。

 給油の為に着陸とは言っても、中には首都で降りる予定の客も大勢いる。

 客達が不満の声を上げる中、機体が傾いた瞬間に水楢達は見た。

 真っ赤に燃え上がる首都の姿を。

 二人は訝しみながらもその光景から目が離せない。

 すると――右に旋回していた旅客機の側を数十機の戦闘機がすれ違う。


「きゃっ――」


 すれ違った時の衝撃派で窓がビリビリと振動して、それに驚いた他の客達が悲鳴を上げる。首都の炎上と編隊を組んだ戦闘機を認めて水楢が珠恵に告げる。


「珠恵さん、いつでもアレを出せるようにしておいた方がいいかもね」

「うん、わかった」


 一方、旅客機の後方から追跡していたファウヌスは戦闘機が旅客機とすれ違う前に一気に高度を上げ、高度2万mからその様子を見つめていた。

 首都では燃え残った建物を破壊せんとするオレンジ色の閃光が至る所で放出されていて、被害は拡大の一途をたどっていた。

 右に旋回を始めた旅客機に合わせてファウヌスも旋回を始める。

 丁度ファウヌスが旋回をすると雪や雛からは燃えさかる首都が一望できた。


「何、あれ? 何かのお祭り?」

「雛、あんなお祭りがあるわけがないだろ! あれは核の光だ!」

「お兄ちゃん、相変わらずアニメネタ好きね」

「そんな事言っている場合じゃ無いんだけどな。幸いにも水楢達を乗せた旅客機は進路を変更したようだし、危険地帯に近寄らなくて済みそうだ」


 目の前の光景を人ごとのように会話する兄妹が首都から進行方向にある都市へと視線を移すと、その視線の先でもオレンジ色の閃光が放射状に放たれ――。

 閃光が通り過ぎた箇所からはたちまち火の手があがり、爆発がおきると空気を振動させる衝撃派が上空まで響いてきた。


 旅客機は機長の咄嗟の判断で斜めにバレルロールを決め衝撃派を回避する。

 ファウヌスに至っては何事も無かったようにやり過ごす。

 補給の必要な旅客機が着陸出来る空港がある二カ所の都市で激しい爆発、炎上が起きていれば心配になるのは残りの燃料だ。

 ただでさえ首都を目指して飛行していた旅客機が進路を変更して飛行すればそれだけ燃料には余裕が無くなる。それは機体を操縦している機長が一番良くわかっていること。

 コックピットでは副操縦士が燃料の残量を計算し、機長へ告げていた。


「機長! このままでは、ね、燃料がもう持ちません」

「――っ、副機長、飛べて後何分だ」

「この高度を維持し続けても残り――10分です」

「なんだと!」


 二人の会話を聞いていた通信士もさすがに顔色が真っ青になります。

 燃費がもっともいい高度1万mを飛んで10分なら、着陸の為に高度を下げることを計算に入れれば更に飛行時間は目減りする。今から首都に引き返すにしても燃料も場所の見当も付かない。

 そして――目の前の都市は現在激しく炎上している。

 不時着をするにしてもこの付近に海は無い。

 あるのは砂漠と都市を繋ぐ国道のみ。

 砂漠では着陸の衝撃に機体が持たない。昔よその国で、機体のトラブルからハイウェイに着陸した事があったが、整備が整っている道路だから成功した事。

 大国は経済が発展してまだ浅く、要所を繋ぐ街道の整備にまで手は加えられていなかった。

 凹凸の激しい道路、片側2車線の道路。所々にある電柱が着陸を妨げる。


 まさに八方塞がりであった。


 すると、扉の外から客室乗務員が誰かともめる声が漏れてきた。


「今は飛行中です! 困ります。お客さん! お席に戻ってください」

「何を言っているのよ。そんな悠長に構えていられる状況? 燃料補給の予定地を外れこれだけ飛べばもう燃料も危ういんでしょ! しかも変更先の都市も――あの様だし。いいから機長に会わせなさい! 死にたくなければね」


 扉の外で行われている口論に機長は苦笑いを浮かべるが、この機が間もなく墜落するのは彼女の言うとおりだ。何か着陸出来る場所の心当たりがあるのであればそれにあやかりたい。そんな気持ちから扉の鍵を開けさせる。

 扉が開くとまだ十代の少女とおぼしき2人組と当機の客室乗務員がなだれ込んできた。

 少女は入ってくるなり――。


「いい。良く聞きなさい。私たちは神の力を宿したパンなの。私たちの力でこの機を無事地上に降ろしてあげる」


 着陸する場所を知らせてくれるものと思っていた機長達クルーは、コックピットに入ってきたカジュアルショートの少女から荒唐無稽と言って差し支えの無い話を告げられた。

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