第29話衝撃映像

 ヒートヘイズを出さなくとも高次元帯である事に変わりは無い。敵の殲滅速度が遅くはなったものの沖縄、北海道戦線に大きな影響はなく、以前優位な状態で作戦は進んでいった。


 一方、富士の演習場では――。


「か、か、桂学園長より依頼されまして、今日は皆さんの採血を行いたいと思います。前回のヒートヘイズから取った遺伝子は残っているので、そちらは今回必要ありません。採血と言っても、天羽々斬の様にたくさん採血する訳ではありません。木刀であればそれにコーティングする格好になります。これで模擬戦を行う事が出来ます」


とちのき教官、助かります。これで俺の一撃も生徒に当るという訳ですな。がははは」

「い、い、いえ。桂学園長はパンでは無いので天羽々斬を使う事は出来ません。よって今回の模擬戦用の武器にもその効果は現れません。くれぐれもそんな無茶はしないで下さいね。何度も採血する生徒の身になってお考えください」


 先日の、学園長自慢の棒が雪に触れただけで、バラバラになった意趣返しを目論んだ学園長であったが、元が元だけに。空振りに終わった。


 そもそも原初の半獣神を宿せるのは0歳から18歳までの人口0.05%で、大人になるとテロメアの関係で投薬しても全く効果が現れなくなる。これはパンに携わっていれば皆知っていたのだが、パン開発以前から軍属の学園長はその機会に恵まれなかったのであった。では、前学園長はどうだったのか――それは楓を見ればご理解頂けるだろう。


「ひ、ひ、ヒートヘイズがしばらく使えなくなる以上は、貴方達の身を守るのは武器だけになります。その武器を上手く扱えるようになるには、訓練しかありません。今回作る模擬戦用の武器でも、一般人には凶器となりますから、パン以外への軽はずみな使用はしない様に、お願いしますね」


 こうして朝から採血し、何故か手渡された牛乳を食堂で飲んでいると、先日のメキシコでの映像が繰り返し放送された後、国連での議会の様子が映し出された。どの国も一切、ヒートヘイズとの関係を認めず、錯雑紛糾さつざつふんきゅうを極めていた。


「水楢、これからどうなるんだろうな……」

「私達の立場的には、面白くないわよね。日本で培われた技術を使って、他国が好きに暴れまわっているのだから」

「うん、むかつく」


 だが、結局は遠い海の向こうの話、雪達はそんな争いに自分達が巻き込まれる事になるとは、この時は思ってもいなかったのである。


 事態が動いたのは、翌日の深夜。


 気魂しいサイレンの音が演習場内に響き渡り、演習場内では猛獣の咆える遠吠えが轟いていた。仮宿舎内のスピーカーから、学園長の声で『各自、天羽々斬を所持し、敵ヒートヘイズを撃退せよ――』との放送が流れ、就寝していた雪達もそれに従う。


「あれ、何でまた珠恵ちゃんが――」

「雪、温かい」

「僕は湯たんぽか何かですか」

「うん、気持いい」

「おっと、こんな事している場合じゃなかった、珠恵ちゃんも放送は聞いた」

「うん、聞こえた」

「じゃ、早く支度して。敵に此処が感づかれたみたいだ」

「うん」


 演習場に建てられている照明の下には、漆黒のヘルハウンドが5体。既に集まっていた先輩達と交戦していた。呆気なく倒されるヒートヘイズ。これなら雪が出なくても……と、そう思っていると、新人の1年生の居る場所にヘルハウンドの1体が逃れて襲い掛かった。焦った1年生は、掌を敵に向け、次の瞬間――ゴワッ、といういつもの効果音の後、その生徒が発現させたのだろう。虎が現れ、向かってきたヘルハウンドに喰らいついた。その隙に生徒は、腰にさしていた天羽々斬を抜き一息で袈裟懸けに切りおろす。呆気なく倒れたヘルハウンドを見下ろし、その1年生が自分の虎に抱きつき撫でまわしていた。


 前回は物量作戦で押してきたのに、今回は何故、こんな弱いヒートヘイズで攻め込んで来たのか……前回の戦闘を体験している皆は不思議に思っていたが、その理由は早くも陽が昇ると同時のニュースで知る事となった。


 『――御覧下さい。これは今朝未明に動画サイトにアップされた衝撃の映像です。場所は、背景からも分るとおり、富士。庁舎や、背景から富士の演習場だと思われます。そこで行われていた極秘の演習の模様を投稿者が撮影に成功したとコメントがありました。ではその一部始終を御覧下さい』


 昨晩の、襲撃の模様が全て撮影されており、危険を感じヒートヘイズを出してしまった生徒の姿がはっきりとテレビを通し全国、いや、世界中に証拠映像として流れてしまったのである。当初、軍の上層部は、この動画はメキシコの映像を修正して作られた偽者だ、と言い張っていたが、ステイツの映像解析の専門家、イギリスやドイツの専門家らの、修正のされていない本物である。という解析結果を受け、国連、その他の団体、更には、国内にいる反政府団体。一般国民に至るまで――軍に対する風当たりが強くなっていったのである。国会前では、極秘開発されていたヒートヘイズの情報を開示せよ。といった、デモ集団が連日集まり騒ぎ立てていた。


 そう。何故か、ヒートヘイズなどと誰も口にしていないにも関わらず。デモ集団や世界中にその名前まで知れ渡っていた。


 当事者の富士演習場の周囲には、ヒートヘイズ反対のプラカードを持った人々がキャンプを張り、沖縄が西の国に奪われる前の、ステイツ基地建設反対の様相とまったく同じ状況に追い込まれた。


「これ、どうなるんだ。俺は暗くて顔まで映し出されなかったからまだいいけれど……あの新人なんて世界中に顔まで晒されて、他にも晒された先輩とかもいただろう。今、謹慎中だとか聞いたけれど」

「本当よね……私が駆けつけた時には、既に終わった後だったから、まだ顔を撮影されて無かったけれど……聞いた話では、顔バレした生徒の実家にまでマスコミが押し寄せているらしいわよ」

「珠恵ちゃんは、大丈夫だった」

「雪、寝た。遅刻。平気」

「何、それ、雪くん。どういう事」

「あぁ、いつの間にか、また珠恵ちゃんがあの時にベッドの中に潜り込んで来ていて……着替えしに部屋に戻ってから出てきたから遅くなったみたいだね……」

「何を言ってるの。遅くなった理由なんて聞いていないのだけれど。何でまた珠恵さんと寝ているのかと、あたしは聞いているのよ」

「そんな怒らなくても、那珂の島学園に着いたときからずっとじゃん。珠恵ちゃんのそういう所は……もしかして、水楢、焼いてくれているの」

「ば、ば、馬鹿じゃないの。な、何であたしが、雪くんに焼きもちを妬くのよ」

「だって、そうとしか――」

「うん。澪。焼もち」

「ち、違うわよ。あたしは健全な学生としての、せ、生活をしなさいって言っているだけなんだからね」


 水楢の表情は、青筋を立てると言うよりも、身を縮ませ、頬を紅潮させて居る事から恥らっているようにしか見えない。


「水楢ってこういう話になると、めちゃくちゃ可愛くなるんだな」

「雪、私は」

「珠恵ちゃんは、いつも可愛いじゃん」

「嬉しい」

「な、な、なんでよぉぉぉー。可愛い。あたしが可愛い……」


 自分の頬を両掌で挟み込み、自分の世界に篭ってしまった水楢を、雪と珠恵は温かな眼差しで見つめていたのであった。

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