第44話 わぁ、凄く立派なお馬さんですね!


 今はもう十月の始め。

 山々は紅の色に染まり、気温も外で何かをするには丁度いい季節。

 僕はいつもと同じように土曜日という素晴らしき日を堪能しようとリビングのソファーに腰掛けた時だった。


 「先生、私と騎乗位しませんかっ!?」

 「……は、い?」


 今このロリはなんて言ったのだろうか。

 僕の耳には到底受け入り難いような単語が飛び出してきたような気がしなくもないけど落ち着け、ここは難聴系主人公のスキルを発動するんだ。


 「え、なんですか?」

 「? 聞こえなかったですか、すみません。ではもう一度言いますね……先生、私と騎乗位しませんか?」

 「ワンモア」

 「私と騎乗位しませんか?」

 「よし練習はここで終わりだ、本番言ってみようか」

 「ですから騎乗位しませんかっ!? 先生私で遊んでいますよね……」

 「……ごめんそういうわけじゃないんだ」


 聞き間違いではないという事実に僕は思わず肩を落とす。

 ……いやまあ最初の時に後ろで愛優さんがビデオカメラの準備をしだしたのが見えたから聞き間違いじゃないのはわかっていたけどさ。

 それにしてもまだディープなキスすらまともにやれてない上、お互いにまだ初体験であろうはずの恋人(小学生)にいきなり騎乗位しませんかなんて言われたらまずこの世界を疑うよね。

 僕は事情を聞くため、隣をぽんぽんと叩き隣に座るよう促す。


 「とりあえず愛莉、何がどうしてこうなったのか教えてくれるかな?」

 「と、言いますと?」

 「まあその……なんだ。愛莉の返答次第では僕も腹を割らないといけないと言いますか、コンビニに走ったりしなくちゃいけなかったり……」

 「騎乗位ってそんなに準備とか覚悟が必要だったんですか?」

 「そりゃあそうだよ! いきなり騎乗位ってのも驚いたけど、何より愛莉は初めてなんだよね?」

 「は、はい。初めての体験ですね」

 「それは知ってるけどだからこそだよ。僕だって急すぎて覚悟が出来ていないのに、いやもっと覚悟が必要なのは愛莉だけどさ」

 「私知りませんでした……騎乗位ってただ乗るだけのもっと簡単なことだと思ってました」

 「いやまあ確かに時分のタイミングでやれるからそこら辺は……どうなんだろ。でも初めてだから痛いだろうし」

 「え、初めてだと痛いんですか!?」

 「う、うん、そう聞いたことはあるけど」

 「知らなかったです。初めてだとやっぱり位置とかが悪くて痛いんですか……」

 「でも何回もやっていたらそのうち気持ちよくなるとは思うけど……」

 「……やっぱり気持ちの良いものなんですね」

 「えっ?」

 「いえ、実は他の方も乗っていると気持ち良いとか一つになれた気がするということを聞いたので」

 「…………」


 おいおいおい、確か愛莉の通っているのは初等部だよな? 大丈夫なのかな……。

 急に学園の事が心配になってきたよ。

 だってまだ小学生なのに騎乗位で気持ちよくなったり一つになれるなんて。

 ……いや、違うな。これを決めるのは僕ではない、確かに僕の気持ちも大切だけどもし行為に及ぶとして一番辛い思いをさせてしまうのは愛莉なんだ。

 ならば僕がやるべき事はひとつ。


 「わかった。僕は愛莉の意思を尊重するよ」

 「ほ、本当ですかっ!?」


 満面な笑みを浮かべ小さな両の手で僕の右手をぎゅっと握る。

 ……やれやれ、こうなってしまっては仕方ない。

 僕だって男なのだ、こういう時にびしっと決めなくてどうする。


 「じゃあ行こうか」

 「はいっ!」

 「僕の部屋に」「ホースランドに」

 『……え?』


 僕達は顔を合わせ首を傾げる。

 ……つまりすれ違い?

 その結論に至ると同時に隠しきれていない笑みを浮かべながら愛優さんがこちらに歩み寄る。


 「やっとお気付きになりましたか」

 「その言い方をするということは最初から気付いていたんですか?」

 「ええ、まあ。ですが湊様がいつ気がつくか楽しま──心配でしたがようやく気付いてくれてよかったです」

 「今楽しませてもらったみたいに言いかけたよね!?」

 「なんのことですか? ともかく勘違いということです」


 つまるところ愛莉の言う騎乗位というのは人に乗るのではなく、馬に乗る……言わば騎乗や乗馬といったところなのだ。

 確かに似ているけどそこ間違えて覚えちゃうのか……。

 何にせよ被害が家のなかで留まって良かったよ、万が一外で「騎乗位しませんか!?」などと言われた日にゃ即刻豚箱直行だからね。

 ロリをのぞく時、また警官もこちらをのぞいているのだ。この言葉をしっかりと心に留めておかなければこれから先、いくら冤罪だと叫んでも問答無用で厄介になるかもしれないな……。

 とりあえず愛莉に騎乗の件について説明だけして僕達は乗馬体験のできるホースランドへと向かった。



 青い空、そこそこ広い草原、そして立派な馬!

 そして何よりも……流石休日! ロリが沢山だぁ!

 見渡す限りの人。僕達と同じく乗馬体験をしにきている家族連れが多いのなんの。

 しかし僕は時々思う。

 ロリと幼女の違いってなんだろうと。

 人によればロリのもっと幼いのが幼女と言う人も居れば、合法があるのがロリ、合法がないのが幼女という人もいる。

 だが僕はこう唱える……ロリと幼女の違いは年齢だと!

 例を上げるとするならば、ロリはある一定以上の年齢で見た目が幼児体型……みたいな人のことを言う。

 そして幼女はある一定以下の女児を指す、と思っている。

 これを強く証拠付けるものがあるとしたら、女子高生や女子大生……そして年上のお姉さんキャラでもロリはいるが幼い子はその容姿でもロリ……とは言わずに幼女と表される。

 ならばどこまでが幼女でどこからがロリなのか……問題はその一点に尽きるだろう。

 この問題は恐らく人類ロリコン史に残るほどのレベルだと自負していた……が、僕は自分の中で出した答えをここで高らかに宣言しよう。

 小学三年生までが幼女で四年生からはロリであると!!

 もちろんこれは僕個人としての意見なので異論は認める。

 意義がある人はメールなり送ってきてくれてもいいくらいだ。

 ……とかなんとか一人脳内宣言をしていると、突然身体を揺すられる。

 視線をそちらへ向けてみればそこには純白のワンピースを身にまとった天使、もとい愛莉の姿。


 「せんせい早く行きませんか?」

 「あ、う、うん。そうだね」

 「……湊様、私は王道の小六からがロリだと思っていますよ」

 「愛優さんってひょっとしなくても心とか読めたりします?」

 「読心術はメイドの心得ですよ」

 「そんなメイド聞いたことねぇ……」

 「あらそうですか? 紗奈なら監視カメラ越しでもある程度出来ますが」

 「僕時々思うんだけど君たち姉妹はなんでメイドをやっているの」

 「愛莉様を愛しているからです。性欲的な意味で」

 「こいつ変態だ!?」

 「失敬な、へんたいふしんしゃさんと呼んでください。CV小〇唯様くらいの可愛さで」

 「言われたい気持ちはわからんでもないけど自重してください!」

 「仕方ないですね……」


 わかりやすいくらいがっくしと肩を落とし歩き始める変態メイド。

 最近大人しくなったと思ったのにやっぱり気のせいだったんだな……。

 その事実に僕は肩ではなく気を落としそうになる。


 「……って、そう言えばさっきから愛莉の声がしないんだけど愛莉は?」

 「愛莉様ならあそこです」


 愛優さんの指差す先、そこには待ちきれなくなったのか、見覚えのある純白のワンピースを着た美少女が優雅に馬を走らせていた。


 「なんだか凄いもんですね」

 「はい、私も驚きました」

 「愛莉がまさかここまで天才肌だったなんて僕も驚いたよ」

 「ああいえ、私が言ったのはそういう事ではなくて」

 「?」

 「あの愛莉様が乗っている馬、愛莉様が乗った直後こころなしかとても良い表情をしたように思えて」

 「…………」

 「馬にもロリコンってあるんですね?」

 「僕に聞かないでくださいよ……」

 「湊様も対抗してみますか?」

 「馬に対して一体なにを対抗するのか一応聞いておきますね」

 「乗り心地?」

 「だから下ネタやめい」

 「ですが湊様はこのまま愛莉様があのロリコーンの虜になってもいいんですか?」

 「良くないけど、そのユニコーンとロリコンを混ぜたみたいな言い方止めてあげようね?」

 「ですがあの馬の名前はロリコーンですよ?」

 「名は体をあらわすって本当だったんだな……」

 「それはそうと湊様、そこに四つん這いになって頂いてもいいですか?」

 「別に構わないけど……なんで?」

 「疲れてきたので椅子が欲しくて」

 「全力でお断りさせていただきます」

 「こんな美少女の椅子になれる機会なんて滅多にないですよ?」

 「逆に僕みたいなやつが椅子になってもいいんですか?」

 「もっと高級感あふれる椅子に座りたいに決まってるじゃないですか」

 「理不尽!」


 ここがどんなに公共の場所であったとしても変わらない愛優さんのボケの連鎖にいい加減ツッコミ疲れてきた時だった。

 遠くから有名人オーラを漂わせた少女がこちらに向かって走ってきたのだ。


 「湊さーん!」

 「梓桜あずさ?」

 「はい、最近人気急上昇中のはずなのに何かと出番の少ない一夜梓桜です」


 頬を少しだけぷくーっと膨らませる。

 何かの撮影中なのか普段は着ないような胸元が広いタイプの服を着ていた。

 しかしあれだな。やっぱり胸元が広い服というのは巨乳の人が着てこそみたいな風潮があるけどあえて言わせて欲しい、胸元が広い服は貧乳が着てこそ輝くのだと。

 しかし悲しい事に目の前にいる梓桜は推定Cカップのロリ巨乳……だがこれはこれでいい!


 「……湊さん」

 「え、あ……」


 突然声をかけられバツが悪そうに視線をきょろきょろさせる。

 どうやら全て顔に出ていたらしい、ジト目を向けられていた。

 あははと笑って誤魔化してみるものの、梓桜はため息混じりに愚痴を零す。


 「どうせ私は愛莉さん達みたいに小さくないですよ……」

 「いやいや! 僕は確かに小さい方が好きだけど、それでも梓桜は十分に魅力的だと思うよ!」

 「それ以上胸のことを言ったらセクハラで訴えますよ!」

 「え、これ僕が悪いの?」

 「当たり前です。それにそこだけで判断する人は好きじゃないですから」

 「……僕は気にしないけどなぁ」

 「気にしないなら言わないでくださいっ!」

 「あ、はい」


 結構な小声で言ったはずなのに……。


 「ま、まあでも、ほらあれだよ。梓桜の身体じゃなくて梓桜の事が好き」

 「えっ……?」

 「という人がこれから現れるかもしれないからさ!」

 「……私は湊さんじゃないと嫌なんです」

 「今なにか言った?」

 「いーえ、何も言ってません!」

 「なんで怒ってるの?」

 「怒ってません、これが普通です」

 「でも怒って──」

 「しつこいと通報しますよ、ストーカーにセクハラされてるって」

 「ごめんなさい」


 土下座をするくらいの勢いで頭を下げる。

 確かにいくら小学生が相手とはいえ胸の事を持ち出したのは不味かった。


 「ふぅ、まったく仕方ないですね」

 「……あのさ梓桜、もしかして疲れてる?」

 「えっ? えぇまあ疲れてますね」

 「やっぱり──」

 「主に湊さんのせいですよ……」


 そこまで言うとやはり疲れが表面に出てきたのか、梓桜は少しバランスを崩したので僕は優しく抱きとめる。


 「あはは、ごめんね。──っと、大丈夫?」

 「え、あ、すみません……」

 「やっぱり普通に疲れてるんじゃない? ちゃんと休んでる?」

 「ちゃんと三時間くらい寝てるので大丈夫です。それにまだお仕事もあるので」

 「うーんそれは大丈夫なの?」

 「はい、大丈夫です。それよりも湊さんにお願いがあるんですが」

 「僕が出来る範囲であればなんでもやるよ」

 「本当ですか!?」

 「う、うん」


 食い付き気味に詰め寄る梓桜に少し後ずさる。

 なんというか近すぎると確度的に奥のものが見えてしまいそうで……。

 それに気付いたのか赤面して胸元を隠しながら「へんたい」と小声で呟く。

 ……これ僕がいけないの?


 「こほん、また変態なのはもう仕方ないとして湊さん実は……撮影中にアクシデントがありまして、騎手の人が来られなくなってしまったんです」

 「えーっとつまり?」

 「その湊さんがその人の代わりに、私にとっての……は、白馬のお、おう……」

 「?」

 「白馬のおう……」

 「まさん?」

 「そうです! 白馬のお馬さんになって欲しいんです!」

 「──っ!?」


 白馬のお馬さんになって欲しい。

 その瞬間、僕の身体に稲妻が走るような衝撃に襲われる。

 途中なんか愛優さんぽい声が入った気がするけどそんなことを気にしている場合ではない。

 一般の男子高校生である僕が、人気急上昇中の小学生アイドル梓桜の白馬のお馬さんに……白馬のお馬さんになるとか放送事故とかいうレベルじゃない。むしろ事案だ。

 それにお馬さんとして出るのならば「ひひーん」とか言って四足歩行で現れなきゃいけないうえ、それを全国放送されるとかなんのテロだよ。

 しかし目の前に困っているロリがいたら助けるのが変態紳士ロリコンの務め。

 僕が貧乳派で彼女がロリ巨乳だとしてもロリである以上その務めは果たすまで。

 例え全国に僕の痴態が晒されるとしても!!

 ……いやこれは大分問題だな。


 「確認なんだけど、本当に僕が白馬のお馬さんになるってことでいいの?」

 「あ、えと、ち、違います! 白馬の王子様です王子様、お馬さんじゃないです!」

 「あ、なんだ王子様か……」


 なんだ言い間違いか……びっくりしたよ本当に。

 危うく本当に四つん這いになるところだった。やらないけどさ。

 そのやりとりを見ていたメイドが突然近くに寄りそっと耳打ちをする。


 「しかし湊様、これはチャンスなのでは?」

 「チャンス? 何がチャンスなの?」

 「合法的に愛莉様以外の小学生と触れ合いが出来るチャンスですよ」

 「そうだけど……。愛莉が許してくれるかな」

 「私なら大丈夫ですよ」


 いつの間にかそこに居た愛莉からもオッケーが出る。

 ……というかいつここに来たんだろうか。


 「身体が触れ合うかもしれないけどいいの?」

 「はい、キス……とかしなければセーフだと思ってるので! あ、ですがだからと言って過度な触れ合いをしたら私嫉妬しちゃいますからね?」

 「ははは、可愛いなぁ愛莉は」

 「それにここで一夜さんを助けないのは先生じゃないですから」

 「僕ってどんなキャラで認識されてるのか少し気になってきた……」

 「先生は……カッコよくて」

 「変態で」

 「頼もしくて」

 「ドMで」

 「いつも優しい」

 「いじりがいのある人ですね」

 「愛優さん、愛莉がいいこと言ってるんで少し黙っててもらってもいいですかね」

 「いじるのをやめる時は私が死ぬ時なので」

 「死なないように頑張って止めてください。──っと、話を戻すけど梓桜の件は受けるってことでいいのね?」

 「はい、私は大丈夫です」

 「愛莉様が良いと言うのなら私から反対する理由はありません」

 「おっけ」


 結論が出ると梓桜の方へ身体を向け、


 「僕でよければ手伝わせて」

 「はい、お願いします♪」


 返答に対して、これ以上にないというくらいとびきりの笑顔で返事をする。

 しかし白馬の王子様か……無事にカッコよく終われるかな。



 梓桜が監督とマネージャーらしき人に話をつけると、すぐに撮影の準備が始まった。

 どうやら白馬の王子様……とは言ったものの、梓桜をごく普通の馬の背中に乗せて少しのあいだ乗馬体験をさせてあげる、とのことらしい。

 しかしここで問題が一つ。

 引き受けたのはいいものの、僕にはその手の経験が皆無なのである。

 ならなんで受けたんだよというツッコミが飛んできても仕方ない……しかしこれだけは言わせて欲しい、ロリ巨乳のアイドルのお願いを断れるだろうか!? いいや断れないね!

 だが困っているのもまた事実、どうしようかと乗る馬を見ていた時、僕の目にある馬が止まる。


 「……ロリコーン」


 そうだ、あいつは馬ながら同じロリコン、つまり同志。

 ロリコン同士は引かれ合うとはよく言ったものだと。

 僕はロリコーンの前に立ち真剣な眼差しを向け問いかける。


 「ロリコーン、お前はあの娘を無事に乗せ続けられるという自信はあるのか?」

 「ヒヒーン!」

 「お前はあの娘を背中に乗せたいと思うか?」

 「ヒッヒヒーンッ!!」

 「僕と一緒に彼女のためにこのちっぽけな牧場を走る覚悟はあるか!?」

 「ヒンヒヒーンッ!!」

 「僕はロリを乗せる馬にはなれないけど、馬のお前ならいける!」

 「ブフォア!」

 「……うん、よしわかった! ロリコーン、キミに決めた!」

 「ヒーン!」

 「……なんと言いますか、世界一見ていて恥ずかしい馬選びを見てしまったきがします」

 「ま、まあまあ愛優さん、先生もそれだけ真剣にやってるということなので……」



 馬選びも終わり、監督の声により撮影が始まる。

 カメラの前では梓桜がいつもの姿からは想像も出来ないくらい良い子ちゃんしていた。

 一方僕の方は……。


 「うぅ、今更ながら緊張してきた」

 「ファイトですよ先生!」

 「そうです湊様、あなたにはロリコーンという力強い味方がいるではありませんか」

 「ヒーン!」

 「愛莉、ロリコーン、愛優さん……」

 「どうして私がロリコーンより後に呼ばれたのかは後で問い詰めるとして、緊張しているのなら『ロリ』の文字を飲み込んでみてはいかがでしょう」

 「愛優さんそれを言うのなら『人』では?」

 「いいえ愛莉様、湊様の場合は『妹』かもしれません」

 「ヒヒーン、ヒーン、ヒーン?(訳 いやコイツの場合は貧乳だろ?)」

 「今なんかロリコーンにも馬鹿にされた気がするんだが……」

 「いや湊様の場合は貧乳より『ちっぱい』かと」

 「言ってることわかるんかーい」

 「もう面倒なので愛莉様を飲んでみてはいかがです?」

 「どうしてそうなった」

 「私は飲めませんよ?」

 「では舌で」

 「自重してください!」

 「あ、もうすぐで出番みたいですよ先生」

 「始まる前から違う意味で疲れたよ……」


 スタッフからのゴーサインが出たので、二人に見送られながら僕はロリコーンと共に梓桜の元へ。


 「わぁ! 凄く立派なお馬さんですね!」


 カメラの前までくると、梓桜がカンペに書かれたことを自然に話している。

 ……なんというか凄いな梓桜って。

 そう思わずにはいられないくらいスラスラと書かれていることを読み上げてる。


 「凄いよなぁ梓桜……」

 「ヒヒン(せやな)」

 「僕なんかが本当に一緒に乗ってもいいのかな……どう思うロリコーン?」

 「ヒヒン、ヒンヒーン(さあな、自分で考えな)」

 「はぁ……ちっぱいが欲しい」

 「ヒーン(わかりみにあふれる)」

 「──ということで私も乗馬体験をしてみます!」


 紹介も一段落が着いたのか、梓桜もロリコーンに乗る。

 その瞬間ロリコーンがとてつもなく上機嫌になったのを僕は見逃さなかった。


 それから乗馬体験は無事終わり、収録も終えたあと僕達は打ち上げということで近くのバイキング式のレストランに来ていた。


 「本当にありがとうございます!」


 梓桜のマネージャーらしきメガネを掛けた一言で言えばイケメンの男性が頭を下げる。


 「いえいえ僕は大したことしてないですから」

 「実は梓桜、この企画乗り気じゃなかったんですがこうして無事に終えられたのもあなたのお陰です。あ、私は梓桜のマネージャー、小夜啼鳥透さよなきとおると言います。これも何かの縁なので透とお呼びください」

 「は、はい透さん。えーっと僕の名前は──」

 「湊拓海さんですよね?」

 「そうですが……」

 「あぁ失礼。梓桜の話によく出てくるので」

 「そうなんですか?」

 「ええ。普段は男の人の話しないあの子がキミのことだけは楽しそうに話すんですよ」


 きっとその時の梓桜は本当に良い表情をしているのだろう、思い出しながら話す透さんの表情までもが朗らかなのだから。

 ちなみにこんな話をしていたら梓桜が止めに入る……ということを予見して、サラダを取りに行くという名目で離れて話している。

 テーブルを見れば楽しそうに食事をしている梓桜と愛莉達の姿。

 透さんはそれを見てどこか切なそうな顔をする。


 「……あんなに笑っているのに、それでも話さないんですよねあの子は」

 「話さないって何の話ですか?」

 「はは、拓海さんにも言ってないのですね。実は彼女が昔お世話になっていた孤児院が潰れそうになっているんです」

 「孤児院……?」

 「はい。今は一応自分が引き取っているので違いますが数年前まではそうでした。きっと恩返しがしたいと思っているんでしょうね、最近は特に仕事の量がおおくなって疲れが溜まってるはずなのに……」


 その話に心当たりがある。

 梓桜に会ったとき、少しフラついたけどそれが理由だったのか。


 「自分の個人的には担当のアイドルが活躍してくれるのは嬉しいんだけど、保護者とかの目線で見ると心配なんだよね」

 「つまり透さんは僕から梓桜に無理しないように言ってほしいってことですか?」

 「……そう言いたいところなんだけどね」

 「なにか問題でも?」

 「これは、オフのオフでお願いしたんだけど……」


 より真剣な顔つきで小声になる透さん。

 これは今まで以上に重要な話だと読んだ僕は心して待っていると。


 「仕事から帰ってきたばかりの眠気と戦っている時の梓桜が可愛いんだ」

 「……え?」

 「仕事から帰ってきて、いい感じに眠気に襲われている時の梓桜が可愛くて可愛くて……。言うに言えないんだ……」

 「…………」

 「だって仕方ないだろ!? あの梓桜が『とおるさぁん、ねむいのれ私といっしょにお風呂入ってくらはい……』なんて言われてみろ! 君ならどうなる!?」

 「まぁロリコンなら黙ってお風呂ですね」

 「だろ! 確かに心配だけどそれが無くなるのも辛いんだ」

 「でも透さんから誘ってみればどうですか? 一応でも保護者ですし問題にはならないと思いますが」

 「キミも梓桜と知り合いなら知ってるだろ、梓桜にそんなことお願いして入ってくれると思うか?」

 「頼めば入ってくれるんじゃないですかね?」

 「甘い! 甘いぞ! コーヒー味とは名ばかりのチョコレートくらい甘い!」

 「そのわかるようなわからないような微妙なところから持ってくるのやめてくれませんかね!?」

 「あはは、でも改めてだけど梓桜が頼れる人は数少ないからその時はお願いします」


 頭を深々と下げる透さん。


 「あ、でもセックスとかする時は流石に連絡下さいね」

 「僕彼女……というか嫁持ちですけど?」

 「愛人枠がどうとか言ってたので一応」

 「募集していないしそういう関係になるつもりはないんで安心してください」

 「つまり……遊びの関係」

 「誤解を招くようなことも言わないでください!」


 仮にもこんな話をしていたのを愛優さんにでも聞かれたらと思うと……。


 「なるほど夜遊びの関係ですか」

 「もっとややこしくしないでくれます?」

 「どうしてですか、私だって年頃の乙女……卑猥な話に混ざりたいんです」

 「乙女は決してそんなことは言わない!」

 「ははっ、いいじゃないですか拓海さん。えーっと……」

 「失礼しました。私は朝武愛莉様のメイドでありここにいるロリコンのペットである月山愛優と申します」

 「拓海さんそんなご趣味が?」

 「彼女は重い冗句が得意なんです」

 「まあそうですよね。それに女の子はペットにするよりも女の子のペットになりたいですもんね」


 わかってますよと言わんばかりにサムズアップする。

 それに対し愛優さんはメモ帳を取り出しペンを走らせる。


 「なるほど、勉強になります」

 「そんなこと勉強しなくていいですから……」


 透さんってそっちの趣味があるのか……。そんな驚きもあったけれど今は梓桜の事だな。

 しばらくは出来る限り連絡を取っておこう。


 それから僕達はみんなで夕食を楽しみ、いい感じにお腹も膨れてきたところでお開きになった。


 「それじゃあ湊さん愛莉さんまた!」

 「うん、またね」

 「また♪」


 手を振り梓桜達を見送る。

 やっぱりタクシーとかそれなりにいい車なのかなとも思ったけどそうでもないらしく、透さんの軽自動車に乗って帰っていった。


 「……さて、僕達も帰ろうか」


 そう言って自分達の車へと歩き出そうとした時だった。


 「あ、そうでした。すみませんお二人共伝えるのを忘れていました」

 「愛優さんどうかされました?」

 「今日からあのお屋敷の警備の点検が始まるのでお二人には申し訳ないですが、数日間だけ以前湊様の住んでいたアパートの方で寝泊まりの方をお願いします」

 「うん、それはいいけど……」

 「私も構いませんよ。先生の前のお部屋はあまり行ったことないのでむしろ楽しみなくらいです」

 「ということだよ」

 「ありがとうございます」


 こうして僕と愛莉は数日の間、前に住んでいたアパートで寝泊まりすることになった。

 しかしこの時の僕達は知らなかった、この選択がまさかあんな結末に繋がるなんて……。


 「愛優さん勝手なナレーションを付け加えないでください。そんな出来事はないですから」

 「えー……」

 「えーじゃありません!」

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