第4話 荒ぶる右手と迫り来るロリ、そして漂う犯罪臭

 ゴールデンウィーク二日目の昼下がり。

 ゴールデンウィーク中は朝武さんの家に泊まることになった紗々ちゃんと天海さん……そこに愛莉と愛優さんの四人はリビングで楽しくトランプをやっていた。

 きっとそこでは楽しそうなロリ達の声が満ち溢れているんだろうな……。

 そんな楽園とも言えるその場所に何故僕の姿が無いのかと言うと……。

「ここはこうした方が……いや、違う。これだとヒロインの魅力が半減してしまう……」

 部屋で一人。締め切り間際のためにカタカタとパソコンとにらめっこしていたのだ。

 いつ降りてきたかわからないアイディアを形にしているのだが、どうしたことか中々上手くまとまらず、書いては決して書いては消してを繰り返していた。

「うーーん。どうしたものか」

 僕はお茶の入ったコップを取り、一気に飲み干す。

 元々すんなり書けるタイプではなかったのだが、それでもこのようにアイディアが降りてきた時はもっとサクサクかけていたはずなのにどうした事か、今日に限っては全くと言っていいほど進んでいなかった。

「…………」

 ダメもとで再びキーボードの上に手を乗せるも、やはり何も浮かばず手は止まったままだった。

 僕は立ち上がり、窓の傍へと場所を移す。

 基本的にこんな時は気分転換をする。

 考えてもダメな時はいくら続けてもダメなものだ。

 そう、時には休憩なども必要なのである。

 ここは山の中腹で、この部屋が二階にあるというのもあり、窓の外からはしおり市の全体までとはいかずとも、ほとんど全てを見渡せるのだ。

 窓を開くと、五月のほどよく暖かい森の匂いが混じった風が部屋全体に入り込む。

 エロゲとかの主人公ならこの風と共にヒロインのパンツ辺りが飛んでくるのだろうか……そんな事があればさぞネタにしやすいだろうな。

 それにしても窓開けただけでパンツが飛んでくるとか、とんでもないやつだな主人公。

「とりあえず深呼吸でもしてリフレッシュしてみるか。すぅー……はぁー……」

 深呼吸を繰り返すと新鮮な空気が肺から体全体へと染み渡る。

 それだけで気分だけではなく、身体まで軽くなった気さえしてきた。

 もう一度だけ試してみよう。そう思い、踵を返そうとしたその時だった。

 僕は視界の隅に入ったある物に視線を奪われる。

「……あれは、病院?」

 見た目はどこにでもある大きめの病院。

 それなのに何故か僕の視線はその病院に釘付けになっていた。

 何か思い出せそうなのに出てこない。喉までは出かかっているのにそこから先に出てこない。

「……いや、気分転換になってないな」

 僕は首を横に振り、もう一度深呼吸をする。と、その時だった。

 ──コンコンコン。

「先生、少しよろしいでしょうか?」

 扉をノックする音と共に鈴のような声が聞こえてくる。

 確認しなくてもわかる。愛莉だ。

「うん。大丈夫だよ愛莉」

「失礼します」

「どうしたの? みんなで遊んでるとばかり思ってたけど」

「みなさんは遊び疲れて眠っています。私は眠れなかったので先生の様子を見に来ちゃいました。もしかして、迷惑でしたか?」

 うーん、そんな捨てられた子犬みたいな目をしなくても……。

 僕はこう言った思わず守って上げたくなる仕草とかにめっぽう弱く、親友の充や柿本からは「そう言ったところを隠さないと将来悪い女に捕まるぞ」とよく言われる程なのだ。

 それでも弱いものは弱いんだよ。

 なあ? わかるだろ?

「あぁ、わざわざありがとう」

「先生のためならこれくらいどうということはないですよ。それで先生、作品の方はどうですか?」

「残念ながら……」

 僕は肩を竦めながらパソコンの方に視線を送る。

 朝武さんは開かれているパソコンの画面を見て、納得したように頷き苦笑いを浮かべる。

「まだまだかかりそうですね」

「そうだね。あ、お茶いれるよ……って、僕のコップしか置いてないから取りに行かないと」

 そう言ってキッチンへと足を伸ばそうとした時、僕は愛莉に服を掴まれ止められる。

「あ、大丈夫です! 私は先生が使っていたのを使います」

「えっ?」

 僕はその場で固まる。童貞の僕はこういったシチュエーションに遭遇すると嫌でも妄想してしまう。

 が、そんな僕にお構い無しに朝武さんは畳み掛ける。

「もちろん先生が……嫌じゃなければですが」

「う、ううん。僕は構わないけど……」

 僕としても構わない……いや、むしろウェルカム。一度愛莉とキスをしてしまった僕が言うのもアレなのだが、これは間接キス……というやつになる。

 愛莉の方は全く気にしていない様子だったのだが、僕の方は本当にいいのかな……となんとも言えない気持ちになってしまう。

 そんなことを考えている間にも愛莉はコップにお茶をいれて、あろう事かさっき僕が口をつけたところ……そこからピンポイントでお茶を飲もうとしていた。

 変に意識されたり嫌がられるよりは全然マシだけど、何も無いってのはそれはそれでなぁ。

「美味しいですね、このお茶」

「あ、あぁ……うん。確かに美味しいよね愛優さんの作ったお茶」

「ふふっ、そうですね。愛優さんの作るものはなんでも美味しいです」

 中に入っているお茶を転がしながら嬉しそうに微笑む。

 愛優さんの作るものが美味しく感じるのは理由がある。

「ああへの気持ちがつまっているからじゃないかな」

 僕の言葉に驚いたのか、愛莉は大きく瞳を見開きこちらを見たかと思うと、すぐに元に戻りくすりと笑う。

「ええ、そうかもしれませんね」

 何かを考えているのか、愛莉はお茶の入ったコップを見つめる。

 ……どれほどの時間が経ったのだろうか、愛莉は残ったお茶を飲み干すと僕の方へと向き直る。

「もしかして先生は……ヒロインの魅力とかでお悩みになっているのでは? 最近の先生の作品はこう言ったら失礼ですが、無難なヒロインが多い気がしました」

「無難なヒロイン……ね」

 僕は図星を突かれ、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 ツブヤイターのダイレクトメッセージで何回か話したことはあるが、このことに関しては一切話したことは無かったのだが、流石はアイリだ。僕の悩みなどお見通しだった。

 ちなみにこれは今に始まった事ではない。

 ここまで酷いのは初めてだが、ここ最近は同じような悩みに悩まされていたのだ。

 しかしそれを気付かせないためにほしみつ先生……つまり充と何回も念入りに打ち合わせをしたし、それのお陰でSNSとかでは好評を得ていた。

 だからこそこれは、僕の熱狂的なファンのアイリだから気が付けたことで、ほかの人ならわからないくらい些細な事なのだ。

「お気を悪くしたのならすみません……」

「いや、愛莉の言ってる事は正しいよ。最近は充……イラスト担当のほしみつ先生と何回も打ち合わせをしてみんなにウケるようにしてるのもあるかもね」

「昔はこう、もっと……主人公であってもヒロインであってもちゃんと生きていた……って言えばいいんでしょうか……」

「生きていた?」

「すみません、説明するのは難しいですね」

 てへ、と可愛らしく舌をちょこんと出す。

 こう言った無邪気な所を見ると、彼女もまだ小学生なのだという事を実感させられる。

「ううん。ありがとう愛莉」

「えへへ、先生にお礼を言われちゃいましたっ」

「…………」

「先生……? ひゃっ!」

 あまりにも可愛いものだから、極々自然な手付きで僕の手は彼女の頭を優しく撫でていた。

「せ、せんせい……くすぐったいですよぅ」

 口ではそう言いながらもはにかんでいる彼女。

 その身体は自然と僕の方へと寄りかかる形になっていく。

 肩と肩がぶつかる瞬間、彼女から香る甘い花の香りが鼻孔をくすぐる。

「あのさ、愛莉──ッ!?」

 誤魔化すように言葉をかけようとした僕の思考は、半強制的に違う方向へと転換される。

 それもそのはずで、僕に寄りかかる愛莉が着ているワンピースは胸元がとても緩く、身長差のある僕が少しでも意識しようならさっきから見え隠れしている小さな二つの膨らみの頂点でさえ見えてしまいそうになっているのだ!!

 愛莉はまだキャミソールなのだろうか、本来の役割を果たしているようで果たしていない水色の薄着が服の下でチラチラと揺れている。

 が、それも虚しく、先ほど言ったとおり僕からだとその奥まで見えそうになっていたのだ。

 いけないと思いつつも、健全な男子高校生としての、ロリコンとして欲望に…………。

 って、ダメだダメだ! 僕は朝武さんに気付かれぬように首を横に振る。

 しかし、僕の意志とは裏腹に視線は愛莉の奥の秘境へ…………。

「先生?」

「えっ、あ、ど、どうしたの愛莉?」

 突然声をかけられ、視線を逸らす。

 あ、危なかった……ああが声をかけてくれなかったら今頃豚箱に入れられることになっていたかもしれない。

 とか思ったが、ここのメンツならきっとそれはないだろう。だがそれを代償に僕は罪の意識を背負うハメになりそうだが…………。

 自然とそうならなかったことに対する安堵のため息が漏れる。

「先生? もしかして……お疲れでしたか?」

 表情に出ていたのだろう。愛莉は心配そうにこちらをのぞき込む。

「あ、ううん大丈夫だよ。それでどうしたの?」

 僕はあくまで平常を装いながら聞き返す。

 こちらを覗き込んでいた愛莉は元の形に戻るとどこか遠くを見つめるように語り出す。

「先生は……作品を創る時、どんな気持ちで書いてますか?」

「えーっと、それはどういう意味、なのかな?」

「回りくどくてすみません。つまり先生はみんなのために創っているのか、それとも誰かのために創っているのか……それが少し気になって」

 僕は「ああ」と相槌を打ち、最近の自分を振り返ってみる。

 最近の自分、最近の自分……。

 最近の自分。

 思い返すとそこにはツブヤイターなどで自分の作品へのコメントとかを見て喜ぶ姿、そして次はもっとたくさんの評価が貰えるように頑張ろうと意気込む自分がいた。

 これはきっとみんなのために創っている……創ろうとしている自分。

 しかしそれは、自分で言うのもアレなくらいとても輝いて見えた。

 だが僕は更に前……すなわちまだ文章も下手くそで、まとまりがなく、ストーリー性もない。

 ただ単に好きだから書いていた頃の姿が浮かぶ。

「……ッ!?」

 その光景を見た僕は息を呑む。

 書き方もキャラクターも全部ダメダメ。

 周りからの評価も無く、PVも一日に十いくかどうかだった頃。

 恐らく今の僕がこうなったら立ち直れなくなるようなレベル。

 なのに、それなのにこの時の僕は……色々な人からコメントや評価を貰えている今の僕よりも輝いて見えたのだ。

 僕が呆気に取られていると、朝武さんは付け足すように続ける。

「私思うんです。何を作るにしても誰かのために作ればそれはきっと良いものになる。でもその誰かを“みんな"ではなくて“本当に届けたい人"のために作れば、それはみんなのために作ったものよりもずっとずっと良いものになるのではないでしょうか。もちろん、みんなのために書くのはいい事だとは思いますけど。

 その言葉に衝撃を受ける。

 確かにそうだ、僕が書き始めたきっかけ……それは病院で出会ったあの子を元気にするために書いた。

 その頃の作品は今よりずっと書き方が酷く、まとまっていない。

 しかし内容……と言うより中身に関しては不思議と最近の作品よりずっとずっと良いものに感じた。

 もしこれが今の僕に足りていないものだとしたら。

「みんなじゃなくて……本当に届けたい人のために…………」

「はい。本当はその届けたい人が私ならいいんですけど……」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。そへとすみません。作ってもらうばかりの私が生意気なことを」

「ううん、そんなことはないよ。朝武さんくらい僕の作品を好きになってる人はいないから……とても参考になる」

「そ、そうですか……そう言ってもらえると嬉しいです」

 決して彼女の言っていることは間違いではない。

 確かにみんなのために作るのも大切だが、誰かのためだけに自分の全てを注ぎ込んだ作品の方が素敵な作品になる。

 そしてそれは、今の僕に昔の僕が重なり、新たな可能性を開かせてくれる。

「……よしっ!」

「ふふっ、もう大丈夫そうですね先生」

「うん、ありがとう愛莉。じゃあ僕はさっと片付けるけど、ああはみんなのところに戻る?」

 その問に対し、ああはゆっくりと首を横に振りベッドへと腰を下ろす。

「せっかくなので先生さえよければ、私は先生が作業しているところを見てみたいです」

 まぁアイリなら見たくなるのも当たり前か……。

 ずっと僕の作品を好きでいてくれていたんだもんな。

 それにああなら他の人に言いふらすなんてことはしないだろうし。

「うん、いいよ。じゃあ少し待っててね」

「はいっ!」

 なんとも嬉しそうに笑顔を見せつけてくれちゃって……こんな笑顔を見せつけられたら嫌でもやる気が出てきちゃうっての。

 僕はパソコンの前に座り、キーボードを叩き始める。

 動く手はいつもより軽くそして早く、まるで僕が動かしているように感じられないほど自然に動いていた。


 気が付けば一、二時間経った頃だろうか、僕は最後の保存ボタンを押し、そのデータを作画担当の充の元へと送り付ける。

「ふぅー……これでなんとか終わったかな。愛莉どうだった?」

 僕は無事に仕事が終わったことによる安心感を抱きつつ、ああが座っているベッドへと視線を移す。

「ありゃりゃ……」

 が、そこには疲れていたのか、無防備に仰向けですやすやと寝息を立てている愛莉の姿があった。

 少しばかりめくれているスカートからはいかにも健康そうな細く白い太ももがあらわになっていた。

 更にもう少しスカートの裾を上に上げれば…………。

「はっ!? いかんいかん。僕としたことが……ここはしっかりとスカートの裾を戻して、タオルケットを掛けてあげないとな。うんうん」

 スカートの裾を直し、タオルケットをかけようと腕を伸ばす。

「う……ん……」

 すると愛莉は顔をこちらに向ける。起きてしまったのかと思ったが、まだ寝息を立てているところを見ると違うらしい。

「…………おかあ、さん……おとう、さん……」

 タオルケットをかけると、ああは寝言と共にそれを握りしめる。

「愛莉?」

 僕は気になり顔を近づける。

 すると愛莉の頬に一筋の雫の跡が出来る。

「行っちゃやだ……ずっと傍にいて……私を、一人にしないで……」

「──ッ」

 僕は何かを察知したのか、愛莉の手を強く握りしめる。

 その手はとても小さく、暖かい。

 だけど震えていてとても弱々しく感じる愛しい人の手のひら。

「何があっても、僕は君を一人にしないから……」

 しばらくすると、愛莉も落ち着きを取り戻す。

「すぅー……すぅー」

 さっきのは一体なんだったのか、僕は今後のためにもソレを聞いてみようかと思ったが、この安心しきった寝顔の前では起こすに起こせない。

 昨日も見たけれど、やっぱりロリの寝顔は最高だ。

 すらりと整った小学生とは思えない顔。それに対し、思わずつんつんしたくなる頬。きっとつんつんしたら柔らかいんだろうな。

「…………」

 先ほどまでの緊張感はなんだったのか……僕の視線は完全に愛莉の頬へと向いていた。

 あぁ、つんつんしたい。そのいかにも柔らかそうでつつきがいのありそつな頬をつんつんしたい!

 いや、つんつんだけじゃ足りない、つんつんしてすりすりしてそれからむにむにして……あぁくそ! 考えるだけで妄想が止まらないっ!!!

「くっ!?」

 気が付くと伸びていた右手を僕はもう片方の手でしっかりと掴む。

「静まれ! 静まれ僕の右手よ!? 眠っている女の子に……しかも相手はいくら結婚を前提に付き合っているとはいえ幼女なのだぞ!? YESロリータNOタッチのモットーはどうした、湊拓海ぃぃぃぃぃぃ!!!」

 僕は欲望に負けて手を出そうとする右手を必死に左手で抑え込む。

 さて、ここでみなさんに質問です。

 この光景……何も知らない人が見たらどう思うでしょうか?

 ────答えはこうです。

「あわわ、先生の部屋に行ったっきり帰ってくる様子のないから愛莉様の様子を見に行ってとお姉ちゃんから言われて来たものの…………何なんですかこの状況〜〜〜〜っ!!?」

 扉の隙間から部屋の中を除くメイド……月山紗奈。

 様子を見に来たはいいものの、中を除くとベッドでタオルケットをかけられて眠っているのかな? 横になっている愛莉様と、部屋の真ん中で右手を左手で必死に押さえながら何かぶつぶつ言ってる先生の姿が。

 本当になんだろうコレ。入りたいけど入れない……というか入りたくない!!

「えーっと、こ、これはどうするべきなのでしょうか……あ、そうだ!」

 こんな時こそ天海様がちょくちょくテストプレイしてと言って渡してくるエロゲーを参考に…………。

「いやいやいや、流石に無理でしょこれは」

 いくらエロゲでもこんな主人公見たことないよぅ。

 これはどうするべきなのかな……お姉ちゃんには「ふたりが間違いを犯していないか見てきて」と頼まれたんだけど……。

 私は再び部屋の中へと視線を移す。

「うおおおおおおおおお!!!! 静まれ! 静まれ僕の右手ぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 ……うん、相変わらず何言ってるか何やってるかもわからない。

 だけど、特に愛莉様に手を出したりしているわけでも無さそうだし……大丈夫なのかな? 先生は明らかに大丈夫じゃなさそうだけど。

「とりあえず、ありのままの事をお姉ちゃんに知らせておこう」

 先生は……きっと大丈夫だよね? 元気そうだし。

 こうして私は先生に気付かれないようにそっと扉を閉め、お姉ちゃんへの報告をしに下へと向かう。

 その報告を聞いた愛優は、紗奈が報告を終える前に病院に行きましょうとマジ顔で言ったことをここに記しておこう。



「ん、んぅ……あれ、私」

 あれから小一時間後、疲れ果ててベッドの横で座り込んだ僕の耳に鈴のような声が入り込む。

「おはよう愛莉」

「あ、はい。先生おはようございます……って、もしかして私、寝ちゃってましたか?」

「まぁ、うん」

「そ、それでは……もしかして寝顔も?」

「それも……申し訳ないけど見ちゃった、かな。とても可愛い寝顔だったからこのまま起こして見られなくなるのも悪いと思って」

「うぅ……せ、先生卑怯ですよ。そんな可愛いなんて言われたら怒るに怒れませんよ……」

「あはは、ごめんごめん」

「そうやって頭を撫でれば許すと思ったら──」

「うん、わかってるよ」

 僕は愛莉の言葉を遮るように頭へ手を伸ばし、そのまま優しく撫でる。

 すると、ああは気持ちよさそうな顔を見せたかと思うとすぐに元に戻る。

「……今回だけ特別ですよ?」

 と言って無事許してくれた。

 恐らくこれはもう使えないな……次の手を早めに考えておかないと。

 僕がそんなことを考えていると、愛莉は電源の切られているパソコンを確認すると、キラキラした瞳でこちらを見つけてきた。

「先生っ!」

「は、はい?」

「次の作品完成したんですか!?」

「うん、一応……ね。あとは充……ほしみつ先生に挿絵を書いてもらうだけだよ」

「挿絵……ですか? ということは先生の今回の作品は小説なんですね!」

「そうだね。最初は漫画にするつもりだったけれど、気付いたらかなりの量書いちゃってて……それならいっそって小説にしちゃった」

「わぁ! 久しぶりに先生の小説が読めるんですね、私感激ですっ!」

「愛莉はそんなに僕の小説が好きなの?」

「はいっ! と、言っても漫画の方ももちろん大好きですが……それでも私は小説の方が好きですね」

「そうか……なら今度から余裕があったら小説の方も出せるように頑張ってみるね」

「ほ、本当ですかっ!?」

「うん、ほかならぬ愛莉が好きだって言ってくれているんだから」

「先生……」

 僕の言葉に感動したのか、綺麗な瞳をうるうるさせているかと思った矢先。

「先生、大好きですっ!!」

「おわっ!?」

 急に愛の言葉と共に愛莉に抱きつかれ、バランスを崩し後ろに倒れ込む。

「いたた……大丈夫?」

 思いっきり倒れ込んだせいか頭を打ち、少しコブが出来ているようだ。

 僕は頭をさすりながら上に乗っている愛莉を心配するように話しかける。

「は、はい。私はなんとも……それよりも先生は大丈夫ですか?」

「うん、少し頭を打ったくらい……でも、大したことないから大丈夫だよ」

「あ、頭ですか!? そ、それは大変ですすぐに調べないとっ!」

「愛莉っ!?」

 頭を打った……ということに反応したのか、焦りを見せた愛莉は身体ごと僕の頭の方へ近付ける。

「ど、どこを打ったんですか? こ、ここですか!?」

「あ、愛莉一旦落ち着いて! ね、ね?」

「いーえ! 落ち着けません!」

 そう言って僕の頭を隈無くまなく調べる愛莉。

 心配してくれるのはありがたいんだけど……

 僕は視線を横へと向ける。

 今愛莉が着ているのは結構ラフな服で、前屈みになると首周りが広がり、胸チラしてしまうような服なのだ。

 そして今、愛莉はまさにそのような形で僕の頭を調べている。

 更にあろうことかそのちぱーい空間は僕の顔の真下に広がっている。

 視線をすこーしばかり下に移せば、ワンチャンその空間の奥にあるトレジャーをお目にかかることが出来るのだ。

 しかーーーし、僕はロリコンであって変態ではない。変態紳士であっても、ただの変態ではないのでそんなことは絶対にしないとここに誓おう。

 あぁでも……さっきからそのちぱーい空間から流れてくるこの甘く男を誘惑する匂い……思わず顔を突っ込ませて中で深呼吸したくなるような誘惑…………。

 くっ! これが小学生の……いや、ロリの力だと言うのかっっ!?

 恐ろしきロリパワー、恐ろしき朝武愛莉!!

「ひゃっ!? せ、先生……鼻息が少し荒いですよ……くすぐったいです」

「はっ! ご、ごめん!」

「い、いえ……大丈夫ですが……」

「それで愛莉、あとどれくらいで終わりそうかな?」

 さっきは愛莉の言葉でなんとか助かったけれど、次はどうなるかわからない。

 僕としては今すぐにでも終わらせて欲しいが、そうはいかないだろう。

 と、思っていたものの、返ってきた答えは少し違っていた。

「いえ、もう大丈夫ですよ」

 そう言って愛莉は僕から離れる。

 これでもうロリパワーの誘惑に怯えなくていいという安心感から安堵の表情を浮かべる。

 そして愛莉が立ち上がろうとしたその時だった。

「きゃっ!?」

「えっ?」

 バランスを崩した愛莉はそのまま僕の方へと倒れてきて──。


 その頃、拓海の部屋に前の廊下では、紗奈の報告を受けやっぱり心配になって拓海の様子を見に廊下を歩いている愛優の姿があった。

「紗奈が言っていた事が本当なら……湊様はもしかして愛莉様に手を?」

 一瞬、いやらしく息を荒らげながら愛莉様の服を脱がせる湊様の姿が……。

「浮かばないですね。まぁ紗奈が言うには『先生は変態紳士だけど変態じゃなくて変態紳士の方の変態紳士だから大丈夫』って言ってたけど……」

 正直、変態も変態紳士も変態紳士もロリコンも違いがイマイチわからない。

 だけどそれに詳しい紗奈が言ってるから大丈夫……なはずなんだけど、紗奈の話を聞いてから気になって仕方がないのも事実だ。

「まぁ念のためです、念のため」

 そう自分に言い聞かせ扉をこっそり開けようとしたその瞬間。

「きゃっ!?」

「えっ?」

 ──ドシンッ!

 中から愛莉様と湊様の声と共に、大きな音が聞こえてきたのだ。

 も、もしかして爆発? いや、それだと火災報知器などが作動するはず……敵襲? それもおかしい、紗奈の組んだセキュリティが突破されるはずがない。

 だとしたらどうなって……。いや、考えている時間もおしい。

 私はいても立ってもいられず、勢いよく扉を開けた!!

「愛莉様、湊様! 大丈夫です……か……?」

 扉を開けた愛優の前に飛び込んできた光景、それは………………。


 あの後、部屋の中で何が起こったのかここに記す。

 僕は倒れ込んできた朝武さんを支えようと手を前に出し、受け止めようと構えていた。

 ……が、愛莉は僕の思っていた以上に思いっきり倒れ込んできたため、僕は抑えきれずにそのまま愛莉は倒れ込んでしまった。

「ん、んん……ん? んむぅ!?」

 その衝撃で、一瞬だけ意識が飛んだようだが、すぐに目を覚ます。

 すると僕の顔の目の前……というか僕の顔に愛莉の顔がくっついていた。

 いや、正確に言うのなら、くっついているのは顔……ではなく唇だった。

「ん、んん……んん!?」

 同じく一瞬、気を失っていた朝武さんも目を覚まし、この状況を理解すると目を大きく見開く。

 朝武さんの柔らかい唇の感触が僕の唇から伝わってくる。

 イケナイとわかっていてもドキドキしてしまう。僕の初めては彼女と会ったあの日の夜、彼女に捧げている。

 違う初めてはまだだけど。

 それでも僕は顔が熱くなり、心臓は痛いくらいに跳ねていた。

 朝武さんも同じなのだろうか、顔を真っ赤に染めていた。

 そして扉が勢いよく開かれる。

 僕は恐る恐る思いで視線を開かれた扉へと向ける。するとそこには……。

「あらあら……」

 ビデオカメラ片手に妙に和んでらっしゃっる愛優さんの姿。

 これは愛莉が上になっているところから、僕が押し倒して無理やりしているようには見えないはずだがきっと今の愛優さんからしたらそんな事は些細なことなのだろう。いや僕にとってはとても重要なことなのだが。

「というか愛優さんはどうしてビデオカメラを持ってるんですか!?」

「どうしてって……それは湊様と愛莉様の初体験になるかもしれませんからね。これはきちんと保存しなくてはいけません」

「しなくて結構ですから!」

「後で見返したい時とかに便利ですよ?」

「見返さないので大丈夫です……」

 この人は本当に優秀なのはわかっているけれど、悪ふざけが酷いというかなんというか……。

 こうして小説の執筆とロリとのキス事件で終わったゴールデンウィーク二日目。

 まだまだ紗々ちゃんと天海さん、朝武さんの三人のロリとのゴールデンウィークは始まったばかり。

 締切の心配も無くなったわけだから、明日からはめいっぱい遊ぶぞ!

「ん? メールだ。誰からだろう」

 そう意気込んでいた僕のスマホにある一通のメッセージが届いた。

 その相手はイラスト担当のほしみつ先生こと充からだった。

『原稿読んだぞ。完璧だった』

 僕は急いで返事を返す。

『それはよかった』

『この出来の良さは久しぶりに見た気がするよ』

『そりゃどーも』

『もしかして昨日休んだのと何か関係があるのか?』

 うーん、中々鋭い。だけど『ロリと結婚することになってその相手のお陰でモチベとか上がりまくりっス』なんて書くわけにもいかないからなぁ。

 そう考えながらも手を動かし返事を打つ。

『秘密だよ。それで、挿絵の方は大丈夫?』

『なんだよそれ(笑)。挿絵の方も完璧だ。いつも以上にわかりやすくて助かるよ』

『じゃあいつも通りお願いします』

『りょーかい。休み明けはちゃんと学校に来るんだよな?』

『もちろん』

『ん。それが聞けてよかったよ。おやすみ』

『うん、おやすみ』

 こうして親友兼イラスト担当の充とのメッセージを終える。

 僕は無事に終わったことを感じながらベッドに沈み込む。

 …………みんなが寝静まった夜。

 静かな部屋の中で、拓海のパソコンに一通のメールが届く。

 そしてそれは更なる展開を呼ぶ悲劇のメールでもあった事を今の僕は知る由もなかった。

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