4-10

「・・・・・・あの、手が・・・・・・熱いんですけど・・・・・・」

 俺の両手は姉貴と美鈴の手にぎゅっと握られていた。

 そのせいで身動きが出来ない。

 動かそうとしても二人は離してくれない。

 まるで映画館で買ったポップコーンみたいに俺の手を握って画面を見ている。

 俺は壁にかかった時計を見た。もう開始から三時間半も経っていた。

 もう昼だ。さすがに長い。しかもまだ終わりそうになかった。

 俺は軽い昼食の提案をした。姉貴の奢りでピザを頼み、キッチンからサイダーを持ち込んで姉貴の部屋の小さなちゃぶ台を囲んだ。

「ヒカルちゃん良い子でしょ~」と姉貴。

 神村と美鈴はこくんこくんと頷いた。

「あんな男のことを健気に思うって凄いです。あの男、優しいところもあるけど自分勝手で誰かと似てますね。あたしならもっと怒りますよ」

 神村は俺をじっととした目で見た。

 なんだよ?

「やっぱり愛を深くする為には一度突き放さないといけないんですね。勉強になります」

 美鈴は変に熱心だ。

 キラキラした視線を俺に向けてくる。

 どうやら思ったよりこいつらはこのゲームを気に入ったらしい。

 まあ、シナリオゲーの中でも泣きゲーの部類に入るこのゲームは女性受けがいいのかもしれない。

 エロシーンだってスキップしようと思えばできる。

 まあ、今の少女漫画って普通にエロいらしいから、耐性があるんだろう。

 ピザを笑顔で食べる姉貴達を見て俺は冷静になっていた。

 テレビから姉貴の喘ぎ声さえ聞こえてこなかったらどうでもいい。

 どうやら完全に心が麻痺してしまったみたいだ。

 それよりも俺はストーリーの持つ力に驚いていた。

 あれほど毛嫌いしていた神村が真剣に見ているし、美鈴も楽しそうだ。

 俺はというと、シリアスになってきたところから中々面白いなと感じていた。

 何より、一つの物語でも感じ方が人によって違うのが興味深い。

 和気藹々としている女子(姉貴を除く)を見ている、俺の中で沸々とある思いが浮んできた。

 それはまだはっきりしてないけど、何か予感めいたものを感じていた。

     *

 ――病院のベッドで眠るヒカルを見るのは二度目だった。何度見てもこの光景には慣れそうにない。ヒカルの手はいつものように柔らかく。息をする度、胸が微かに膨らんで、元に戻った。それでも、前とは違う確かな決心が俺の中に芽生えていた。俺は心に浮かんだ言葉をちゃんと口に出して伝えようと思った。

[至流]「ヒカル。今度はいつまで寝るつもりだよ。文化祭、もう終わっちゃったぞ。俺らは二年だから、もうあと一回しか残ってないんだ」

[至流]「だから早く起きろよ。みんな心配してるよ。先輩なんて卒業するまでに連れてこいって会う度にうるさいんだ」

[至流]「俺も毎日病院に来てるから看護婦さんに名前まで覚えられたよ。ほら、りんご貰ったんだ。食べないなら俺が食べるからな」

[至流]「この前入院した男の子。ノボル君って言うんだけどさ。もう退院しちゃったよ。ヒカルも会ったことあるだろ。あのサッカーボール持ってる子」

[至流]「そういやみんなでキックベースしたよな。お前、いっつも空振りばっかで。あんなに遅い球をどうやって空振るのかみんな不思議に思ってたよな」

[至流]「医者の先生はヒカルが寝てる間にもう三回も禁煙に失敗したんだ。やっぱり、ヒカルが言わないと駄目だよ」

 ――俺の言葉に意味があるのか、それとも無いのか。そんな事はもうどうでもよかった。俺はただ、ヒカルが起きた時に一人にしたくなかった。

 ――それでも学校は行かないといかないし、面会の時間はそう長くない。気温がどんどん低くなると、ヒカルが風邪をひかないか心配になった。

 ――帰り道、毎日通る海岸沿い。風が肌寒く、マフラーを後ろへなびかせる。まるで世界中が俺達を嫌ってるみたいに思えて、気付くと俺は走り出していた。走ると息が荒くなり、口が開く。勢いにまかせて、俺は叫んだ。

[至流]「なんでだっ!? なんでヒカルなんだっ!? あいつは何も悪い事してないじゃないかっ! 全部周りが悪くて、ヒカルはそれに振り回されただけなのにっ! ふざけんなよっ! ちくしょおおぉぉっ!」

 ――走っても、叫んでも、それでも現実は変わらない。それが分かっていても尚、俺は叫ばずにはいられなかった。誰かを恨まずにはいられなかった。

[至流]「世界がヒカルを見捨てても、俺だけは絶対に側にいるんだ。・・・・・・だから、頼むからさ・・・・・・。目を開けてくれよ・・・・・・」

 ――無力感が全身を覆った。俺は何も出来ない。何も持ってない。何も変えられない。それでも、俺はヒカルに出会ったんだ。それだけでまた、前を向けた。

 ――そして、三月。その日はやって来た。ヒカルは目を覚まし、体をむっくり起こした。そして隣で椅子に座っていた俺を見て、呑気に言った。

[ヒカル]「おはようございます。・・・・・・あれ、なんかリュウ君、大きくなりました?」

[至流]「・・・・・・バカ。おはようじゃない。もう昼だ。こんにちわだな。でもよかった。卒業式までに起きて。先輩が起こせ起こせってうるさいからさ」

[ヒカル]「あ、もう卒業式なんですか・・・・・・。わたし、どれくらい寝てました?」

[至流]「三月までずっとだよ。寝過ぎだ。馬鹿」

[ヒカル]「む。馬鹿とはなんですか。わたしだって好きで寝てるわけじゃないんですから」

[至流]「分かってるよ。好きで寝たらほっぺたつねった時に起きてるはずだからな」

 ――ヒカルは自分のほっぺたを確かめる様に触った。

[至流]「冗談だよ。腹減ってるだろ? 少し食べよう。食事が済んだら車椅子借りるぞ。連れて行きたいとこがあるんだ。暖かくしろよ。先週まで雪が積もってたんだ」

[ヒカル]「は、はい・・・・・・」

 ――ヒカルはきょとんとしながらも頷いた。するとお腹がぐーっと鳴ったので、二人で笑った。

     *

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