2-6

 姉貴が支払いを終えると、美鈴と神村が頭を下げた。

「ごちそうさまです」

「いえいえ♪」

 財布を閉じ、手提げ鞄に入れる姉貴。

 実家住みだからまだ余裕があるが、姉貴も一人暮らしならこんな簡単に奢れないはずだ。神村は経済的なことを聞かなかったし、姉貴も無理には話さなかった。

 声優は安定した収入が得にくいからバイトしてるやつらがほとんどらしい。

 店の外に出ると、日がかなり落ちていた。三時に入って出るのは五時半。そのほとんどの時間が姉貴と神村の会話で占められていたにも関わらず、俺は不思議と退屈しなかった。

 姉貴を見張っていたのもあるけど、途中から温度に違いはあれ、二種類の真剣さがぶつかるのに魅せられていたのかもしれない。

 美鈴も黙ってニコニコしながら聞いていた。

 一番暇だったはずなのに機嫌がいい。ただ、二人が話している間、ずっと俺を見ていた気がするのはなんでだ?

 俺達姉弟と美鈴は歩いて、神村はバスに乗って家に帰ることになった。

 バスが来る前、神村は姉貴にまた尋ねた。

「あの、今日はお話できて凄くよかったです。あたし、自分の意見を曲げないとこがあるのに、ちゃんと聞いてもらって。だから、その、これからもまたこういう感じで会ってもらえませんか?」

 神村は両手をもじもじ動かしながら照れ笑いを見せた。

 それに姉貴は笑顔で答える。

「もちろん♪ 今日は楽しかったよ。わたしも年下の人とちゃんと話す機会ってあんまりないから。だから聞きたい事があったらいつでも聞いてね。わたしじゃ答えられないかもしれないけど、参考くらいにはなると思うし」

「いえ、本当に勉強になりました。アニメ声優になろうって気持ちが固まって、なぎささん見てるとやる気が湧きます!」

「わたしも神村さんみたいな人がいると頑張ろうって思う」

 姉貴は笑いながら神村の両手を取った。

 神村はそれを見て、また照れながら言った。

「あの、いのりでいいです。後輩ですから。すいません。最初に言えばよかったのに」

「えっと、じゃあ、いのりちゃん。夢が叶うといいね。応援してるから頑張って」

「はい! 頑張ります!」

 神村がはりきってそう答えた時、ちょうどバスが来て、ドアが開いた。

 乗り込んでから神村は俺の方を向いた。

「中杉君。今日はありがとね。美鈴も。じゃ、また学校で」

「・・・・・・おう」

「またね~」

 俺と美鈴は手を挙げた。

 ドアが閉まり、バスが発進した。

 その姿がどんどん小さくなっていき、見えなくなると姉貴は振り返り、家の方へ向かって歩き出した。俺と美鈴もついて行く。

「良い子だね。いのりちゃん。わたしが高二の時、あんなにしっかり話せなかったよ。自分の意見も持ってるし、すごいな~」

 それは俺も同意見だった。例え思っていても言えない事がほとんどだ。

 言うにしても相手を選ぶ。少なくとも初対面の年上にあれだけはっきり物は言えない。

「ですよねー。クラスでも皆をまとめてるんですよ。きっと声優になれると思うなー」

 美鈴も神村を褒めた。友人だからというのもあるんだろうが、客観的に見ても神村は人前に出るのが得意な性格だった。

 声優に素質というものがあるなら、神村はそれを持っているんだろう。

 それだけ見れば姉貴より上かもしれない。

 俺が心配なのはその性格が変な方向へ向わないかということだった。

 思ったより芯が強いし、融通が利かない。自分が思ったことにまっすぐなタイプだ。

 曲がったことが嫌いな性格の神村が姉貴の本当の姿を知ったらどうなるか。

 考えただけで頭痛がする。

 俺が頭を悩ませているのも知らず、姉貴はやる気に満ちた目を夕空に向けていた。

「あたしもがんばるぞー!」

 その夜、両親が遅くなるのをいいことに、姉貴はいつもよりボリュームを上げてエロゲ台本を読んでいた。

 俺の頭痛が益々ひどくなったのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る