1-3

 五時限目の英語、六時限目の古典の授業を真面目に受けても、俺の問題は解決しなかった。

 結局授業で得られる知識は人生を助けてくれないと分かり、俺は軽く絶望する。

 だけど、そんなくだらない事も放課後のある出来事が一瞬にして覆しくれた。

「中杉君・・・・・・。ちょっといいかな・・・・・・?」

 帰ろうと思って鞄に必要な物を詰め込んでいた俺に、一人の女子が声を掛けてきた。

 神村いのり。

 うちのクラスで委員長をやっている女子生徒だ。真面目で美人。スタイルだってスレンダーだ。長い髪は黒い綺麗なストレートで付けられたカチューシャが特徴的だった。意思の強そうな目で、自分の思ったことはっきりと言う性格だと認識してる。

 クラスでも学年でも人気のある神村が俺に放課後ちょっといい? と聞いてくる。

 もうこれだけでテンションが上がって、夢とか目標とかどうでもよくなった。

「う、うん・・・・・・。まあ、少しなら・・・・・・」

 俺は素直にいいとは言わなかった。ちょっと斜に構えてみる。

 話? ああ、うん。まあ今なら時間があるからいいけど。なるべく早く終わらせてくれよ? 的な。

 俺って忙しいんだぜ。放課後にやることがあるんだぜ? 的なニュアンスで答えた。

 実際はない。帰って姉貴の喘ぎ声を聞かされるだけだ。

「ありがと。そんなに長い時間じゃないから」

 神村はそう言って俺の隣の席に座った。気付くともうクラスには俺と神村しかいない。

 美鈴は親の手伝いでスーパーに買い物へ行き、日宮もまた家でやることがあると言って先に帰った。多分親に色々と教えて貰ってるんだろう。

 急に心臓がどきどきと鳴り出した。

 放課後。

 教室。

 女子と二人きり。 

 このワードだけでも体温が1度くらい上がってしまう。

 神村は長い足をぴたっとくっつけ、膝の上に手を置いた。

 うお・・・・・・。神村の足細えー・・・・・・。腰も細いのに、胸はそれなりに大きいし。モデルにだってなれるだろう。これで頭良くって成績優秀なんだからもう完璧だ。

 美鈴と仲が良く、話によると推薦で有名私立に行くらしい。先生曰くもうほとんど決まっている様なものだそうだ。 

 俺が女なら羨ましくて目が開けられないな。

 神村は話し出した。

「あのさ、美鈴ちゃんから聞いたんだけどね?」

「う、うん」

 美鈴? 一体何を言ったんだ? 俺に関してか? それとも・・・・・・。

 神村は恥ずかしそうに赤くなっている。

 可愛い女の子が放課後の教室で恥ずかしがっている。

 もう、これは決まりだろう。天国のじいちゃん。俺に初めての彼女ができました!

 神村は何か言おうとして口をつぐみ、そしてゆっくりと一呼吸した。

 そうだよな。緊張するよな。でも大丈夫だ。俺も神村の事をいいなとは思っていたんだ。別に好きだったとかそんな感情は持ってなかったけど、美少女からの告白を無下に扱うほど俺は馬鹿じゃない。愛なんてこれから育んでいけばいいさ。

 神村は息を吐き終わると、小さく吸って頷いた。

 覚悟を決めたのか、俺の目をしっかりと見つめる。ただ、まだ頬が赤かった。

 さあ、こい。受け止めてやる。

「中杉君!」

「はい!」

「中杉君のお姉さんが声優やってるって本当?」

「・・・・・・・・・・・・はい。はい? あ、はい」

 よく分かってないの、はい。何言ってるの? のはい。肯定と悲しみの、あ、はいだった。

 は? お姉さん? 姉貴の事を聞いてるのか? 美鈴あいつ、話すなって言ったのに。

「美鈴を責めないであげてね? 悩んでるあたしの為に言ってくれたんだから」

 神村は俺の考えが読めるのかそう言って美鈴を庇った。

 美少女のお前がそこまで言うなら仕方ない。

 さっきまで輝いていた教室はただの空間に戻り、神村の足はそんなに細くなくなった。

 俺のときめきを返せ。このときめき泥棒!

 なんだそのカチューシャは。お洒落だと思ってるのか? ブーメランにして投げるぞ。戻ってこないからな。狩猟用だ!

「・・・・・・悩んでる? へー。で、何を?」

 俺は不機嫌そうに尋ねた。

 目の前のメスブタにもう用はない。いかん。罵倒の言葉に姉貴の影響が出てる。

 急に態度を変えた俺を見て、神村は申し訳なさそうにしおらしくなった。

 体を小さくして、上目遣いで俺を見てくる。

「・・・・・・怒ってる?」

 ああ、やっぱり足は細いかもしれない。いや、そうじゃなくて、質問に答えてほしいもんだ。

「怒ってないよ。それで悩みって何?」

「う、うん・・・・・・。あたしの夢の事なんだけど・・・・・・」

「夢?」

 まったく、どいつもこいつも夢を持ってやがる。まあ、この歳になればそんな奴も多いんだろうだけど、どこか悔しい。

「うん・・・・・・。美鈴に相談したら、それなら中杉君が詳しいからって。あの子、優しいから心配してくれて」

「いや、うん。美鈴の事はいいとして、神村の夢って・・・・・・声優なのか?」

 俺はいつまでも本題に入らなそうなので、確認の意味を込めてそう聞いた。

 神村はまた恥ずかしそうに下を向いて、小さく頷く。

「・・・・・・・・・・・・うん」

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