うちの姉貴はエロゲ声優

古城エフ

プロローグ

 高校二年生になったって、何も変わりゃしない。

 それは始業式からしばらく経った今日分かった。

 朝起きて、朝飯食って、学校行って、授業受けて、弁当食って、授業受けて、家に帰る。

 一年の頃とまんま同じ。一種のルーティンみたいな日常がそこにはあった。

 まあそれはいい。

 俺は別に特別な日常なんて全くもって求めちゃいないからだ。

 普通はいいし、普通でいい。いや、むしろ普通がよかった。

 毎日、俺は家に帰ると心からそう思ってしまう。

「・・・・・・今日もやってやがる・・・・・・」

 外からじゃ分からなかった音が、家に入るとはっきり聞こえてくる。

 女の声だ。

 その主は年齢25歳。身長普通。体重普通だが、最近少し重め。胸はまあ、大きい方なんだろう。髪は長く、パーマをかけた薄い茶色。いつも左の前髪あたりに髪留めをしている。周りからは割と美人と言われるが、俺は普通だと思う。ただ、声はいい。

 つまりは、俺の姉だった。

 名前は中杉なぎさ。

 職業・声優

 いや、詳しく言えば、エロゲ声優になる。

「だめえええぇ♪ 君のおっきな●●●が、あたしの●●●●にズンズンきてるよおぉ❤」

「てめえ! こら馬鹿姉えぇ! リビングで台本読むなって何度言えば分かるんだよ!」

 俺はいきおいよくリビングのドアを開けて怒鳴った。

「あ、涼君おかえり~」

 姉貴は何事もなかったかの様に台本を開いたまま口元に持っていき、笑った。

「おかえりじゃない。言ったよな? 台本読むなら自分の部屋で読めって」

 俺がそう怒ると姉貴は子供みたいに頬を膨らませる。

「だって、部屋じゃ寂しいもん。お昼ならお父さんとお母さんもいないし、開放感があるリビングの方がやる気も出るし」

「なら、せめて普通の台詞を読めよ。なんで帰ってそうそう姉の喘ぎ声と隠語を聞かされないといけないんだよ!?」

 当たり前だが、エロゲだってずっとエロシーンがあるわけじゃない。日常のシーンを選んでくれと俺はいつも頼んでいた。だが、姉貴には聞こえてない様だ。

「え? 興奮しなかった? やっぱり●●●よりお●●●の方がよかった? それともだめえええぇ♪ より、らめえええぇ♪ の方が――」

「どっちでもいいわ! そういう事をリビングで言うなって言ってんだよ!」

 姉貴はまったく反省してない。こんな事がここしばらくずっと続いている。もうすぐ収録が始まるらしい。だけどそんな事俺には知ったこっちゃない。

 姉はまた不機嫌そうに口を尖らせる。

「ええ~。もう、涼君はシャイなんだからー。そんなに目くじら立てて怒らないでよ。怒っちゃらめえ」

 ぶっとばすぞ。あと指を咥えるな。その歳で上目遣いをやめろ。

 俺は呆れて二階に上がった。部屋に入ってベッドにダイブする。

「・・・・・・あの馬鹿姉・・・・・・。いい加減にしてくれよ・・・・・・」

 姉貴は俺の注意を聞かない。

 歳が十歳も離れているせいか、俺は完全に舐められていた。

 姉貴が小学四年生の時に俺が生まれたんだから、当然と言えば当然かもしれない。今でもたまに母親と赤ちゃんの俺を抱いた姉の写真を可愛かったっと言って眺めているくらいだ。

 姉貴にとって俺は子供みたいなものなんだろう。だから何を言っても聞き流される。

 だからってリビングは言わば家の中の公共施設みたいな場所だ。みんなが利用するし、家に帰ればここにやってくる。二階の自室に行こうにも階段はすぐそこだ。嫌でも声は聞こえてくる。

 かと言って姉貴の部屋は俺の部屋の隣だ。結局喘ぎ声が聞こえてくる事に違いはない。違いはないが、それでもやっぱり喘いでる姿を見るのと、聞くだけなら後者を選びたい。

 だって姉貴だぞ?

 姉貴の喘いでる姿なんて、見たくない光景ベスト3には確実に入る。ちなみに一位は両親の・・・・・・まあいい。

 姉がエロゲ声優になったのは3年程前。

 実際はそれより前にちょくちょくやっていたらしいが、親に台本を見られたのがそのくらいだった。

 色々あって、認められる事になったが、あの時は大変だったのを覚えている。

 実際、声優をやってるその多くはアダルト関係に声をあてたりしてるらしい。理由は単純で仕事がないからだ。

 アニメや洋画の吹き替えを志して業界に入って行っても、そのほとんどの人の夢は叶わない。そうなると辞めるか、辞めずにある仕事をするかしかない。

 姉貴は夢を諦めなかった。

 経験を積んで普通のアニメに声をあてる事を目指している。

 その夢も最近は叶ってきたらしく、深夜アニメのちょい役なんかをしてるらしい。けど、安定はしてない。まだ数回、名前も無いような役を演じただけだ。

 一方、エロゲの仕事は順調に増えているらしく、この前は有名メーカーのメインヒロインを任された。

 シナリオの評価がかなり高かった為、一躍、真澄みなも(姉貴の芸名その2)の名は極々ニッチなネット界隈で話題となった。

 ただ、いくらエロゲ業界で評価されようが、世間一般の視点で見ればあまり価値はない。むしろマイナスに思うような人も多いだろう。

 事実、うちの両親は姉貴のことを売れないナレーターだと周りに説明している。確かに何度かナレーションの仕事をしたらしいが、よく分からない社内映像や地方にある菓子店の商品説明を数回したくらいだ。今はほとんどしていない。

 エロゲ声優は恥ずかしい仕事だからカムフラージュしてるわけだ。

 この際はっきり言おう。

 エロゲ声優なんて声優業界の、いや、社会の底辺である。

 しかし、そんな社会的評価なんてまるでなかったかの様に姉貴は胸を張って仕事をしている。

 流石に自分から外に向かってエロゲ声優ですとは言わないが、リビングやたまに風呂場で台本を読むくらい家では自由にやってるのだ。

 それは見る人が見れば格好いいんだろう。やりたい事をやりたいようにやっていく。

 言葉だけ聞けば素晴らしい。

 が、弟の俺としたら家に帰った途端、実の姉が恥ずかしい言葉を恥ずかしげもなく口に出しるのを見せられるわけだ。最初は応援しようなんて思った事もあった。両親を口説き落とした席に俺も同席したからだ。

 けど、そんな気持ちは何度も何度も喘いでる姉貴を見せ付けられ、砕け散った。

 今では台本を持ってる姉貴を見るのも腹立たしい。

「・・・・・・またやってやがる」

 一階から姉貴の声が聞こえた。普段の声じゃない。美少女キャラの声だ。何を言ってるかは分からないが、何かを言ってるのは聞こえる。声が高い。

 姉貴はまた、喘いでいた。

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