恋した魔法少女
栗栖蛍
第1話 プロローグ
街がシンセサイザーの音楽に溢れ、世紀末の予言に危惧していた頃、佐倉町子(さくらまちこ)はその魂の最期を迎えようとしていた。
ダムへと下りる一面の草原は昨日降った雪で白一色に染まっていた。足元の位置さえままならず、ブーツに入り込む雪の冷たさも既に感覚が麻痺している。町子は左手で血の滲む胸を押さえ、途切れそうになる息を必死に吐き出しながら、右手に握る杖の感触を確かめる。
仲間が揃いであつらえてくれた一張羅のワンピースもボロボロで、折角の白が赤の斑模様に染まってしまった。
(ごめんね、咲(さき)ちゃん……)
「本当に、戦わなきゃ……いけないの?」
目の前に立つ少年・桐崎類(きりさきるい)に問うが、返事はない。
山間のダムに人影はなく、言葉も足音も広すぎる白の空気に一瞬で飲み込まれていく。
彼を追ってついてきた。足元の白に赤が混じっていく。こんな最期を望んだ訳ではないのに、死の予感は確実に現実へ変わろうとしている。
「類……返事してよ」
彼もまた、肩から腹にかけて傷を負っていた。灰色のローブに黒いシミが広がる。しかし臆する色もなく、ただ町子をぼんやりと見つめているだけだ。
「ねぇ、類!」
町子の声に返事をするかのように、その音が静寂を切る。煙を吐くような空気音――魔翔(ましょう)だ。
(こんな時に)
キンと鳴る奴等の声。その気配に町子は嫌気がさすほどに青く染まった空を仰ぐ。
大きさは中堅クラス。数は二匹。顔のないバスケットボール程の丸々とした身体に、天使を連想させる白く不釣合いな羽が付いている。
「アンタたちに連れて行かれるわけにはいかないの」
空中を弾むように上下する二匹の魔翔。いつもの町子なら一発で倒せる相手だ。それなのに躊躇してしまうのは、彼らと戦うことで死を迎える覚悟を決める事ができないからだ。
あと魔法を撃てる体力は一発分しかない。
(どうして?)
魔翔は魔法使いを狙うはずなのに、二匹とも町子だけに向いている。類も同じ筈なのに。
ひゅうと吹く風に、身体が寒いと震えた。
――「火の魔法使いが戦闘時に寒いと感じたら、死期が迫ってる証拠だよ――」
気をつけて、と冗談混じりに仲間がそう言っていた。
「……町子……」
擦れた類の声。攻撃を待つように飛び交う二匹の魔翔を警戒しつつ、町子は絞り出すように彼の名を呼んだ。
「るい……もう、やめようよ」
さっきまで平然としていた彼の額に汗が滲む。そして類の手が上がり、握られた杖の先が町子を真っ直ぐに狙った。
「本気なの?」
「逃げろ!」
一言叫んだ彼の声と同時に杖の先が弧を描き、緑の魔法陣を作り出す。
キィと魔翔が唸る。魔法は彼らにとっての餌だ。
「だめぇ!」
恐怖に顔を引きつらせ、町子は空に掲げた右手をぐるりと回した。
真紅の魔法陣が現れ、反時計回りにゆっくり回転しながら魔翔と類を捉える。
「こんなの、嫌だ。でも……駄目だよ、類。災いを起こしちゃいけない」
彼を止めるためにここまで来たのだ。自分だけ無駄死にするわけにはいかない。だから。
「行けっ!」
渾身を込めた最後の力。真紅の魔法陣を貫くように飛び出た炎が暴れ出す。緋色の波が空間を喰らい、彼と二匹の魔翔を包む。
類の身体が反り返る様を視界の端に捕らえたのが、彼を見た最後。緑色の魔法陣から出た刃のような鋭い光が町子の腹を斜めに切り裂いた。
倒れた地面は冷たかった。顔が半分雪に埋もれ、白い視界が吐き出した血にみるみる赤く染まってしまう。
「ひろ……と……」
最後に彼に会っておけば良かった。こんな山奥で死んだら、誰にも見つけられないまま春になってしまうかもしれない。
薄れる意識を捕らえながら――町子は地面に落ちた杖を握り締めた。
しかし、一緒に掻いた雪の冷たさも、全身の感覚も、少しずつ鈍くなっていく。
全てが失われていく中で、町子はその「声」を聞いた。
「死ぬな」
それは夢だろうか。鼓膜の奥を震わせる声に、一瞬だけ意識が戻った。しかし目を開ける力すら残っていない。
ただ、最後に聞いたその声をとても心地良く感じて、町子はその闇を受け入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます