第48話



 レヴィアタンに電話を切られたマモンは、力なくスマホを持った手を下ろした。



 背中にソフィアと神父の視線を感じる。マモンの声しか聞こえていないが、大まかな事情を察するには十分だっただろう。


「……お願いだ。レイジにはそのこと、言わないでくれ」


 闇を見つめて言ったマモンに、ソフィアは瞳を細めた。


「そのことって、柳生くんのお父さんのこと?」


「レイジに嫌われたくないんだ! 栞を人質にしたときも、絶対、傷付けないようにってヒュウガには言った。真似だけだったのに、レイジはあんなに怒って……それなのに、ヤギュウを自殺させたなんて、父親を殺したなんて知られたら、レイジはもう、あたしに見向きもしてくれない……!」



『おまえが俺たち家族をメチャクチャにしたんだ』


 そう零司に怒鳴られたとき、何も言えなかった。

 それは、本当のことだったから。

 自分が柳生零人を堕としていなければ、この家族には違う未来があったはずだから。


 スマホを握り締めて俯き、ぽたぽたと涙を地面に落とすマモンを見つめていたソフィアは、ふっと息を洩らした。


「……言わないわよ。告げ口なんて姑息な手段を私が取ると思って?」


 マモンは応えなかった。ぐすっと鼻をすする悪魔の背に、ソフィアは続ける。


「いい機会だから、ここではっきりさせておくわよ。貴女は誰よりも早く柳生くんを見出したと思っているかもしれないけれど、それは思い上がりだわ。私は柳生くんが中学生になったときから、目を付けていたの。いずれは私の血族にしようと思ってね」


「血族?」


「吸血することで結ばれた従者のことよ。ここにいるリージェスもそう。悪魔と契約者の関係に似てるわ。私たちは魂ではなく血液を捧げてもらうのだけれどね。私に吸血された人間は私の血族となり、ヴァンパイアとしての力を発現することになる。具体的には、圧倒的な筋力、超常的な回復力、そして、寿命の延長」


「ちょっと待ったあ! え、まさか、レイジはもう血族なのか……?」


「ご明察。本当は柳生くんが高校を卒業してからにしようと思っていたのだけど、貴女が契約してしまうんだもの。傍観していられるわけがないでしょう。想像通り、汚れを知らない柳生くんの血は格別だったもの」


 うっとりと頬を染めたソフィアに、マモンが愕然とする。


「はああっ!? な、それでだな! いきなりレイジの魂の価値が上がったから、おかしいと思ってたんだ! レイジの寿命が延びたから、魔力量も増えたんだ! おかげでレイジはみんなに狙われてるんだぞ! どうしてくれるんだ!」


 謎が解けてすっきりすると同時に、怒りが込み上げてくる。食ってかかったマモンへ、ソフィアは涼しい顔で微笑んだ。


「どうするかですって? そんなの決まっているわ。柳生くんを助け出す、それだけよ」

「簡単に言ってくれるけどな、レヴィは強いんだぞ! 第三の大罪なんだからな。しかも、あたしの魔力も吸収しているから、さらに手強くなって……」


 パシン、と日傘を手に打ちつける音がマモンの言葉を遮った。


「相手の力量なんて関係ないわ。柳生くんは私の血族。彼へ手を出すということは、私への宣戦布告と同義! これは吹っ掛けられた戦争なのよ」


 月光の下、銀髪の少女は言った。すべてを灼き尽くす火炎の色をした双眸が、マモンを見据える。マモンの背に、ぞくりとしたものが走った。


「懸念していたことが現実になったわね。行くわよ、リージェス」

「主の御心のままに」


 神父を従えたソフィアは、ドレスの裾を翻して歩き出す。


「ま、待てよ! どこへ行くんだ? 零司がどこにいるかわかるのか!?」


 追い縋ったマモンにソフィアは口角を持ち上げた。


「アテはあるわ」


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