黄金の世界、銀の焔

ひろすけほー

第1話「罠Ⅰ」

 第一話「罠Ⅰ」


 銀の勇者の物語……


 俺が子供の頃夢中になった、かなり昔のマイナー小説のタイトルだ。


 ーー銀の勇者の物語


 その国に銀の勇者と呼ばれる英雄あり。

 銀の勇者は聖剣を操り、悪の魔王と戦い続ける。


 彼の愛剣グリュヒサイト、銀色の焔を放つ残撃は、あらゆる悪を切り伏せた。


 その勇者と聖剣の前に如何なる悪も存在を許されず、如何なる理不尽も淘汰する。


 銀の勇者、彼は激しい戦いの末に、助け出した王女と共に旅に出る。


 彼らのその後を記した書物は存在しない、ただ、多くの街を救った名も無い英雄とその傍らに寄り添う美姫、そして銀色のほのおの存在が語り継がれるのみであった。


 その物語はこう締め括られていた。


 「面白かっただろ?」


 そう言って得意げに笑顔で問う少年。


 「……女の子の誕生日のプレゼントに、こういう本はどうかと思うわ」


 目を輝かせる少年とは対照的に、少女の顔はかなり微妙だった。


 「勇者は男の夢だよ、ロマンがあるんだ!」


 空気を読めない少年は得意げに答える。


 「それに最後の方、作者のあとがきのページのところが破れてるし……」


 少女はさらに指摘した。


 「その本は、今はもう売ってないヤツなんだ、何とか古書店で見つけてきたんだよ、大丈夫、作者のあとがきなんて、ロマンには関係ないから」


 そう言い切る少年であったが、今更少女の困ったような表情に気づいて、少し不安になっていく。


 「……駄目か?」


 恐る恐る聞く少年。


 「……ありがとう」


 少女は仕方ないなぁと言う表情で微笑んだ。


 空気を読めない少年……

 少女のことが大好きだが、まだまだ自分の事だけで精一杯な少年……


 思い込みが激しく、本当の意味で相手のことが思いやれていない、自己満足の固まりだった未熟な少年……いや、未熟だから少年なのか。


 その少年、まあ……俺の事なんだけど。

 兎に角、その少年、穂邑ほむら はがねはこう思っていた。


 「いつか俺は銀の勇者みたいになるんだ!」



 グイッ!


 「いててっ!」


 俺は悲鳴をあげていた。


 「何をブツブツ言っている、穂邑ほむら はがね!」


 目つきの悪い小柄な少女に見下ろされている情けない男。

 その男は、片手を少女の華奢な腕に捻りあげられ、上半身を喫茶店のテーブルの表面に密着させていた。


 あまり綺麗とは言いがたい喫茶店の古びた備品と熱い抱擁を交わす男。

 いや、有り体にいえば、腕を捻りあげられ、中腰の無様な格好で机に突っ伏しているんだけどな……


 「……」


 しかも、その相手は年端もいかない小柄な少女だっていうんだから、情けないったら無い光景だ。


 ーー俺はいつか銀の勇者になる!


 俺の頭の中に幼き日の誓いが蘇る。

 ……いつかだよ、いつか……ここ重要な


 ーー九月十八日の夕暮れ時、ここは臨海市西区にある喫茶ドラクロワの店内だ。


 グイッ!


 「だから何をぶつぶつ言っている!穂邑ほむら はがね!」


 「いたた!痛いって!」


  俺は悲鳴をあげながら自身の腕を捻りあげている少女を見上げた。


 前髪をキッチリと眉毛の所でそろえたショートバングの髪型。


 小柄な体型であどけなさの残る顔立ちの少女は、客観的に見て可愛らしい部類に入るはずだが、目つき悪くこちらを伺う三白眼ぎみの瞳のおかげで、それとは対照的な無愛想な少女という方が印象に残る。


「お前をあるお方のところへ連れて行く」


 俺は上半身を九十度の角度でテーブルに張り付かせたまま、器用に顔だけ角度を変えて、その相手を見る。


 「……麟石リンセキは?」


 そして、ある事を確認した。


 「は?バカ?……穂邑ほむら はがね、おまえに質問する権利は無い!」


 自分より身体の大きい相手の腕を背中側に捻りあげて押さえ込み、空いた方の手に切れ味鋭そうなナイフをチラつかせる少女は、口元にサディスティックな笑みを浮かべていた。


 一見、非力で可愛らしい容姿、その少女が俺より明らかに優位に立っている事を確信した三白眼で俺を見下している。


 そもそも俺をここに呼び出したのはこの小娘で、その理由は”麟石リンセキの取引がしたい”という事だったはずだ。


 ーー理不尽だ……なんて理不尽な小娘なんだ。


 因みに麟石リンセキとは、深い碧色に輝く希少鉱物で、一口に宝石と言ってしまうには特殊すぎる存在である。


 その内部に極めて強力な力場りきばを持つ神秘の石、発見された当時は、次世代ネルギーの源かと世間で騒がれたが、実際その期待は直ぐに裏切られた。


 麟石リンセキからエネルギーを抽出するのは技術的に困難なうえ、肝心の麟石リンセキの予測される埋蔵量が当初の予想を遙かに下回ったのだ。


 そうして現在は、その希少価値から、特権階級である士族しぞくの間でのみ、取引が許される最高級の宝石となっていた。


 特権階級のみが扱える超貴重鉱石、つまり表ルートでは決して流通しない商品。


 「はあ……」


 俺はあからさまに、ため息をついていた。


 うまい話には裏がある……俺は商売柄、今まで何度もその言葉を実体験してきたのだ。


 傍目に見ても間違いないだろう危機的状況だが、俺は全くその場にそぐわない暢気なトーンで言葉を発した。


 「えーと、交渉決裂だ……後は任せる」


 ーー!


 途端に素人の俺でも解るくらいに、一瞬でその場の空気が変質する。


 俺達の居るテーブル席の後ろ、ボックス型に仕切られている後方の大気が突然重くのしかかってくる感覚、それは大量の空気を送り込まれ続ける巨大なゴム風船を背負っているかの如き圧迫感だった。


 「な、なに?」


 貯まらず、目つきの悪い少女は、短く驚嘆の声を放って背後を振り返っていた。


 「!」


 しかしそこには何も無い、誰もいない。


 そもそも俺とこの目つきの悪い少女が腰掛けたとき、前後左右の席に客がいなかったのはお互い確認済みだったのだから。


 「えっ!」


 バシュ!


 今度は前方から声が聞こえたかと思うと、直後、組み伏された俺のすぐ頭上で風切り音が響く!


 目つきの悪い少女は、何者かの声に再び前方に視線を戻すが同時に何かが彼女の頬を掠めて通り抜けていた。


 「……」


 後方の壁にはダーツの矢の様に突き立った一本のナイフ。

 つまり、それを握っていた目つきの悪い少女の左手からそれは消失していたのだ。


 呆然と前方に視線をやったまま固まる目つきの悪い少女。


 そして、彼女の眼前には、いつの間にか一人の女性の姿があった。 


 「助かったよ、彩夏あやか


 眼前に出現した謎の女性に礼を言う俺は、未だテーブルに突っ伏している。


 目つきの悪い少女が依然、俺の右手首を握ったまま、緊張で固まったままだからだ。


 多分、凶器をチラつかせていた彼女の左手とそれの軌道の通り道になった頬はヒリヒリと痺れ熱を帯びているに違いない。


 「はがねを解放してくれるかしら?……えーと」


 目つきの悪い少女の眼前に立つ女性は、チラに軽くウィンクしてみせてから、俺を組み伏せたままの少女に声を掛ける。


 その女性、俺が彩夏あやかと呼んだ十代の少女は、腰に手を当て足を肩幅に開いた姿で堂々と立つ。


 少し垂れ目気味の瞳と艶やかな唇が特徴の目鼻立ちのハッキリとした美人だ。


 薄い茶色のカールされた髪をトップで纏め、サイドに垂らしたポニーテールが、快活そうなその風貌によく似合っている。


 俺とそう変わらない位ある背丈のスラリとしたモデル体型で、白のTシャツの上に薄手のニット生地の白いロングカーデを羽織り、美しい脚線美が映えるデニムのショートパンツからのぞく双脚は、カモシカのようにしなやかだ。


「……」


「……」


 神業的な何かで自身のナイフを弾かれた事までは理解しているであろう目つきの悪い少女は、警戒心をMAXにして目の前のポニーテールの少女を睨んでいる。


 対して、話しかけたものの、肝心の相手の名前が分からない事に気づいて少し思案する仕草のポニーテールの少女。


 「お、そうか!」


 俺はそう一人納得すると、右手を捕まれたままの状態で器用に上半身を起こそうとした。


 そして、圧倒的な敵の登場により動けない目つきの悪い少女はそれをすんなり許した。


 ズボッ!


 俺は、自身のずれた眼鏡を直しつつ、つい先程、自分を襲ったばかりの目の前の目つきの悪い少女の上着の内側に左手を差し込んだ。


 「なっ!」

 「えっ!」


 二人の少女が俺の突然の奇行に同時に声をあげる。


 「えーと……おっ!あったあった!」


 俺は、かまわず暫く手をもぞもぞさせると、何かを引っ張り出す。

 俺が取り出したモノはピンク色の可愛いスマートフォンだった。


 「っと、えっと……」


 そのまま遠慮も何もなく、また片手であるにも関わらず、なれた手つきで事も無げにスマートフォンのロックを解除して本人の前で個人情報を堂々と盗み見る俺。


 「ええと、吾田あがた 真那まな……ね」


 そう言って、未だ自分の手首を掴んだままの目つきの悪い少女を見た。


 目つきの悪い少女、吾田あがた 真那まなは悔しそうに無遠慮な男を見上げるが、ポニーテールの少女、彩夏あやかに視線で牽制されて動けない。


 「どういう目的だ?吾田あがた 真那まな


 俺は改めて問い糾す。


 吾田あがた 真那まなの恨めしそうに俺を上目遣いに睨んだ目に力が入った。


 「この……痴漢!」


 「……よく言うな、そっちは恐喝、傷害未遂だろ、第一そんな有るか無いか分からないモノで抗議されてもな……」


 目前の少女のささやかな胸の辺りに視線を向け、俺は平然と反論する。


 「!」


 俺の言葉に目つきの悪い少女、吾田あがた 真那まなの顔が一瞬強ばった。


 ガッ!


 俺の右手首を未だ掴んだままであった右手を放し、そのまま俺の鼻面に拳骨をお見舞いする吾田あがた 真那まな


 「ぐっ!」


 俺は思わずのけぞって被弾した鼻を押さえた。

 衝撃の後、鼻の根元が熱を帯び、鈍い痺れが目頭まで走った。


 鼻を押さえた俺の手の隙間から鮮血がすぅと顎に伝う。


 「……」

 「……」


 にらみ合う俺と吾田あがた 真那まなとやら。


 ピリリリリ ピリリリリ!


 緊迫する空気の中、突然、ピンク色のスマートフォンが、けたたましくそこに割り込んだ。


 「……」


 鼻を押さえたまま、自身の手の中でコール音を響かせる真那まなのスマートフォン。俺はその持ち主をジロリと見る。


 「……出ろよ」


 そう言って、それをテーブルの上に置いた。


 「……」


 明らかに躊躇する吾田あがた 真那まな


 「……そうか、なら」


 なかなか出ようとしない真那まなの代わりに、俺はそれを再び手に取ろうとする。


 「!」


 その行動を阻止するかのように、慌ててスマートフォンを奪い取る真那まな


 そして依然コールを続けるスマートフォンを手に取ったまま、再び躊躇している。


 「……」


 真那まなに視線で行動を促す俺。


 ピッ!

 「…………はい」


 状況的に選択肢のない事を再認識した彼女は、あきらめて電話に出た。


 ーー!


 ディスプレイに一瞬、表示された名前、俺はそれを見逃していなかった。


 「はい、だ、大丈夫です、はい、分かりました」


 俺と彩夏あやかが見守る中、そう受け答えする真那まなを見ながら俺は考えていた。


 ーー不味いな……どういうことだ?…いや、どっちにしてもまだこっちは……


 ピッ!


 電話の相手に、丁寧な口調で答えて電話を切る真那まな


 俺の思考は、それと同時に現実に戻る。

 ー何れにしても、取りあえず回避するのは無理か……


 俺は密かに覚悟を決めていた。


 「……じゃあ行くか」  


 真那まながスマートフォンをしまうのと同時に、俺は頭を切り換えて、目つきの悪い少女にそう促す。


 同時にテーブル下に置いていたシルバーのアタッシュケースを右手で掴んだ。


 それには、麟石リンセキの取引の為、俺が用意した現金などが入っている。


 「えっ?」


 思いもよらない発言だったのだろう、思わず俺を見上げる真那まな


 「黒幕に会いに行くんだよ、そもそもおまえが言った事だろ、あるお方のところへ俺を連れて行くって」


 呆気に取られる目の前の少女に、そう言うと歩き出す俺、彩夏あやかも当然のように後に続く。


 「そういえば彩夏あやか、さっきわざと見過ごしたろ?」


 俺は、ついさっき、吾田あがた 真那まなにより、鼻面に一撃を加えられた事にふれる。


 彩夏あやかはジロリと隣りの俺を見ると、さして動じた様子も見せず答えた。


 「あれは、あなたの自業自得でしょ?」


 そんな会話を交わしながら、喫茶ドラクロワの出入り口に向かう二人。


 「ちょ、ちょっと!」


 自身を無視してトントン拍子に進む展開に、真那まなはその無愛想な瞳を白黒させる。


 そして彼女は慌てて席から立ち上がり、俺達の後を追ってきた。


 「……」


 数歩歩いたところで、俺達は立ち止まる。


 「!」


 後を追う目つきの悪い少女もそれに気づいて俺の背後で停止した。


 そこには、如何にもな二人の男が、俺達の進路をふさぐように立っている。


 「連行するぞ!半端者!」


 二人の内、柄の悪い風体の男の方が下卑たワラいを浮かべ俺を見ながらそう言った。


 第一話「罠Ⅰ」END

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