身代わりと別れ






 作戦会議は、一時間ほどだった。これが長いのか、短いのか。

 わたしは、壁際で謙弥や千里と話し合いを聞いていた。何となく、入り込めなかったのだ。入り込んで何が出来るわけでもない。

 どこからか引っ張り出してきたホワイトボードを前に、輪を作っているのは、月城宗一郎、京介さん、聡士、森園環奈だ。


「では、それぞれ別れるか。随時連絡は取ることになるだろうが、合流するならば、城で」

「ああ」


 話し合いの終わりは、突然に思えた。

 直ぐ様踵を返した京介さんが、わたしの方に歩いてくる。


「一度水鳥家に戻る。お前はそこで待機だ。全部終わるまで待っていろ」

「京介さんは」

「俺は水鳥家の人員の指揮がある」


 予想はしていたし、会話の中でも分かっていたことだった。

 けれど、この先の未知さに不安を覚えると、それが分かったのか、京介さんはわたしの頭を撫でる。


「心配するな。すぐに帰る」

「……うん」


 わたしは、俯いて頷いた。


「修、謙弥、行くぞ」

「はい」

「はい」


 部屋にいた水鳥家所属の者は促しに一番に部屋の外へ向かう。わたしも含め。

 わたしは、後ろ髪が引かれるような感覚に、後ろを振り返った。


「聡士、お前はどうする」


 ちょうど、月城宗一郎が聡士に尋ねているところだった。


「当然行く」


 聡士の、躊躇いない返答に、わたしの足が勝手に止まった。


「志乃?」


 わたしを連れて部屋の外に出ようとする京介さんの怪訝そうな声には、答えられなかった。


「聡士、」


 半ば無意識に名を呼んでいた。

 聡士が、こちらを見た。


「何だ?」


 聞き返してくる聡士の様子は、いつもそうするときのように、普通だ。

 わたしは、一度息を飲み、口を動かす。


「聡士が行ったら、危険なんじゃ……」


 全ての異能の中でも最強の異能があるとはいえ、限界がある。彼は、一番生き残るべき人なのに、危険すぎるのではないだろうか。


「危険だろうが、俺は行く」

「……どうして」


 聞き返しをしてしまって、わたしは、自分でも分からずに、手を握り締める。

 余計なことを言ったと、それでも、なぜか撤回して何でもないと言うことは出来なかった。

 京介さんには、頷けたのに。


「そんな顔するな、大丈夫だ」


 わたしの手を、そっと取る手があった。

 堪えるように、強く握っていた拳を、手が解いていく。

 聡士だった。

 わたしに歩み寄り、手を取った聡士は、わたしを覗き込むようにして目を合わせた。


「きっと誰かが血を流す。怪我をする。死ぬかもしれない。俺はその中で、最も安全な位置にいることになるんだろう。俺は、その全てを目にする必要がある」

「…………そんな光景を目にすることが、分かっていて……?」

「俺が始めることだからな。俺が引っ込んでおけば死ななかった人が死ぬのかもしれない」

「聡士、そういう考え方は──」

「宗一郎、黙っとけ」


 聡士は、わたしの目から目を逸らさなかった。今までで一番真っ直ぐにわたしを見て、言う。


「俺は、その全てを背負うべきだ。その覚悟は、した」

「…………」

「白羽を殺しそうになったとき、止めてくれてありがとうな。もう、あんなことはしない。今から捕らえられる者は全員、正しい法で裁く。俺は、俺がすべきことをしてくる」


 そして、聡士は、笑った。

 彼の黒い瞳は、強い光を宿していた。

 その目を真正面で見て、わたしは何も言えなくなった。頷くことも、出来なかった。


 そんな、どうしようもないわたしに、前にいる気配がぐっと近づいた。


「湊が起きたら、今度は完全に『湊』じゃない状態で会ってくれよ」

「──聡士」

「あと、名前もまだ教えてもらってないから、教えてくれ」


 内緒話のように囁き、聡士は手を離し、離れていった。


「約束な」


 それは、再会の約束だった。

 わたしはやっと浅く頷くことが出来て、部屋を後にした。


 車に乗り込み、学園を離れていく途中、学園を振り返った。


「心配か」

「……うん」


 いつの間に、こんなに気にかかってしまう存在になっていたのだろう。

 わたしは──聡士に行って欲しくなかったのだ。彼にもしものことがあると思うと、怖くて、引き留めたくて仕方がなかった。



 着くと、京介さんとは別れた。

 本家に仕える証をつけた人たちが待っていて、京介さんの後ろについている光景が、何となく、不思議だった。


 わたしは、一室に入った。

 入って、やることはない。

 慌ただしさを感じる邸の中、これから大きなことが起きると知っているのに、わたしにはやることがない。

 やれることは、全てが終わるまで、怯えながら待つこと。


 願うことは、誰一人として失いたくない人が失われませんように、ということ。








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