レベルxxの少女達

 スマホの表示は圏外になっていた。家の電話も、光回線のインターネットも繋がらない。外部と連絡が取れないように、妨害がされてるようだった。

 何度、電源を入れなおしても繋がらないスマホを、うんざりしながら放り出すと、空那は母親の身体を毛布で包み、ベッドに寝かせた。


(父さん……どうしたかな?)


 隣の町で輸入雑貨店を営む父は、この時刻にはそろそろ帰り支度を始める頃だ。

 ……道路や交通機関は、一体どうなっているのだろうか?

 父も、この町に入った瞬間、母と同じように眠りに付く運命なのか?


 それから空那は蒼白な顔で、雪乃と砂月に己の見たもの、聞いたものを説明した。自分がやってしまったこと、炙山父のこと、そしてアニスのこと……すべての話を聞き終えると、雪乃が怒鳴った。


「なんてことなの!? 平和に暮らしてる人達を、いきなりこんな風に拉致して、オマケに部品にするなんて……私、絶対に許せないっ!」


 砂月も、爪をガリガリ噛みながらウロウロする。

 ……部屋の中には、耐え難い空気が満ちていた。

 二人とも、怒りをもてあましているのだ。


 沈黙に耐えきれなくなった空那は、ふと視線を外す。すると……外。遠くの屋根上に、巨大な『何か』が、ゴソリと動く。

 驚いた空那は窓へと向かい、改めて夜の街を見回した。


「……な、なんだ!? あれっ!」


 その緊張した声に、砂月と雪乃も窓へと走る。そして、それを見た。


 闇の中、付近の屋根にうごめくそれらは、街灯や満月の光を反射して、鈍く銀色に光っていた。丸い身体に、触手のような四本脚。時折、その身を震わせては、蛍のような緑色にチカチカ瞬く。

 大きさは、直径3メートルほど。街中で見かけた銀塊の、何十倍もの大きさで、軽自動車くらいはあるだろう。

 それが、辺りの屋根へ道へと、我が物顔で飛び移る。グロテスクで、巨大な針金細工のような……あるいは子供の玩具のようなそれらが、夜の風景に見え隠れしている。

 月明かりに照らされた、脚の足りない蜘蛛のような姿を見て……雪乃の心が、怒りに燃え上がった!



 雪乃は抜き放した日本刀を片手に、夜の町を獣のように疾走する。

 周囲の屋根にいる『四脚』は、全部で5体。

 雪乃は地面を蹴り、民家の壁を跳躍ちょうやくし、1体の『四脚』のいる屋根へと着地した。

 そして街灯の光で鈍く銀色に反射するそいつに、素早く斬撃を叩きつけた。吸い込まれた刃は、豆腐を切り裂くように敵を両断する。

 真っ二つに切られた『四脚』は、強く緑に一度だけ輝くと、まるで溶けるみたいにあっという間にバラバラと崩れた。


 十メートルほど離れた屋根にいる別の『四脚』が、雪乃に気づいて脚の一本を伸ばす。脚は途中で、グンと何倍にも伸びて、まるで鞭のようにしなった。

 風を切り、振り回されるそれを、雪乃は上体を捻って軽々と避ける。避けられた鞭は、雪乃の後ろの電柱に当たった。ガツン! 音と共に、半ばから削り取られ、その威力を物語る。

 二度、三度。次々と連続で、鞭が飛ぶ。矢継ぎ早に繰り出される攻撃を、雪乃はすべて見切って避けた。そして四度目の鞭を、刀で切り飛ばす。同時に、敵めがけて跳ぶ。

 十メートルの間合いが一足飛びで縮まり、


「でやぁーっ!」


 気合と共に銀が閃き、『四脚』は横一文字に両断される。上下に断たれた『四脚』が、一拍の間をおいてバラバラと崩れる。


 残り3体の『四脚』が、雪乃めがけて集まってきた。雪乃をぐるりと取り囲み、一斉に鞭を振るう。

 音速の鞭が三本、さすがに避けられない! ……が、雪乃はなんと、上下左右に高速で刀を振り回し、すべての鞭を一気に弾き返した。

 『四脚』は諦めずに、しつこく鞭を繰り出す。雪乃が弾き返す。また繰り出す。弾き返す。

 鋭い金属音と共に、空中に火花が連続で散り、それが幾度いくども続き、その回数が、十数を超えた。

 唐突に、パキィンッ! 刀が折れる。蓄積された負荷に、耐え切れなくなったのだ!


 それを合図とばかり、両側から挟み込むように、2体の『四脚』が飛び掛かる。

 だが、雪乃は空中へと高く跳んで、攻撃をかわす……真っ直ぐに落ちる先には、その場を動かなかった、1体の『四脚』が!

 雪乃は折れた刀の柄を、そいつの背に思いっきり振り下ろした。

 ガァンッ! ドラム缶に車が突っ込んだみたいな無粋な破砕音はさいおんが響き、その背が深く陥没かんぼつする。

 3体目の『四脚』が断末魔だんまつまのように強く光り、バラバラと崩れ落ちた。

 残りは……2体。

 ゆらり、怒りに燃えた雪乃が立ち上がる。鬼神の如き強さだった。



 窓の外で繰り広げられる光景に、空那はただ、喉を鳴らす。

 雪乃が跳ね回るたび、屋根の上で緑の光が輝き、銀色の破片が飛び散り、時に破壊音が鳴り響く。

 それを見て、砂月が呟く。


「勇者の力はね、感情の大きさに左右されるの。その気持ちが大きければ大きいほど、化け物みたいに強くなる」


 空那は唖然あぜんと砂月の顔を見る。真剣な顔で彼女は続けた。


「暴走しちゃうと、もうダメだよ……。本気になった勇者は、恐ろしいんだ! ……誰にも止められない。一人だと、自分が死ぬか、相手が死ぬまで戦い続けるだけなんだよね。だから、誰かが止めてやらないと……」


 それでは『勇者』というより、『狂戦士』ではないか!

 空那は真っ青になって叫んだ。


「勇者って、そんな危険なもんなのかよッ!?」


 空那の心を、とてつもない衝動が襲う。


(雪乃が死ぬ……この世界からいなくなる! ……ふたたび、のに!)


 その思考の意味に、おかしさに、気づく暇もなく。空那は冷静さを完全に失ってしまった。彼は反射的に家を飛び出す。そして、大声で叫んだ。


「雪乃っ! 戻れ! 戻ってくれ! 頼むよーっ!」


 砂月が己の迂闊うかつな一言に気づき、慌てて追いかける。


「あ……おにいちゃん!? 外に出たら危ないよぉ!」


 雪乃の顔が、ハッと空那の方を向く。それが、敵に狙わせる呼び水となった。

 彼女の視線の先を読み取り、『四脚』が荒走家の屋根へと飛び移る。雪乃に勝てないと見た『四脚』が、標的を空那に切り替えたのだ!

 雪乃も慌てて追いかけるが……距離がありすぎて、追いつけない!

 雪乃の口から、絶望的な悲鳴が飛び出る。


「あぁっ!? やだ……ヤダヤダ! それだけはヤダぁーっ! 空ちゃん、逃げてーっ!」


 空那の死角から『四脚』が、巨体を宙におどらせた! 真下には、彼がいる!

 空那も気づく……が、もう遅い!

 砂月がなんとか守ろうと、とっさに覆い被さる。押し倒された空那の目には、おぞましい質量が落ちてくるのが映る。


(こんなの、砂月だって支えきれないっ!)


 空那は妹だけでも助けようと、必死に押し返す!

 砂月は震えながら離すまいと、強く抱きしめる!


 すべては、刹那の出来事だった。二人が死を覚悟した、次の瞬間。


 バチリ!


 闇を閃光が貫き、なにかがぜる音がした。

 すると銀塊はあっという間に千切れ、一瞬で四方八方に飛んでいく……なにが起こったのか?

 カラカラと乾いた音を立てて散らばる銀の破片に、三人ともが唖然とする。

 空那は、光線の瞬いた先へと視線を移した。見ると、屋根の上に小柄な人影が立っていた。


 緊張感もなく、構えるでもなく、ただ自然体に立ち尽くす……その姿。月明かりに逆光となり、顔は見えない。

 だが、知っている。空那は知っている。それが誰だか、わかったのだ。

 影は片手を、雪乃の後ろの最後の1体の『四脚』へと向けた。

 その腕から閃光がほとばしり、そいつを弾き飛ばす。強い光に照らされた彼女は、紛れもないアニスだった。

 アニスは、ふらり……まるで散歩でもするかのように、平然と屋根を歩く。


 そして、転んだ。

 ボーっとしていて、瓦に蹴つまずいたらしい。そのまま、ゴロゴロ転がり落ちる。


「あーっ!? アニス先輩ーっ!」


 驚いて空那が叫ぶのと、雪乃が走るのは同時だった。

 落ちたアニスめがけて雪乃がジャンプして、地に落ちるすんでの所で抱きとめる。

 空那は、ホッと胸をなでおろした。


 ふと、鈍い光がグネグネと地面を這うのに気づいた。見ると、それは散らばった銀の破片が、細かく千切れてバラバラになり、大量のハリガネモドキが、ミミズのように身をくねらせて移動してるのだった。

 砂月が立ち上がり、それを睨みつける。ついで、その目が爛々らんらんと輝き、夜を照らす。


 ぞわり……ざわざわ……ざわっ。


 なにかが、夜の街のそこかしこで、黒く蠢いた。

 まるでゲル状の生物のような黒い塊が、マンホールや下水から這い出て来る。そいつらは散らばった銀色のハリガネに取り付き、片っ端から取り込み始めた。

 ガリガリと、むしるような音が響く。

 空那は、それが何かを確かめるために身を乗り出した。


「うっ!?」


 思わず、顔をしかめて引き返す。

 黒の正体は……大量のゴキブリとネズミだった。

 雪乃が青い顔で言う。


「これは……知能の弱い動物を、意のままに操る魔術ね!」


 その言葉に、砂月が腕組みをして頷く。


「ククク……そうだ。意志薄弱にして虚弱な生き物は、我の支配からは逃れられぬ。矮小わいしょうな生き物たちだよ……だが、寄り集まれば強力な武器となる。奴らは与えられた命令を、文字通りに命をして遂行すいこうするからな!」


 空那は、ふと思い出し、砂月の顔を覗き込む。


「そういや、お前ってゴキブリが死ぬほど嫌いじゃなかったっけ?」


 覗き込んだ砂月の顔は蒼白なだけでなく、口から泡を吹き、白目を剥き、冷や汗を流してガタガタ震えていた。


「こ、ここここ、今後、わ、わ、我が城より……半径2キロ以内には絶対に、絶対に! 立ち入らないように命令しておく。あの、お、おおおお、おにいちゃん……ここ、腰が、抜けて、た、倒れちゃいそうだから……は、早く! さ、支えてぇ……っ!」

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