第三章 暇つぶし

 無味乾燥な世界に降り立ったところで、何をしろと言うのか。

 そんな私の疑問に対し、黒曜は『特に何も』的な答えを返してきた。

 色彩の乏しい世界で刺激の無い生活をしていたら、神経が全て錆びついてしまうかもしれない。

「なので何かしましょうか」

「ああ、それはいいね」

 私がこの白黒世界を瞳に映した翌日。私の提案に、黒曜は微笑んで同意した。

 ちなみに、昨日私は学校の保健室で寝泊まりした。白黒の世界において、私は白いマネキンたちに認識されない。なので防犯面もばっちりである。……おそらく。

保健室のベッドは硬く、翌朝起きると体のあちこちが痺れていた。このままずっと寝泊まりするわけにはいかないなあ、と思う。そういえば、黒曜はどこで寝泊まりしているのだろうか。

 白と黒の世界。そこにある学校の空き教室で、私たち二人は椅子に座りながら会話を交わす。

「で、何をするんだい?」

「それは……、まあ今から考えるとして」

「無策、というわけか」

 黒曜の言う通りである。しかし、私にも言い分はあるのだ。

「そもそもね、あなたが私をこの世界に連れてきたの」

「連れてきたというか、見せたに近いけどね」

「どちらでもいいわ。なら、あなたにもこの世界を面白くする努力をしてもらう方が、いいに決まってるわ」

 そう私が言うと、黒曜は小さく笑い、「そういうものかな」と返す。

「そういうものよ。というわけで、何かやりましょう」

 このままでは暇すぎて気が狂うと思ったので、私は少々慌ただしいと自覚しつつもそう言った。

「何か、ねえ」

 と黒曜は呟き、腕を組んで思案する。私も同じく考えた。

「アイデア、何か出てきた?」

「そっちはどうだい?」

 黒曜が質問に対して質問で返してきたので、私は黙って首を横に振ることで、答えを示す。そんな私を見て、黒曜は目尻を下げて笑う。

「スポーツとか、どうかな」と黒曜。

「スポーツ、ねえ。……二人で出来るスポーツって何があるの?」

 そう尋ねると、再び黒曜が思案。私も同様に思案。白と黒の世界は大気の動きが皆無で、ひたすらに静かである。……そもそも、この世界はシミュレーターの中にあるようなもので、かつての世界に必要不可欠であった大気というものが、必要なのかという疑問はあるが。

「……ボクシングとか?」

「物騒だなオイ」

 黒曜の出した案は、えらくマッシブなものであった。こんな殺風景な世界で、女二人が殴り合いに興じる様子は、えらく殺伐としたものになりそうだ。

「そうは言っても、二人で出来るスポーツで、道具がないものって限られない?」

「なんで道具がないという前提?」

「…………だって、私たち以外のものは白黒だし」

「……まあ、ねえ」

 黒曜の言っていることは、確かに一理ある。しかし、と私は思った。

「この世界じゃなくて、色があるあっちで遊んでもいいんじゃない? 黒曜、見ようと思えばあっちの世界を見れるんでしょ?」

「いいかもしれないけど、モブが面倒だよ。一応あっちじゃ私たち高校生なんだし、教師やら警官やらに注意されそうだと思う」

 黒曜の説明に、「そっか……」と残念な声が出る。わざわざこっちで遊ぶより、あっちで遊んだほうが色々と物があって楽しいとは思うのだが、しかしあっちでは自由がなかった。

 そこまで考えて、私の中に一つの疑問が浮かぶ。

「……あっちのものをこっちに持ち込むのは?」

「無理。持ってきた時点でなくなっちゃうよ。私も何度か試したんだけどね」

「……そっかぁ」

 言葉とため息が口から漏れる。手段は尽きたのだろうか、と思い、それは違うと抗うように思考を回す。

 そして一つの考えに至った。

「……こっちに何かを作るのは?」

「それもやったけど失敗した」

「そっかぁ」

 黒曜の言葉を聞いて、いよいよ手段はないのだろうか、と思う。

 しかし、待って欲しい。黒曜が失敗したからといって、私が失敗するという道理はない。何かを持ってくるのも、何かを作ろうとするのも、それらは黒曜が一人でやったことだろう。

「二人でやってみたらうまくいくかもよ?」

「……ああ。……うん、なるほど、それは確かに」

 そう提案してみると、黒曜はすんなり認めてくれた。

「というわけで、何か向こうから持ってくることにしようか」

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