心に傷を刻まれようと、少女は生き、騎士は征く

現代社会で異能に目覚め、そのために悩み傷付く。色んな作品で見られる展開ですが、本作はその逆―――現代社会で悩み傷付いたが故に、異能に目覚めた者達の御話です。

本作の舞台は、過度のストレスが原因で超常の力に目覚める現象が、ストレス性変異脳症"SME"として広く認知された、現代日本のとある地域。そこで一人の少女と、闇の剣を振るう暗黒騎士………を自称する青年が出会ったことで、物語は始まります。

少女の眼を通して描かれる、様々な人、様々な力、そして様々な―――問題。危険極まりない能力、日常生活で便利な能力、使い道の分かりづらい能力………その一つ一つの裏に、傷付いた心があるのです。他ならぬ暗黒騎士、そして彼女自身にも。
しかしそれでも、多くの人は日常を懸命に生きています。身に過ぎた力、心に過ぎた悩みを抱えながら。彼ら、彼女らと向き合ってくれる存在と共に。

ストレスに苦しんだ上に、奇異の目で見られる力に目覚めることについて、最初はなんて酷い世界なんだと思いました。しかし読み進めていく内に、これは彼らに与えられた一つの転機なのではないかと感じるようになりました。
問題を抱え解決することなく人が潰れてしまうという話は、残念ながらよく見聞きします。そういうことを考えると、SMEは人が潰れる一歩手前で問題を可視化する、一種のサインの働きをしているのではないかと思えてきました。新たな問題を抱え込むことには違いありませんが、少なくとも現状を変えるきっかけにはなるのではないか、と………。そう考えると、この作品の世界が、辛くもありながら現実には無い救いも存在する世界に見えてきます。

超能力に目覚めることはなくても、多種多様な問題を抱えるのは、我々にとって珍しくないこと。それで悩み、傷付き、それでも生きねばならないことも、また同じ。
本作は異能の力が一般的な世界の話ではありながら、とても身近に感じられる、"遠いけれど近い"作品であると私は思います。

苦楽ともに存在する世界で、毎日を頑張って生きている―――我々と違いながら変わらない、暗黒騎士や少女、その周囲の面々の生き方に、辛さを覚えながらも、励まされる思いでした。

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