#4

 シオリ、フミハル、アキラの三人は、防犯カメラの映像をじっと見つめていた。

 万引き犯の共犯者がやってくるとシオリは言う。しかしそんなリスクを冒すだろうか。何でも万引きの再チャレンジではなく、以前アキラが言っていた被害なき万引きのトリックに使われた証拠の回収にやってくると言う。


「ねぇ、帯野くん。確認しておきたいんだけど」

「はい。なんですか?」

「店主のおじさんはレジにはあまりないのよね?」

「そうですね。基本的に店内うろついてますよ。バイトを雇ってるのもレジに人が居ないのはまずいからっていう理由みたいですし。人が居ない時にはレジやってくれますけど」

「そうよね。私もあのおじさんがレジに立っているのを見たことないもの」

「じゃあ今はおじさんがレジやってんだ?」

「そうそう。腹痛いから休憩してきますって言って代わってもらった」

「ばれたら今度こそクビだぞお前」

「だよな~」


 呑気な声でアキラは答える。

 

「あ、来た」


 アキラが防犯カメラの映像を指さす。

 そこには、昨日見たユニホーム姿ではなく私服に身を包んだ山本フミカの姿が映っていた。


「ほんとにフミカ先輩が……」


 アキラはシオリの推理が外れることを願っていたようだ。

 仲良くしていた先輩が犯罪に加担していたと知れば誰だってショックを受けるだろう。

 フミハルだって立場が同じで、その相手がシオリだったら同様にショックを受ける――立ち直れなくなるほどに。


「あ、盗りますね」


 とはいえ自分とは関係のないところでの話なので客観的に映像を見る。

 フミハルの横ではアキラが祈るような表情で防犯カメラの映像を見ていた。

 しかしその願いは儚く散った。

 フミカは『追撃の巨神』のコミックを手に取ると本を回して見てからバックの中に落とした。

 決定的犯行の瞬間だ。

 はぁとため息を零すアキラの瞳は少し潤んでいるようだった。

 

「これで確定したわ。共犯者は山本フミカで間違いない」


 アキラは下唇を噛んで、拳を作って自分の太腿を叩いた。

 それから三人でフミカの下に向かった。


 突然目の前に現れた三人に驚いた表情を見せるフミカ。

 

「先輩、なんで……」


 様々な感情が込み上げているのだろう。アキラは言葉に詰まる。

 すでに自分のしたことが露見していることを悟ったのだろう。フミカは申し訳なさそうに笑って「ごめんね」と一言謝った。


「なんで万引きなんか……」


 アキラが言うと、すかさずシオリが口をはさむ。


「万引き? 彼女は万引きなんてしてないわよ」

「え、でも確かに本を――」

「ええ、確かに彼女は本を鞄の中に入れた。でもその本はここの商品じゃないでしょ?」


 シオリはフミカの鞄を指さしながらフミカに訊ねる。

 数秒の沈黙。

 そしてフミカが口を開く。


「はい。あなたの言う通りです。この本は私が自分で購入したものです」


 フミカは鞄の中から、ビニールフィルムが剥がされていない真新しい『追撃の巨神』のコミックが出てくる。


「でもこの本ビニールついたままですよ」

「書店によってはシュリンクを剥がさないで渡してくれるところもあるわ」


 ビニールの包装のことシュリンクって言うんだ……初めて知った。

 フミハルは、今後の人生で役に立たないであろう新たな知識を獲得した。

 その間にもシオリは推理を続ける。

 

「その本が売り物でないことは簡単に分かる。だってその本、スリップがないんもの」

「スリップ?」


 フミカが首を傾げる。


「売上スリップ、外してあるでしょ?」

「ああっ、短冊のことですね」

「この店じゃ短冊って呼んでいるのね」

「なるほど、よく気づきましたね。そこまで頭回っていませんでした」


 スリップだとか短冊と呼ばれているものは、書籍の中に挟んである二つ折りの長細い伝票のことだとアキラが教えてくれた。

 専門用語が飛び出して全く話の内容についていけない。

 フミハルだけが完全に一人置いてけ堀を喰らっていた。


「本が好きで、よく本を買う人間であれば誰でも気づきます」


 なるほど、だから俺は気づかなかったのかとフミハルは一人で納得していた。


「つまりは、万引き犯と目されていた人物は、アナタの購入した本を万引きさせられていた――正しくは万引きさせないように、アナタが前以って万引きされる本を購入して、平積みにされている本の上に置いた。というのが今回の事件の真相」

「でもなんでフミカ先輩がそんなこと」


 シオリはキッパリと言い捨てる。


「そんなことは知らない」


 謎解きは自分が推理小説の主人公になった気分で意気揚々と語るが、動機なんてものにはまるで興味が無いらしい。

 差し詰め、防犯カメラに映っていた男に弱みを握られているとか、そんなところだろう。

 するとフミカが寂しそうな笑みを浮かべて、ゆっくりと語りだした。


「あの人は私の彼氏なの。彼氏って言ってもちゃんと返事はもらえてないし、デートなんかもろくにしてないけど……それでも私にとっては大切な人なの。

 あの人にとって万引きはスリルのあるちょっとしたゲームなの。だからまるで罪悪感が無い。でも犯罪には違いないから私の居る店に来てもらう事にしたの。うちの店ならセキュリティーもそこまで厳しくないから成功率も高いって言って。

 それでも、本当に万引きさせたいわけじゃないから、苦肉の策で今回のトリックを思いついて実行したわけ。トリックって程の事でもないんだけどね」


 そう言って哀しげに微笑んで話を続ける。


「昨日は驚いたわ。まさかシフトの入っていないアキラ君はいるしそのお友達まで……。それでも他のバイトの子たちなら実行してたでしょうね。でも、アキラ君は彼の万引き現場を見て知らせてくれるような正義感の強い子だし、バイトに入ったのも万引き犯を捕まえるためだって言うじゃない。

 だから昨日は中止したの。でも私はレジから動けなかったからコミックを回収できなかった――」


 なにやら険しい表情を見せて、シオリが割って入る。


「そこで翌日、コミックの回収に来たという訳ね」


 面を喰らったフミカは目を見開き、キョロキョロと目玉を動かす。

 そしてなんとか「ええ」と絞り出すようにして返答する。

 追い打ちをかけるようにシオリが捲し立てる。


「確かにあなたは万引きに手を貸してはいないけれど、本当に相手のことを想うのであれば辞めさせるべきだったわ。

 あなたは選択を誤った。そもそもそんなことをする男性を選んだこと自体が過ちと言えなくもないけど」

「正論ですね」


 フミカは笑った。そしてその笑みをより深くして「でも、――誰かを好きになることに理由なんていらない。そんなものを説明できる人が居るのであれば、その人は本当の意味では相手のことを愛しているとは言えない」続けて「私の好きな作家の作品の言葉」と締め括った。


 フミカの口にした言葉には聞き覚え――もとい見覚えがあった。つい最近、フミハルも同じ作家の作品を読んだ。「愛は人を盲目にする」と続く。

 フミカの置かれた状況は、まさしくあの本――『純愛の讃歌』の主人公と同じなのだろう(純愛という意味において)。


「そう……。でもやっぱり理解したくないわ。一方通行の恋なんて辛いだけよ」

「そうかもしれないわね」


 フミハルとアキラが、センチメンタルな雰囲気に、どうしたものかと顔を見合わせていると、


「でも、抱いた想いはそう簡単には消せないものよね」

「そうですね。でも、こうしてばれちゃったのはいい機会だったのかもしれません」

「じゃあもう?」

「ええ、いい機会だから別れます。一方通行の想いだったのは、わかっていましたから」

「こっちから捨ててやればいいのよ。アナタにあの男は相応しくないわ」

「右に同じです!!」


 声を張り上げてアキラがシオリに同意する。


「俺もそう思いますよ」


 フミハルも二人に続く。


「ありがとね。踏ん切りつけられそう」


 潤んだ瞳で笑ってみせるフミカは、とても健気で魅力的な女性だった。あんな男にはもったいないとはアキラの言葉。

 フミハルもその意見には同意した。


 最後にはみんな笑顔で別れた。

 事情を知らない店主のおじさんに、変な目で見られたことを除けば充実した一日だった。


   ***


 アキラとフミカと別れてから、フミハルはシオリと二人、まだ明るい空に浮かぶ月の下帰路についた。


 シオリは、今日は主人公に徹することが出来なかったと、訳のわからない反省をしていた。

 フミハルは、帰りの道すがら『純愛の讃歌』を読み終えた感想を述べた。

 面白かった、引き込まれた、とどこかの批評家が言ったようなことを並べた感想だった。仕方がない。フミハルはきちんと読書したのが初めてのずぶの素人なのだ。

 そのことをわかってか、シオリは笑いながら、「夏休みが明けたら図書館に来るといいわ」と言った。

 そして、おすすめの作家だと言って四人の名前をあげた。


 須賀すがしのぶ

 北方謙三きたかたけんぞう

 出久根 達郎でくねたつろう

 住野すみのよる


 この選考に基準はなく、頭に浮かんだ作家の名前をあげただけらしい。

 考えておきますと本を借りる確約は避けたが、何か借りてみようかな。フミハルの頭にそんな考えが過ぎった瞬間。

 

「待ってる」


 そう一言言うとシオリは、歩みを速めた。

 思わず「はい」と答えてしまうフミハル。

 夏休みが終わると同時に、図書館に行かなければならなくなった。


 背中に浴びる蝉時雨も日に日に小さくなっている。

 夏の終わりは着実に近づいていた――。

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