第7話 旅先=殺しの舞台

 魔物による農園襲撃の翌日。


「あら、今日は朝から賑やかなのですね」

 

 リアンの町へと赴いたソレイユは、広場に人だかりを見つけた。そのほとんどが町の子供達だ。

 周りに気付かれないよう気配を消してそっと近づき、人だかりの中心を覗き込んでみると、


「これが港町の絵。手前の乗り物が船だ」

「すげえ、船って初めて見た」

「お魚屋さんがいっぱい」


 輪の中心にいるのは、絵描きのニュイ――ニュクスだった。

 彼はこれまでに描いてきた風景画を手にしつつ、そのモデルとなった土地に関する話を子供達に語り聞かせている。

 現在語っているのは、アルカンシエル王国の南部に位置する港町について。ルミエール領は内陸なので、領民の多くが海や船といった物を見たことが無い。

 絵とはいえ、初めて見るそれらの姿に子供達は興味津々といった様子だ。

 それは大人達も同様のようで、時折仕事の手を止め、ニュクスの語りに耳を傾けている。


「ニュイ。この絵の港町ってどんな感じだったの?」


 栗色の髪をポニーテールにまとめたイリスという名の少女が、目を輝かせながらニュクスと絵とを交互に見比べる。


「活気に溢れていて賑やかな町だった。俺が訪れたのはちょうどお祭りの時期だったから、とてもたくさんの人がいたよ。新鮮な魚を利用した料理の数々は、とても美味しかった」


 これは決して作り話ではなく、当時のニュクスが感じた正直な気持ちだ。

 一つだけ異なるのは、港町を訪れた理由が絵描きとしての旅ではなく、アサシンとして殺しの仕事で訪れたという点だけだ。

 昨年ニュクスはこの港町で、カトラスの扱いを得意とする凄腕の剣士を一人暗殺している。

 祭の活気を利用し、最大限に存在感を消したうえでの殺しだった。


「ねえニュイ。他にはどんな場所にいったの?」

「別の国にはいったことあるの?」

「焦らない焦らない」


 子供達の質問攻めにやや気圧されながら、ニュクスは次にどの土地での出来事を語り聞かせようかを考える。

 子供達は何も知らぬとはいえ、旅先=殺しの舞台という物騒な現実があるため、内心はやや複雑だ。


「ニュイは、色々な場所を旅してきたのですね」

「ソレイユ様」


 思わぬ人物の登場にニュクスは目を丸くする。

 よく町に下りてくるとは聞いていたが、流石に二日連続でお目にかかれるとは思っていなかった。

 昨日の凄腕の剣士としての雰囲気をまるで感じさせない深窓の令嬢は、太陽のように温かな微笑みを浮かべている。

 服装は昨日とは少しだけ異なり、白いブラウスに黒いリボンタイ、七分丈の濃紺のパンツという出で立ちだ。


「ソレイユ様だ」

「おはようございます。ソレイユ様」


 ソレイユの登場で、子供達の輪が一斉に彼女のもとへと集まる。

 どうやら一時的に主役が交代したようだ。

 

「おはようございます」


 穏やかな笑みで子供達に挨拶をし、ソレイユは子供達と共に地面へ静かに腰を下ろす。


 この瞬間、再びニュクスに主役の座が回って来た。


「私にも聞かせてくれませんか? 他の土地のお話にはとても興味があります」

「ソレイユ様のお気に召す話があるかどうか」

「そう固くなる必要はありません。あなたの見てきたもの、感じたものについて、あなたの言葉でお聞かせください」

「そうですね。では、南部の離島のお話しなど如何でしょうか」

「興味深いです」

「あれは、2年前のことになります――」


 観衆の注目の中、ニュクスは言葉に抑揚をつけ、領民たちにとっては未知である土地の話を語り聞かせていく。少なからず昨日のソレイユの朗読の影響は受けていた。


 ニュクスの語りは1時間近くにも及んだが、ソレイユを始め、途中で退席するものはほとんどいなかった。

 

 絵が上手くて、色々な土地を旅しているお話し上手のお兄さん。

 訪問二日目にして、ニュクスは領民たちからそんな好印象を集めていた。

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