第3話 夕飯時にテレビで濡れ場が流れると気まずい

 三人で囲む食卓というのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 深雪の席が空いているというのは新鮮で変な感じがする。

 今晩はどうやらカレーらしい。深雪のカレーとも四宮のカレーとも違う味だ。作り手によってこうまで味が変わるなんて、カレーはなんと奥深いのだろう。


 食事をしながら和やかに会話をしていく。

 母は何やら最近風水にハマっているようで、俺たちの部屋の内装を変えたいらしい。切実にやめてほしいものだ。

 父は仕事の愚痴で熱くなっている。

 

 しかし、俺は話を聞いていられるほど平穏ではない。これから自分がやろうとしていることは一歩間違えれば家庭崩壊もしかねないのだから。

 だが、こんなところでいつまでも竦んでいてはチャンスを逃してしまう。

 まずは軽いジャブからいこう。


 「あのさ、親父たちに聞きたいことがあるんだけど」


 二人の目線が俺に注がれる。いやー、きついなあ。


 「あのさ、俺小さいころに親父たちのセックスを見たんだよね」


 「ブッ――――――――――――――――――!」


 父が盛大に酒を吹いた。とても汚い。


 「お、おま、おおおお、お前! 何言ってるんだ!?」


 「あらあら、まあまあ……かなちゃんも成長したのね……」


 「待ってくれ! 親父、殴る態勢を抑えてくれ! 単純に聞きたいことがあるんだ!」


 なんとか家庭内暴力を阻止するのだが、慌てふためきは収まらないようだ。


 「な、なんだよ、聞きたいことって?」


 「あー、なんであんな行為をしたんだ? あれってそんなに良いものなのか?」


 「……お前、大丈夫か?」


 「あらあら、まあまあ、かなちゃんが大人になってるわ」


 おかしなことを聞いたのは重々承知だが、それでも俺にはあの行為が何のためにあるのかわからない。子作りのためにあるのだと言われれば、そうなのかと納得することが出来るが、全部がそうじゃない。避妊してまでする理由は何だろう?


 「頼む、教えてくれ。どうにも子供の頃見た記憶がトラウマになっていて、それで悪いものにしか見えなくなっているんだ。だから親父たちの口から聞きたいんだ」


 一瞬の沈黙が訪れる。親父はしどろもどろに語りだす。


 「そりゃ、あ、愛してるからだ。好きだから、その、抑えられなくて、つい」


 「あらあら、まあまあ、かなちゃんが変態さんになってるわ」


 母は壊れたテープレコーダーか何かなのだろうか? さっきから同じ言語しか発しなくなっている。


 「まあ、何だ。トラウマになるようなもの見せて悪かったな。普通は愛なんかなくてもそういう衝動に駆られるものなんだが、お前の場合は違うか」


 「その、衝動ってやつがわからない。食欲みたいなものなのか?」


 「そうさな、お前好きな子はいるか?」


 「それは、その……」


 「わかったぞ、深雪だ!」


 「ブッ――――――――――――――――――!」


 今度は俺が吹く番だった。


 「うおっ! きたね、冗談に決まってんだろ。まあ、お前に好きな奴が出来れば自然とわかる時が来るさ」


 「あらあら、まあまあ、二人は危険なやつらなのね」


 二人はおかしそうに笑っている。家族団欒と朗らかな雰囲気を今から壊すんだ。

 背中が汗ばみ、喉はカラついている。言うなら今しかない。

 俺は背中を押された形で勇気を振り絞る。


 「うん、俺はあいつが好きだ。だぶん、男が女に抱くような感情であってる」


 一瞬、空気が凍ったような気がした。息をのむ暇すらないほど冷たい。


 俺は氷を叩き割る勢いで追撃を加える。


 「本気だよ、冗談なんかじゃない。俺は、あいつが好きだ」


 「本気で言っているのか?」


 「俺は本気だよ。冗談でこんなこと言わないよ」


 父はまじめな顔になる。


 「彼方、あいつは男だ、いや……」


 父は不思議な間をあけ言いよどむ。

 これまで見たことがないほど父は怒っている。

 怒っているだけじゃない。苦汁をなめたような顔で俺を見ている。


 当たり前だ。父からしてみれば、兄が弟を好きと言っているようなものだ。正気の沙汰ではないと思う。俺自身、それを理解したうえで言っている。

 誰一人として微動だにしないで静寂を受け入れている。


 すると、意外にも口を挟んだのは母であった。


 「私はね、いつかこうなるってわかってたんだ。むしろこうなるべきだって……あなたもそう思って見守ってきたんでしょ?」


 そう母は父に言葉をかける。


 「まあ、いつか深雪が誰かのもとに嫁いじまうとは思っていたさ。だが、まさかお前だなんて想像してなかったぞ」


 「嫁ぐって……婿るのほうがしっくりくるね」


 「ははっ、そうだな。だけど、あいつの場合はそうじゃない」


 父は自嘲気味に笑うと懐古的な目で語り始めた。

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