#番外編 OK-GirlsRacing

ノイジー・エナジー #番外編 OK-GirlsRacing


★本作品はフィクションです。実在の人物、団体、出来事、法律などには一切関係ありません。法令を遵守し交通ルールを守りましょう。


#古い地層


 ボゥ~〜ン。ボルルル…。


 ガンメタのCBRが並列二気筒のエキゾーストサウンドを響かせる。スタンド前のストレートを駆け抜けると、あっという間に第一コーナーが迫ってくる。


 ググッ!ハードブレーキング!ギュギュギュとフロントサスが沈み込む。

 加速時に伏せていた身体を起こすと、ゴォッ!と音を立てて風が抜ける。

 カシッ!ボゥン!シフトダウン!


 でも、胸を押す風圧よりも、急減速で背中を押す制動力の方が圧倒的に強く、あたいは前にのめる上半身を、タンクに押し当てた太ももで支える。身体を起こすと同時に腰はイン側に重心移動し旋回に備えている。


 スッとブレーキレバーを緩めると、スコッ!と押し込められていたフロントサスが戻り、重心移動したイン側にバイクは倒れていく。旋回が始まると、サスペンションは今度は遠心力に抗うために反発し、路面にタイヤを押しつけていく。


 ボルルーン!クッと右手首を反しアクセルを空けていくと、リアにトラクションがかかり、タイヤが路面を噛んでバイクにさらなる旋回力を与える。


 カリカリカリカリッ。フルバンクしたバイクと路面の距離を図るように、内側に落としたヒザのバンクセンサーが路面と接触して乾いた音を立てる。視線をコーナーの出口に向けると、バイクの挙動はピタリと安定した。


 コォ~。視線の先には前を行く白いCBRがいて、今しもコーナーの出口でアクセルを全開にしたところだ。


「ミズキ、綺麗だな。」

 先を行くミズキの走りは綺麗にレコードラインをなぞり、完成された走りをしている。いつも通りのリズム感でゼッタイにミスをしない。


 キィーン!コォ〜!ミズキの四気筒は金属音を響かせてタイトなS字を駆け抜けていく。


 ボァ~!あたいはアクセルを開けるとマシンは野太い音を轟かせてミズキの後を追った。


 あたいはサキ。バイク乗りの17歳だ。前を行くミズキとは同級生で友達でライバル。今日も筑波で腕を磨いている。


 あたいはタッパもあるし、中学時代からバスケで鍛えてガタイもいい。バイクを操るのはちょちょいのちょいだ。加えていうならメリハリのあるグラマラスなナイスバディだ。と、あたいは思ってる。

 髪はちょっとくせっ毛でロングにするとクルクルパーマになるから、襟足ぐらいで揃えてフワリ感にゴマカシて仕上げてる。


 アクセントカラーの赤いメッシュを前髪にひと房キメてると、生まれつき悪い目付きとの相乗効果で悪者っぽくてカッコイイんだぞ。

 あと、ウチのオヤジは一代で成り上がった土建屋の大将だ。お陰で好きなバイクを好きなだけ乗らせてもらってる。感謝、感謝。


 対してミズキは家が日本舞踊のナントカ流の家元でお嬢様。細いし、白いし、髪はあたいの憧れの和風パッツンロングストレート。漆黒の髪は腰に届いている。

 その細っこいカラダを右に左に振り回し、軽いとはいえ150キログラムの古いCBRを軽やかに操るのは、持ち前のバランス感覚やリズム感なんだろう。


「ありゃ?…まずいな。」

 あたいは少しづつミズキから遅れ始めた。リズムに乗って走るミズキは相当速い。クリアラップで弾き出すタイムはベテラン勢にも引けを取らない。

 ミズキは第一ヘアピンにベストのラインでアプローチすると、高い旋回速度でクリアしてスムーズに加速、ダンロップコーナーに向かって行く。


「じゃあ、やりますかー。」

 バゥーン!ボゥン!

 あたいはとにかく必死に食らいついて後を追う。気持ちよく走ってるミズキには悪いけど、ちょっと絡ませてもらうよ。


 あたいは第二ヘアピンの立ち上がりでミズキの後ろに何とか付けると、スリップストリームについて加速した。

 多分ミズキは気付いているはずだ。細い身体をカウルに隠して、ストレートをフルスロットルで逃げようとする。

 あたいもタンクに胸を押し当てワキを締めて、カウルの中に隠れる。こんな時、あたいのナイスバディは少し不利…。


 フォ~ン!

 ボゥ〜ン!


 立ち上がりで離されそうになったが、スリップストリームが効き始め、ミズキに追いつくと少しパワーに余裕を感じ始めた。


 「ウッシ!イケー!」


 アクセル全開のまま、ミズキに追突する直前!どんどん迫ってくる最終コーナーのイン側にマシンを振り出す!

 あたいのマシンはミズキのマシンをジリジリと追い越そうとパワーを振り絞った!


 カーン!

 ボァーッ!


「並べ!並べ!並べぇーい!」

 あたいはマシンにハッパをかける!ミズキがシールドの奥であたいをチラッと見るのを感じた。


 キィーン!

 ビュィーン!


 ついに!フロントタイヤが並ぶ! 

「さぁ!あたいに譲りな!」

 あたいはキッとミズキをニラんだが、ミズキは知らんぷりで譲らない。

「そうかい。じゃあ我慢比べさ!」

 ゴォゴォ鳴る大気を切り裂いて、二台のCBRは最終コーナーに突っ込んでゆく!


 ガッガッ!


 ミズキがレコードラインは譲らないと、マシンを寄せて接触してくる。昔は素直に譲ってくれたんだけどね。

 ここまで第二ヘアピンを立ち上がってから数秒の事だ。


 限界だ!


 ガバッとカラダを起こしてイン側に体重移動!フルブレーキング!ゴオッ!と風が過ぎる。


 ギュワッ!キキッ!

 リアタイヤの荷重が抜け路面を擦る。


 キュキュッ!オンッ!

 隣りのミズキも同時にブレーキング!シフトダウン!

 ブレーキレバーを緩めるとイン側に荷重されたマシンは即座に倒れ込む!


 ガツン!


 またミズキのマシンと接触した。必死にマシンを被せて前に出ようと足掻く!でもインを取ったこっちの勝ちだ!


 ボゥ〜!ザリザリザリザリ…。


 あたいはアクセルを開け、イン側のヒザを路面に擦り付けてバランスを取りながら、最終コーナーを駆け抜けて行く。


 Rの大きな最終コーナーはホームストレートに向けての脱出ラインが最重要。飛び込んだ速度を殺さず、クリッピングポイントを掠めて加速する。


 ボァ~ン!


 アクセルを開けながら、スタンド前のアウト側へとマシンを運ぶ。ゼブラゾーンまで使う事も多い。あたいは限界まで加速して、ミズキをアウト側に弾き出して、ストレートを更に加速する。


 ボァー!

 コォー!


 コントロールラインはあたいが先着したが、ミズキはまだやるつもりらしい。懲りないなぁ。

 二台は再び第一コーナーに突っ込んで行った。



「ねぇ…酷くない?ココ傷ついたんだけど。」


 キン…キン…。

 耳を澄ますとマシンがクールダウンする音が聞こえる。あたいもミズキも一緒にクールダウン中。


 ボゥ〜ン。フォンッ!ビューン!

 コースでは次の走行枠のマシンが走ってる。あたいはスポドリを飲みながらぼんやりとコースを眺めていた。


「ねぇ!聞いてるの?」


 しゃがみ込んでCBRのカウルを見ていたミズキが立ち上がった。ヤバい。ヒートアップする前に謝らないと。

「悪い悪い。でもミズキが譲ってくれないからいけないんだぞ。」


 ブチリ。

 何かが切れる音が聞こえた。ヤバ!怒らしたかも。

「ちょっと!ここに来なさい!」

 ミズキはあたいの耳を引っ張って、自分のマシンまで引きずって、あたいの顔を傷ついた所に擦り付けた。ミズキ、酷くない?


「ホラ、ココ!シールが剥がれちゃったでしょ!どーするの!」

 確かに傷ついた所のシールがペロリと剥がれている。


 ミズキのCBRはフルカウルだけど、ベタベタと大量のシールが貼ってある。よくあるステッカーだけじゃなくて、どこで入手したのか分からないシールがところ狭しと貼ってある。しかもほとんどが重なっているのだ。


 今日剥がれたところも、その下から古いシールが覗いている。


「ちょうどいいじゃん。新しいシールを貼るスペースが出来て。」

 あたいがテキトーな事を言うと、ミズキはハッとなってそっかとか、なるほどとか言っている。オイオイ。


「それにしても、よくこんなに貼り付けたもんだね。剥がした方が軽くなるんじゃないの?」

 あたいはしげしげとミズキのマシンを見ながら、ペロリと剥がれたシールをビリリとむしり取った。


「ちょっと!何するのー?!」

 ミズキが叫んだが、あたいはちぎったシールの下地に目を奪われていた。

 剥がれ落ちたシールの下の層に、懐かしいロゴを見つけた。


『OK-GirlsRacing』


「懐かしいね。」

 ミズキもステッカーを覗いて呟いた。ステッカーにはマジックで手書き文字が書いてあった。


『チョチョ サキ ミズキ』


「もう何年になるんだっけ。ちょちょがいなくなってから。」

 さみしげに呟く声とともにミズキは心を過去へと飛ばしたようだった。


#踊り子 桔梗野瑞希


 「瑞希さん。どうしてこんなことをなさったの?この箪笥はお母さまの大事なお嫁入り道具なのよ。」


 「だって母様、お家には他にシールを貼る所がないんですもの。幼稚園のお友達は自分の箪笥には自由に貼っていいっていうのよ。」


 わたしは桔梗野瑞希。お家は日本のお屋敷で障子や襖と木の柱や漆喰の壁で出来ている。そんなところにシールを貼ったら、父様の逆鱗に触れて折檻されてしまうし、ばあやが障子紙とかを張り替える仕事を増やしてしまう。


 だから、わたしの服をしまってある箪笥なら大丈夫だと思ったのに。なんでも桐箪笥というもので母様の大事なものだったらしい。


 「今度ばあやがノートをお持ちしますから、お嬢様はそれをお使いなさい。」

 「それではつまらないわ。シールはわたしのものって印で『あいでんてぃてぃい』なのよ?」

 「おやおや、難しい言葉をご存じですね?ばあやはびっくりしました。」

 ばあやはわたしが貼ったシールを箪笥から剥がして、こびりついた糊を丁寧に拭いてくれている。わたしはそのそばを離れられなかった。


 「瑞希さん。どこにいらっしゃるの?」

 母様の声が廊下の先から聞こえてきた。


 「おや?そろそろお稽古の時間ではありませんか?」

 ばあやは一通りきれいにしたところで私を振り返った。

 「今日はしっかりお稽古をしないといけませんねぇ。」

 「ばあやの意地悪。わたしは母様みたいにうまく踊れないからお稽古は嫌いよ。」


 ばあやはにっこり笑ってわたしの手を取った。

 「お嬢様の踊りは日本人形が踊っているようでとてもかわいらしいですよ。」

 「本当に?」

 「本当ですよ。さあ、お母様がお待ちかねですよ。」

 わたしは渋々日本舞踊のお稽古のため、母様の声のほうに向かった。



 わたしのお家は日本舞踊の家元でそれなりの名家らしい。父様は『こくさいぶんかこうりゅう』もおこなっていて忙しい。たまにお家の近くにある飛行場からプライベートジェットでお出かけする。

 今日は家族でお出かけした後、わたしとばあやだけ飛行機で帰ってきた。父様と母様は夕食会で遅くなるらしい。


 「ばあや、あれは公園かしら?何か小さいものがグルグル回っているわ。」

 今にも着陸しようとしている飛行機から、公園のような広場が見えた。

 「本当ですねぇ。あれは小さな自転車ですかねぇ?」

 ばあやも窓から見て不思議そうに呟いた。


 自転車!私は自転車に乗るのが大好き。お友達の中では一番最初に乗れるようになった。

 風を切って走るのが何とも気持ちよく、どこまでも走って行けそうで楽しい。


 「ばあや!ちょっと行ってみたいな。どうせ父様たちはおかえりが遅いのでしょう?」

 ばあやはちょっと考えたけど、仕方ないですね、少しだけですよ、とか言って私の事を公園?に連れて行ってくれた。


 「何ともうるさい自転車ですねぇ。」

 ばあやが言う通り、三輪車くらいの自転車(?)に大きな丸いツルツルの帽子(?)を被った子供達が、けたたましい音を響かせて、くねくねと曲がりくねった細い道路を、凄い速さで駆け抜けて行く。


 凄い!凄い!凄い!


 私は初めての光景に目を奪われていた。

 広い平らな公園?に道路が出来ていて、真っ直ぐなところや、くねくねした道が作られている。

 その道路を小さな二輪車が右に左に倒れそうになりながら走っている。しかも自転車のようにペダルで漕いでいない。

 何故そんなに速く走れるの?気持ち良さそう。


 「あれは何かしら?」

 私は二輪車になにか車体を覆うカバーが着いている事に気が付いた。そしてそのカバーに様々な色が塗ってあって、さらになにか文字や印が着いていることも。

 キョロキョロと辺りを見回すと、何台か止まっているのが見えた。


 「ばあや、ちょっとあちらを見に行こうよ。」

 私がばあやを振り返ると、ばあやは見たことのあるおじいさんと話していた。

 「…そうですか、植木屋さんはバイクに乗られるんですか。カッコよろしいですね。」

 どうやら、家のお庭の手入れをしてる植木屋さんがいたらしい。ばあやは植木屋さんと話すのが好きだからなぁ。


 私はひとり、近くに止まっていた『ばいく』の傍にしゃがみ込んだ。


 うわぁ!


 カラフルに彩られた『ばいく』にはたくさんのシールが貼られている。可愛いシール、カッコイイシール、『見て見て』と主張しているシールたちにわたしは夢中で見入っていた。


 「ステキ…」

 「ムテキだよ。」

 気が付くと隣に、わたしと同じくらいの子がしゃがみ込んでいた。


 「ちょちょのポケバイは無敵なの。」

 ちょちょっていうのはこの子のことで、この二輪車はポケバイって言うらしい。

 わたしより少し小柄でほっぺがツヤツヤしている。女の子かな?髪は黒いけど、短くしてる。

 なにかごついカラフルな服を着ていて、ナントカ戦隊みたい。


 「どの辺がムテキなの?」

 ちょちょは少し頬を赤くして、ポケバイのカバー(カウルって言うらしい)を撫ぜた。

 「カウルの…この辺の『らいん』がムテキ…。」

 撫ぜたところにはキレイな蝶々のシールが貼ってあった。

 「…本当にステキ。」

 わたしはそのシールに惚れ惚れとしてしまった。


 「…ねぇ、あんたらハナシ通じてんの?」

 急に声を掛けられてビックリして振り返ると、腕組みをしてわたし達を見下ろす子がいた。


 わたしより少しお姉さんかもしれない。背が高めで目が怖い。怒ってる?

「…怒ってないよ。サキは目が悪いだけ。」

 ちょちょがバイクを撫ぜながら、わたしに言った。

「…ちょっと乗る?」

 ちょちょが初めてわたしを見て立ち上がった。


 それがわたしと、ちょちょと、サキと、バイクとの出会いだった。



「ばあや、わたしお友達が出来たの。」

 その日の夜。お家に帰って、ばあやと二人で夕食をとった後で、わたしは言った。

 あの後、暫くバイクと『OKサーキット』(という公園らしい)で遊び、バイク乗りのちょちょとサキと仲良しになった。


 わたしが話しを続けると、ばあやは優しく頷きながら聞いてくれた。

「また、行っていいかしら。」

 ばあやは、そうですね、と言うけれど、目を合わせてくれない。わたしがバイク乗りのお友達と遊ぶのが嫌なのかもしれない。


「ばあやも、サキちゃんのおじいちゃんとお話ししたいでしょ?」

 ばあやは、厳しい表情でわたしを見た。

「…お嬢様。」

 ばあやがこんな顔をするのは初めてだ。わたしはちょっと目をふせた。

 ばあやは『ホウ』と息をついたようだった。


「…仕方ないですね。ばあやの負けですよ。」

 わたしが顔を上げるといつものばあやがいた。ばあやはわたしの前にしゃがみ込むと、わたしをぎゅっと抱き締めた。


「…お嬢様には、この広いお屋敷も狭過ぎるのかもしれませんね。」

 そう言うと、ばあやは身体を離してわたしの顔を優しげに見た。

 そして、両手でわたしの頬を軽くつねると、こう言った。


「でも、そういう事を大人に言ってはいけません。嫌われますよ。うふふ…。」

「あぁや、あにふるの~っ!」

 ちょっとほっぺが痛かった。


#あばずれ 花菖蒲咲


 今日は親父と一緒にポケバイに乗りに来た。


 親父はじいちゃんの古い植木屋から飛び出して、『がーでにんぐ』と『りふぉーむ』事業を立ち上げ、地域から関東そして全国へ事業を拡大した。

 今は有能な支店長達に権限を与えて好きにやらせているらしい。

 娘のあたいは赤ん坊の時にはほっとかれたらしいけど、幼稚園に入ったころから蝶よ花よと育てられ始めた。


「咲はこれからお嬢になるんだぞ。『あたい』なんて言っちゃだめだ。」

「うるせーな。こんな風に育てたのはあんただぞ。」

「サキは口が汚いな。すこし教育環境を変えないといかんな。」


 あたいはため息をついた。お嬢っていうのはちょちょみたいなやつのことだ。ほっぺたや手が柔らかくて可愛い。そして、何考えているかわからない変な奴のことだ。

 あたいは狭いサーキットを軽やかに走る一台のポケバイに目をやった。話が通じているのかわからないところがある不思議な奴だけど、バイクに乗るとめっちゃ速い。


 駆けっこならあたいの圧勝だけど、バイクで立場は逆転する。今日あたいはちょちょとポケバイで追いかけっこして転んでしまった。悔しくてすこぶる機嫌が悪い。


 ゴオ~。


 大きな音に空を見上げると、上空を小さな飛行機が飛んでいる。たぶん近くの飛行場に降りるのだろう。


 ペェ~ン。ペン!ペン!


 ちょちょのバイクがパドックに戻ってきた。あたいの目の前にポケバイを停めると、大きなヘルメットを脱いだ。


「ちょちょ飛んできた!きれーかった?」

 また、ワケわからんことを…。

 息をきらしながら、ニコニコと嬉しそうに話し掛けられると、ついつい可愛いくて、いい子いい子してしまう。


 「ちょちょは風になるのが好き!蝶々だから。サーキットはお花は咲いてないけど。サキちゃんがいるからいいの。」

 まったく可愛いやつだ。


 「サキ!バイク直ったぞ!」

 転んだバイクを修理していた親父があたいを呼んだ。あたいとちょちょは親父の方に歩いて行った。バイクで転んだことについて、親父とあーでもないこーでもないと話していると、ちょちょの姿が消えていた。


 あれ?


 ちょちょの姿を探すと、トランポの影に止めていたポケバイに二人の子供がしゃがみこんでいる。ひとりはちょちょだけど、もう一人は誰だ?


 「…この辺のラインがムテキなの。」

 「…本当にステキ。」


 なんだこの二人。

 あたいは一瞬宇宙人が慣れない日本語を話してるのかと思った。


 「…ねぇ、あんたらハナシ通じてんの?」

 振り返った二人はほっぺを赤くして夢中になっていたようだ。ちょちょは自分のポケバイを見せびらかしたり、知らない子にちょっと乗せてやったりしている。


 「つまらん。」

 あたいだけがちょちょと仲良しなのに。わかんない話しを聞いてやるのもあたいだけなのに。知らない子がポケバイに跨って、パドックで走り始めた。なんだよ。乗れんじゃん。


 「ねぇ!シールがいっぱい貼ってあるね!」

 その子は目をキラキラさせて、あたいにも話しかけてきた。あたいのポケバイにも何枚かステッカーが貼ってある。


 「ステッカーって言うんだよ。あんたも自分のポケバイに貼ればいいんじゃない?」

 その子はぱあっと笑顔を輝かせた。

 「そうだよね!私もポケバイに乗りたいわ!」



 「サキ!ミズキちゃん!ちょっとおいで。」

 しばらくして親父が呼んだ。あたいはミズキと呼ばれた子とちょちょの会話に入れず、ヤケになってスポドリをガブ飲みしていた。

 あたいのじいちゃんと、知らないばあさんが楽しそうに話してるのも気になっていた。


 親父の言うにはミズキってやつはいいとこのお嬢様だから、あたいに礼儀作法を教えてやって欲しいとか考えてるらしい。冗談じゃない!話の通じないやつに教えを乞うなんて。

 ふとミズキを見ると、あたいをチラリと見て、なんか嫌な感じでクスリと笑った。


「ちょっとトイレ!」

 スポドリでお腹いっぱいだったあたいは、トイレに逃げ込んだ。


#天然ライダー 飛野蝶


 あたいとちょちょは同じ幼稚園で友達だった。あたいが親父にポケバイを教えてもらった時、ちょちょも一緒にサーキットに遊びに行った。


 ちょちょは最初からちょっと違う感じだった。自転車は乗った事がないのに、ポケバイに乗ると狂った様に走り出した。

 あたいのポケバイを貸してあげたら、いいの?と言った時には既にピットロードを走り出していた。


 何度も転ぶけど、その度に笑って謝り、しばらくブツブツと訳分からんことを呟くと、急に分かったと言ってはリトライして、さっきよりも速く走り始める。

 そんな感じで、ちょちょのお父さんに自分のポケバイを買ってもらった頃には、ポケバイに貼った蝶々のデカールに因んで、お蝶ナントカの異名がついていた。

 ちょちょの家庭はアパート暮しで車は無かったから、ちょちょのポケバイはあたいの家のバンに載せてOKサーキットに通っていたのだ。


 そこにミズキが現れて三人のちびっ子ライダーは競い合い、夢中になってポケバイを走らせていた。

 ミズキはちょちょやあたいの走りをじ~っと見ていたかと思うと、後ろに着いて走ったり、真似したりしているうちに、いつの間にか綺麗なフォームを身につけていた。

 フォームが安定すると、速く走れるもので、タイムもどんどん良くなっていった。


 「踊りのお稽古でも、お母様みたいな上手な人の踊りをよく見て、同じように真似をすると、すぐに上手くなれるものよ。」

 もっとも、ミズキはポケバイのカウルにシールを貼りまくることが一番の楽しみだったみたいだけど。


 やがて、小さいながらもレースに出るようになると、ちょちょはメキメキと頭角を現し始めた。

 並み居るちびっ子ライダー達をヒラヒラとかわして表彰台に上がると、インタビューでは何を言ってるのか掴めないキャラの天然ライダーとして名を馳せた。

 その頃にはあたいもミズキもちょちょに追いつき追い越せと、バイクの腕もだいぶ上がっていた。


 来年小学校に上がるけど、あたいはオヤジのゴーインなやり方で、ミズキのいるお嬢様学校に入学させられた。本当はちょちょと一緒に小学校に行きたかったけど、学区が違うとかワケ分からん理由で同じ小学校に行けないらしいので、渋々ミズキと一緒に小学校に通うことにした。


 お嬢様学校にはなんだか対立する「お友達」のグループがあるらしく、ミズキは幼稚園のころから、どこにも属さず我が道をゆく感じだったらしい。悪く言えばハブられてたんだ。

 これは少し後の話しだけど、入学式でミズキはやっぱりハブられてしまい、あたいと二人でお山の大将ならぬ、女王蜂と渡り合い、あたい達のことを認めさせたんだ。

 別にアイツらとつるむ気なんて、これっぽっちもないけどさ。それからはあたい以外にもミズキと仲良くする友達が増えたもんだ。


 ちょちょはサーキットに来ていた男の子と一緒の小学校になったみたいで、寂しくはないようだ。ちょちょがあたいよりも先に大人になっちまうなんて考えたら、あたいの方が寂しくなっちゃったよ。


 そんな感じであたい達は相変わらず、仲良くバイクで走り続けていたんだ。いつまでもこんな時間が、ずっと続くもんだと、疑いもしなかった。


#チーム


「今度、耐久レースがあるよね。」


 そろそろ小学校に上がろうかという頃、あたい達は大人に混じって走ることもしばしば経験した。それでもちょちょはやっぱり速くて、同じ小学校に入るボーイフレンドもちょちょと張り合うように速くなっていた。

 いつもみんなでバトルしていたけど、チームとかで力を合わせてなにかしたいなとも思ってた。来年は小学校に上がるし、その前に記念としていいかもって思ったんだよ。


 あたいはOKサーキットで開催される予定の耐久レースが気になっていたのだ。それで、みんながOKサーキットで集まった時に話しをしたかったんだ。


「あ~、ソレ。」

 あたいが話題を振ると、ちょちょのボーイフレンドの「コージくん」が食いついた。

「オレはエントリーしたよ。いつも走ってる奴らと。ていうか、ちょちょは走んないの?」

 ちょちょは少しガッカリしたようだ。ちょっとコージくん、彼女を仲間はずれは酷いんじゃないの?


「あたいとミズキも出たいんだけど、ちょちょも一緒に走んない?」

 少し暗くなっていたちょちょの顔がぱあっと明るくなった。

「本当に?走る、走るよ!サキちゃんとミズキちゃんなら、鬼に金棒だよ。」

 ちょちょは鬼を自覚しているらしい。でもよかった!あたいはてっきりコージくんとチームを組むと思ってたから、凄い嬉しい。


「やったぁ!ちょちょ!一緒に走ろ!そしたら、チーム名を決めなきゃね。」

 ミズキも嬉しそうだ。

「…そうだよ。チーム名を決めたら、ステッカー作ってバイクに貼らなきゃね!カッコイイのにしようね。」

 そこかぁ…。チーマーかよ。ミズキお嬢ちゃん!


「ちなみに、コージくんはなんてチーム名にしたの?」

「え?なんか雰囲気で『コージ・コーナー』だって。」

 スイーツ男子かよ!笑える。けど参考にはならん。


「…へぇ。あたい達はちょっとカッコよくしたいね。『スピード』なんちゃらとか、なんちゃら『レーサー』とか、速そうな響きでカッコいいじゃない?」

「私は…女の子チームだから、『ガールズ』とか『レディース』とか入れたいな。」

 と、ミズキ。だからチーマーか!でもアリかも。


「う~ん、じゃあね…『OK-GirlsRacing』とかは?どっかな?」

 しばらく考えていたちょちょが意外にもイイ案を出した。

「イイね!カッコイイ!それだ!それで行こう。」

「コレはロゴにもこだわりたいねぇ。なんかカッコよすぎ。」

 ミズキはもうステッカーの事でアタマがいっぱいのようだ。


#ステッカー


 あたいがオヤジに相談したら、ステッカーを作ってくれることになった。

 速攻で出来上がってきたサンプルをミズキが待ちきれなくてあたいの家まで見にやって来た。ちょちょも誘って、みんなで出来をチェックすることにした。


「はい、コレ。」

 あたいが出来上がってきたステッカーを持ってくるやいなや、ミズキはあたいの手からむしり取るように取り上げると、ジィーッと食い入るように見つめ始めた。


「これは…最高にカッコイイよ!サキちゃん、あと何枚か貰えない?出来れば沢山!」

 おいおいミズキ、一体どこに貼るつもりだよ?

 「キラキラがいいね。これだけでも速く走れる気がするよ。キラーンって!」

 いや、そんなわけないから!ちょちょ、わけわからん!

 でも、確かに出来栄えは最高で、黒地にゴールドのロゴが最高にカッコイイのだ。


「何をやっとるんじゃ?」

 あたい達がウチのリビングでワイワイガヤガヤしているところに、じいちゃんがやってきた。

「サキのじいちゃん!見て見て、カッコイイでしょ?」

 ちょちょはじいちゃんに得意げにステッカーを見せた。この二人はなぜか仲が良いんだ。


「どれどれ…。ほう…カッコいいじゃないか。」

 じいちゃんはしばらく見ていたが、どうも至極気に入ったらしい。

「サキ、じいちゃんのバイクにも貼ってくれんか?」


 あたい達は母屋から、作業場兼ガレージの方に移動した。


「へぇ、凄い!道具がいっぱいでホームセンターみたいですね。」

 初めてガレージに入ったミズキが物珍しそうに辺りを眺めている。

 ホームセンター程広くはないし、植木屋とリフォームに使う道具に限られているが、オヤジもじいちゃんも大切な仕事道具だから、綺麗に整理整頓されている。


「昔は納屋だったんじゃがの。」

 とか言いながら仕事用の軽トラの横にあるバイクのカバーを外し始めた。

 カバーの中から、丸い二眼に白いカウルのバイクが出てきた。CBR250っていうらしい。

 じいちゃんには悪いけど、実はあたいはあんまりカッコいいとは思ってない。バイクのクセにちょっと可愛くて、なんかヤダ。あたいにはきっと似合わない。


「か、可愛い!サキのおじいさん、まあるいお目目がとっても可愛いですね!」

 ミズキが頬を紅潮させて、バイクに見入っていた。

「ミズキちゃん、まあるいお目目でも世界を焼き尽くすやつもいるんだよ?」

 相変わらず、ちょちょは何を言っているのか分からない。


「じゃあ、ミズキちゃんにステッカーを貼ってもらおうかな?」

 ミズキはびっくりしたようだ。あたいとちょちょを交互に見た後、じいちゃんに恐る恐る言った。

「私でいいんですか?」

じいちゃんはウンウンと頷き、あたいとちょちょはどうぞどうぞと、ミズキを促した。


 ミズキは恐る恐るステッカーの台紙を剥がすと、サイドカウルにペタリと貼り付けた。続けて反対側にも。

「どうかな?曲がってないかな?」

じいちゃんはどれどれと、ステッカーの貼り付け具合を確認した。


「大丈夫じゃな。じゃが…。」

 なにか気になったのか、ふと眉をひそめるようにして、近くに寄ったり離れたりして、何度か眺めると言った。

「その…なんじゃな、カッコいいんじゃが、ちと寂しいかのう。」


 どの辺がどう寂しいのか、ミズキが訊くと。

「せっかくなんじゃから、メンバーの名前が欲しいのう。」

 なるほど!そこかぁ。

「サキのおじいさん!分かりました。じゃあ、私達の直筆サインを入れましょう!」

「ほほう、そりゃ豪気じゃの!」


 じいちゃんは気に入ったようで、アレは何処に行ったかの、とか言いながらその辺の道具箱から油性マーカーを取り出した。

「これでどうじゃ!」

 手渡されたミズキは戸惑ってしまったようだ。


「え?い…いいんですか?消えなくなりますけど…。」

 じいちゃんは、イイってことよ、とばかりに手を振ると言った。

「お前さん達の誰かが有名人になるかもしれんじゃないか。サインの青田買いじゃ。」

 これは…あたいとミズキは目を見交わすと、同時にちょちょに眼をやった。


 うん…ちょちょだな。

 ちょちょはあまり気にしていないようで、イソイソとマーカーをつかむと、鼻歌交じりにサインを書いていた。

 あたい達は『ついで』のやる気のないサインをステッカーに書き込んだのだった。


#曇りのち雨のち…


 ブルゥ~ン。ブルロォー。


 OKサーキットは今日も盛況だ。耐久レースを明日に控え、練習走行に励む子供達が、あっちでは文字通り肘を突き合い、こっちでは膝を交じえて、戦っている。

 そんな中をヒラヒラと接触を避けながら、前へ前へと抜いて行くマシンがいる。


「今日もちょちょは調子がいいね。」

 白いカウルに『OK-GirlsRacing』のステッカーと、ちょちょのシンボル『蝶』のステッカーを貼った、ポケバイが目の前を駆け抜ける。


 さっきまで走っていたミズキはクタクタでハンモックチェアに埋もれている。次はあたいの番だけど、ちょちょは出たばかりだし、当分帰って来ないだろう。調子のいい時はいつもそうだ。でも調子が悪いと、一周で帰って来ることもある。


 「それよりも…。」

 あたいは空を見上げた。鈍い曇天の広がる河川敷はちょっと暗く、あたいはちょっと寒気も感じていた。低気圧が来てるらしいけど、ゆっくりだって聞いてたし、今朝の予報では明日のレースはギリギリ大丈夫だって、じいちゃんは言ってたのに。


 ちょちょはリュックにてるてる坊主を付けてきて、みんなの分だって言って10個ばかし作ってきた。チームのみんなでカバンやキーホルダーに付けてるけど、全くご利益が感じられない。しかし…。

「これね、背中に翅が付いてるんだよ!」

 確かに背中に蝶の翅が書いてある。ちょちょが言うには翅で空の高いところに飛んで行って、天気を回復させるそうだ。


 ポツリ…。

「あ~あ。来ちゃったか。」

 ちょちょがまだ走っているうちに、雨が降り始めた。参ったな。明日は中止かな。

 ちょちょも雨に気づいて、ピットに帰ってきた。残念だけど練習走行は終了だ。



 翌日はやはり雨。低気圧の本体はまだ遠いらしいけど、雨雲が半端ないらしい。


「サキ?やっぱり中止ですって?」

 ミズキがあたいん家に電話を掛けてきた。草レースだが、ミズキは初めてのレースだったから、人一倍残念がっていた。あたいは、まあまあと慰めなきゃならなかった。


「だけどねえ、今回は仕方ないけれど…。大丈夫なのかなサーキット…。河原にあるよね。」

 ミズキが心配するのも無理はない。OKサーキットは河川敷にあって、大雨が降ると水没することもあると、じいちゃんが教えてくれた。


「さぁ…。でも大雨は怖いねぇ。」

 ミズキは心配事を吐き出したら楽になったのか、ちょちょの様子も聞いておけと言って通話を切った。そうなんだよね。ちょちょは大丈夫なんだろうか。


「ちょちょは大丈夫だよ。ミズキは大丈夫だって?」

 ちょちょに電話したけど、思ったより気にしてなさそうだった。でも、てるてる坊主をあんなに作ったのにと憤慨していた。


「これから大雨が降ると、サーキットが水没しちゃうかもしれないよ?」

 これにはちょっと動揺したみたい。

「え!ど…どうしよう。見に行った方がいいかなぁ…。」

「バカ!ちょちょが行って何すんの?」

「え?てるてる坊主持ってく…。」

「…危ないから…やめて?ちゃんと家で大人しくしてるんだよ?」

 天然にも程がある…。あたいは何度も念を押した。


「わかったよサキ。ちょちょは大人しく寝るね。おやすみ。」

 ようやく電話を置くと、屋根を叩く雨音が轟音となっているのに気づいた。

 こりゃあ、サーキット水没も冗談事じゃないな。あたいはちょちょのくれたてるてる坊主を枕元に置くと目を閉じた。



 それが、ちょちょとの最後の会話だった。


 悪い予感は的中し、低気圧は大量の雨を降らせて、サーキットを水没させた。そして、増水した川の水はちょちょのアパートも押し流したのだ。

 ちょちょの一家は行方不明になった。しばらくの間捜索は続けられたけど、水が引いても見つからなかった。あたいとミズキも泣いて捜して…でも見つからなかった。


 ちょちょのてるてる坊主なんて、全くの逆効果だった。てるてる坊主を見る度に、あたいは涙の大洪水を起こし、悲しみが止めどなく溢れ出た。やがて、捜索は打ち切りになった。

 その後、ちょちょの一家が何処かで見つかったという話は聞いたことはない。


#CBRライダー


 あたい達はちょちょが死んだなんて信じてない。今日も何処かの峠やサーキットをバイクで走ってるかもしれない。

 いつかあたい達の前にへらっと笑いながら現れるかもしれない。そんな気がして、あたいもミズキもバイクの免許を取ってから、あちこち遠征してはヒラヒラと走るちょちょを捜し続けてる。


 じいちゃんは腰を痛めてバイクに乗れなくなったから、古いCBRを譲ってくれた。でも、あたいよりミズキの方が丸い二ツ目を気に入ってたから、ミズキに乗ってもらってる。あたいは代わりに新しい強面のCBRを手に入れた。こっちの方があたいのキャラには合ってると思う。


 「奥多摩にもいい感じのくねくね道があるなぁ。」

 あたい達は今日は奥多摩まで遠征してきた。埼玉からは結構遠いけど、その甲斐あってコーナーが楽しい峠道だった。

 ミズキと少し走った後、駐車場で一息入れていた。


 「…そうだねぇ。」

 と生返事のミズキは、お巡りさんが峠の途中で配っていたステッカーを、ニコニコしながらカウルに貼り付けている。


 「遠くまで来た甲斐があるよね!」

 ミズキにとってはステッカーが一番の収穫らしい。


 パァーン。パン。パァーン。

 ツーストロークのエンジン音が軽やかに響いて、NSRが走っていった。

「ああいうのもイイね。レーサーな感じがカッコいいじゃん。ミズキのより速そう。」

 ミズキをちょっと挑発するけど、ステッカーでご機嫌なので、全く聞いてない。

 ムウ…あたいの方がイライラしてきた。


「ねぇ、キミら二人で来たの?」

 そんな時、知らないお兄さんが声を掛けてきた。どうもナンパっぽい。二人連れでなんか馴れ馴れしい。

「俺達とツルんで走らない?走り方教えてあげるよ。え?俺らのバイク?そこに停めてるSSだよ。キミらのより速いよ。なんせ大型だからさ。」

 …ムカつく。ミズキも嫌悪感丸出しでヤツらを見てる。あたいが目配せをすると、仕方ないなと、首を振った。


「じゃあ、教えて下さいね。後ろからついていきますから。」

 こういう舐めた輩はぶち抜いてやるに限る。彼らのバンクセンサー付きの革パンは傷一つ無い綺麗な状態で、ヒザを擦ったことは無さそうだ。

 じゃあ行きましょうと、ヤツらの先導で走り始めたが…。やっぱり、下手くそだった。


 あたいは後ろを走っていたミズキを振り向くと、前を走るSSをちょいちょいと指差した。ミズキは先に行け、やっちまえと顎をしゃくった。そう来なくっちゃ!


 ボゥ〜ン。ボン。ボァー!


 あたいは加速して、チカチカとパッシングし、前にいる大型SSを突っつきだした。男はミラーで気がついたのか、一度振り返ると、スピードを上げようとした。

 しかし、前半の登り坂ならば大型のパワーがプラスだっただろうが、後半は下り坂が多く、大型の重さがマイナスに働いた。


 あたいはブレーキングの突っ込みでイン側に前輪をねじ込み、軽さを活かして速いコーナリング速度で抜き去る。

 大型SSは下りではパワーを全開に活かしきれず、抜き返すことが出来ない。ましてや膝を擦ったこともない素人だ。


 コォーン。コァー!

 後ろからはミズキの四気筒エンジンの咆哮が響く。ミズキも抜き去ったようだ。コーナーを立ち上がると、反対車線をNSRとすれ違った。チラリとミラーを覗いたら、大型SSがガードレールとキスしたところが見えた。後ろから白バイがSSを追走し、もう一台のSSを停止させたようだ。


 やっちまったな!あたい達は白バイが追いかけてこないことを確認すると、アクセルを戻してスピードを落とした。シールドをはね上げて後ろを振り返ると、ミズキが追い付いてきた。


「やっちゃったねぇ。お気の毒に。」

 とは言いつつも、シールドを上げた奥の表情は、あまり気の毒そうには見えなかった。

「戻って助けたりしたら、つけ上がりそうな人達だったよね。」

 冷たいとは思うが本当だ。転んだのが女の子なら、全く違ったろう。


「…シラケちゃったからコンビニでも行こうか?」

「そうだね。お茶でもしようかな。」

 あたい達は一息入れようと少し遠いコンビニを目指した。


 本編に続く!

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