#番外編 御厨ストーリー

ノイジー・エナジー #番外編 御厨ストーリー


★本作品はフィクションです。実在の人物、団体、出来事、法律などには一切関係ありません。法令を遵守し交通ルールを守りましょう。


#御厨ストーリー


 イケメンだが草食系でひ弱。それが『御厨 悟』に貼られたレッテルだった。中学では陸上部で長距離をやっていた。走るのは好き。自転車も好き。スノボも好き。でも体力はそれほどないから、速く走れる乗り物はもっと好きだった。

 小さな時からバイクに乗るヒーローに憧れていた。自転車も自分で整備していた。プラモデルも好きだった。作ったり、組み立てたり、そしてそれが動くことが何より面白かった。


 高校では機械をいじっていたい。中学の時から高校生になったらバイクに乗ろうと、小遣いやお年玉を貯めていた。親も理解があった。小さな時から乗り物好き、機械好きな自分を知っていてくれた。親父が町工場で働いていたことも、機械が好きな理由の一つかもしれない。

 工業高校に入って、それが好きなたくさんの人がいた。自動車部二輪班に入った。毎日好きな機械いじり。ジムカーナは楽しかった。が、競技で競い合うのはちょっと苦手だった。バイクは速く走らせるよりも、一つ一つの操作が自分に応えてくれるのを感じ取るのが好きだった。

 春からバイトで稼いで、夏休み前に免許を取り、欲しかったバイクも買った。ゼファーはバイクらしいスタイルと、ちょっと男のバイクって雰囲気が好きだった。


 キーを差し込みクリっと回すと、バイクが『なに?』って感じで寝ぼけまなこを開ける。バイクによってその挙動は様々だ。昔のバイクはニュートラルを示すランプなどが点くくらいだが、タコメーターの針が一度クルリと回ったり、液晶メーターが点灯したりする。音も無言のバイクもいれば、ヒューンって電子系が起動する音を出すヤツもいる。


 エンジンを掛けるにはセルスターターボタンを押す。稀にキックで掛けるモノがある。レーサーは押しがけ専門だ。最初の愛車になったゼファーはセルスタート。ボタンを押すとキュキュキュキュキュッと、セルモーターが回り、ボボボボルンッとエンジンに火が入る。火が入りたてのエンジンは、最初はちょっとアクセルをあおっても少しむずがる様に、ボボボボッとこもった排気音だ。しかし、やがてフォンッフォンッと抜けのいい音に変わる。


 暖気をしたら、いよいよバイクにまたがる。グッとクラッチレバーを握って、ギアをニュートラルから一速に落とす。カコンという音と共に、切ったクラッチにもエンジンの動きが伝わってバイクがガタンと振動する。フォンッ。アクセルを軽くあおって、レバーを緩めてクラッチをつなぐ。ボルルル~。エンジンは200キロの車体とライダーの体重を受けとめて、やや回転を落とした後、フォ~ンと吹け上がり、加速する。クラッチを切ると同時にアクセルを緩め、シフトアップ。カッチャンと二速に上げ、クラッチを繋ぎ、アクセルを開ける。機械が好きな少年は、こんなバイクとの対話が楽しみで仕方なかった。


「石田、この間のブレーキパッド交換よかったよ。タッチが良くなった。」

 同学年の石田は自動車部二輪班で一緒にバイクをいじってる。

「だろ?ブレーキングが安心出来ると、走りも安定する。」

 石田はCBが好きでいつもピカピカだ。走るよりも整備やメンテが好きなヤツだ。走るのはいじった結果を試したいからだそうだ。分からなくもないが、走るのが役目の機械は走らせてやるのが幸せだろう。

 夏休みはソロツーリングに明け暮れた。関東甲信越から東海辺りを走り回った。一度石田を誘ったが、ツーリングと言うより、パーツショップ巡りになってしまった。


 夏休みが終わり二学期になると、ある上級生の女子が付きまとうようになった。

「御厨くん、例の話考えてくれた?」

 ハデな化粧、明る過ぎる色の髪、短すぎるスカート、緩め過ぎの襟元、制服なのに露出し過ぎだ。中学の時には清楚系で密かに憧れていた上級生だが、大変身してビッチ系になってしまった。彼氏がワイルド系の男子らしいが、こういうのが好みなんだろうか?

 同じ高校になったのはまったくの偶然だが、アッチは自分を追いかけて来たって思っているらしい。


「籍だけでも入れてくれないかなあ?(自動二輪研究会に)」

 まるで偽装で婚姻届を出してくれと言われているようにも聞こえる。

「その言い方やめてください。いいです。書きますよ、入部届け。」

 先輩は勝ち誇ったように、ニンマリと笑った。


 それ以来、ぱったりと彼女は来なくなったが、忘れた頃に現れた。春休み直前のことだ。

「春休みに文化祭展示のネタを仕入れてくれないかな?」

 なんで?

「自分でやって下さい。ユーレイ部員にゴーストライターさせるんですか?」

 卒業した彼氏とは相変わらず付き合ってるみたいで、春休みは忙しいそうだが、自分には自動二輪研究会が潰れようが関係ない。

「…そうだよね。わかった。」

 彼女は泣きそうな顔をしていたが、去っていった。


 春休みもツーリング三昧だった。伊豆半島のサクラや花畑が綺麗だった。スマホも写真でメモリーがいっぱいになった。ツーリングのことを誰かに話したい気もしたが、石田に話してもスグにバイクパーツの話になってしまうので、ちょっと残念だ。


 春休みが終わると二年生だ。入学式にはサクラは散り始めていた。その分サクラの花びらは春の雪の様に舞い、明るい日差しと相まって幻想的な光景を作り出していた。


 駐輪場で彼女に出会った時、それは鮮やかな色彩と、夢のようなぼんやりとした輪郭で描かれた一瞬の絵画だった。

「…ココはバイク大丈夫なんですか?」

 ほとんど白に近い薄いピンクの雲に乗る、濃紺の制服に身を包んだ悪魔のようだった。魂を奪うのは天使ではなく、悪魔なのだ。

「…アレ?聞こえなかったですか?」

 魂を奪ったことを自覚しているのか、イタズラっぽい微笑みはやはり小悪魔のそれだった。

「…あぁ、ウチの学校はバイク通学OKなんだ。部活もあるしね。」

 クスリと笑った。今度は天使みたいだった。

「…バイクの部活ってあるんですか?」

 それが吉野美佳との出会いだった。


「ありがとう、御厨くん。なんだか悪かったね。新入生まで勧誘して貰って。」

 例の先輩女子が決まり悪そうに言う。感謝するのはこちらですとは言わなかったが、実にありがたみを感じていた。

 文化祭の展示をすべて引き受け、壁一杯の模造紙を文字と、写真のプリントアウトと、地図などの図面で埋める作業は思ったほど苦痛ではなかった。むしろ、吉野さんに春休みのツーリング話を聞かせたくて、つい書き過ぎてしまうので字数が余って困るくらいだった。


「自動二輪研究会って、こんな活動をしているんですね。楽しそうだなぁ。」


 吉野さん研究会の展示について説明すると、興味津々で聞いてくれた。非常に嬉しい。苦労して書いただけのことはある。

「そうなんだよ。自動車部二輪班っていうのもあるんだけど、コチラはもっぱらバイクいじりや整備が主体で、むさい男所帯なんだ。」

 石田に文句を言われそうだが、事実なんだから仕方ない。

「私も機械いじりは好きですよ。もっとも専門は電子系ですけど。」

 へえ、変わってるな?でも工業高校に進学するくらいだから、相当好きなんだろうな。

「最近はバイクも電子系無しには成り立たないから、その方面の研究もアリじゃないかな?」

 そうですね、とつぶやくと吉野さんは言った。

「それじゃ、私の居場所もありそうですね。とりあえず、仮入部してもいいですか?」

 目の前がぱあっと明るくなった。天にも登るような気持ちとはこんな感じなのかもしれない。


「顧問の天崎です。化学科の実験を主に担当しています。よろしく。」

 クールな男の先生が顧問だった。二輪女子会と呼ばれる研究会だが、男子が参加してはいけない理由は無い。だが、例の上級生女子とその友達二人、二年生は男子の自分だけ、一年生は吉野さん一人という部員構成は世代間の断裂を生む。案の定、自分から仲良くするようなキャラでない吉野さんは浮いた存在となった。


「私には海外で研究者として生きていく夢がある。」

 と言っては同級生の友達も遠ざけているらしい。吉野さんは職員室では電気科を中心に話題となっていて、ネットから大学の研究室にパイプを作って学外研究者として参加しているそうだ。

 単に同世代との付き合い方が分からないだけのことだと思った。立ち位置が決まっていない、振る舞いが分からない集団でどうすればいいか知らないのだ。


「免許取りました。普通二輪、マニュアルOKなヤツです。バイクも決めました。ベスパです。」

 さして嬉しそうでもなく言うが、免許証の写真は正直だった。口元が緩んで写っている。喜びを抑えることが出来なかったのだ。

「じゃあ、早速ツーリングに行くか?先輩とか誘って。」

 ちょっと表情が曇った。

「公道に少し慣れておきたいんですけどね。」

 そうだな、近場で慣れておきたいかもしれないな。

「じゃあ急だけど今日とか、その辺流してみる?」

 ぱっと表情が明るくなったと見えたのは、気のせいかな。

「よろしくお願いします。」


 しかしその後、吉野さんもバイトを始めたようで、あまりちょくちょくは一緒にバイクに乗れなくなった。特に夏休みは吉野さんは大学の研究室に入り浸りになっていたのでまったく会う機会が無かった。


 それでも、研究室が休みだというお盆休みに半ば無理矢理約束をして、花火大会に連れ出した。浴衣を着て来た吉野さんは、反則だった。髪も上げて、綺麗なうなじが色っぽい。

「クラスとかの男子は誘ってこないの?」

 少しむくれたようだ。

「男の人は嫌いです。」

 そうなんだ。

「ココにも一人男子がいるけど。」

 吉野さんは少しうつむいた。

「御厨先輩は特別です。」

 あ、なんか嬉しい。

「カオが女の子みたいですから。」

 あ、凄い悔しい!

「…ごめんなさい、ウソです。御厨先輩は学校に居場所を作ってくれたから、特別なんです。」

 少し安心した。

「頑張って羽ばたこうとする鳥にも、一本くらいは羽根を休める宿り木が無いと困るだろう?」

 吉野さんはにっこりと笑った。

「ありがとうございます。」

 その時、ドドンと空が震えて、光の華が咲き始めた。嬉しそうに空を見上げる吉野さんの横顔は、色とりどりの表情を見せて、目が離せなかった。


 秋には先輩達は引退してしまい、自動二輪研究会は吉野さんと二人だけの会になってしまった。お互いバイトや研究で忙しかったけれども、週に一度は研究会の会合で顔を合わせていた。


 冬休み、初詣で近くの神社にお参りした。振る舞い酒や、お汁粉、甘酒が配られていた。

「甘酒は苦手?じゃホットミルクティーは?」

「大丈夫です。」

 飲めるモノがあってほっとした。

「何をお祈りしたの?」

「もちろん、夢が叶うようにです。」

 ブレないな。こっちは『もっと仲良くなれますように。』なんてお願いしたのに。

「先輩はなんてお祈りしたんですか?」

 ちょっとイタズラっぽい目がじっと見る。なんだか、見透かされているみたいだった。

「それは…そう、部長として自二研を盛り上げられるようにって…。」

 ふぅん、って顔は信じてない。


 いつの間にか、春がもうそこまで来ていた。桜のつぼみがだんだん大きくなってきている。

「もうすぐ一年なんですね。」

 吉野さんがポツリと言った。さっき卒業式が終わった。自二研部長の先輩はケバいお化粧を卒業したのか、清楚だけど昔憧れた頃とは違う大人の女性になって学舎を巣立っていった。

「?なに?」

「…いえ。」

「…あと一年なんだな。」

「?なんですか?」

「…いや…。」

 つぼみは膨らんで、咲いて、散る。咲いたらいいな。咲かせたい。

「吉野さん、この後時間ある?」

 きょとんとした彼女の表情から、あまり期待しない方がいいと告げられた気がした。


「吉野さんが好きなんだ!付き合ってくれないか?」

「…ごめんなさい。」

 吉野さんは、ペコリとお辞儀をした。あっという間だった。桜散る。咲いた瞬間に散った感じだった。

 せっかくだからと勇気を出して屋上に連れて来たのだが、残念な場所になってしまった。きっともう二度と屋上に来れないだろう。


「私には夢があります。科学者になって好きな電子系の実験に没頭したい。そのために今出来ることに集中しています。」

「だから、異性としてお付き合いはできません。ごめんなさい。」

 それは分かっていた。なんとなく、そんな気がした。


「でも、御厨先輩と過ごすのは凄く楽しいです。…友達じゃダメですか?」

 それはアリなのか?俺にとっては?

「…わかった。友達でいよう。」

 もしかしたらこの先チャンスが回って来るかもしれない。

 吉野さんは右手を差し出した。

「では、握手です。」

 俺は彼女の手を握った。冷たい手だった。屋上は寒かったかな。可哀想なことをした。彼女のために持ってきたミルクティーを渡した。

「ありがとう、ミクリン!」

 ミクリン?

「コレで契約は成立ね。私とアナタは友達同士、対等な人間関係よ。もちろん、学校ではアナタは上級生だから、失礼なことはしない。でも、二人の時にはタメ口もきくし、ワガママも言うわ。対等だから、聞く聞かないはアナタの自由よ。」

 え~と、どちら様でしたっけ?

「私はミカリン!アナタの一番の友達よ!これからもよろしくね。」

 吉野さんはそれだけ言うと、階段を駆け下りて行った。


 駐輪場の片隅にベスパが止まっている。女の子が走って来て、シートに座ると一息いれて、息を整えている。

「…はぁ、びっくりした…。」

 持ってきたミルクティーで渇いたノドを潤すと、ほうっと息をついた。走って来たからだろうか顔が赤いように見える。

「…どうしよう。」

 女の子はしばらく固まっていたが、意を決したようにヘルメットをかぶり、エンジンを掛けた。そして、ふふっと笑うとペットボトルをポケットにねじ込んで走り去った。


 好きな子に告白して失恋した。今日は失恋ツーリングだ。最初の目的は文化祭のネタ集めだったのに。本当は二人で来たかったけど、大学の研究室に行くと言うから、それ以上は言えなかった。吉野さんもネタを集めて来るって言ったけど、どんなネタなんだろう?

 今日は早めに出発して、写真も動画も随分集まった。ホクホクして道の駅で休憩中のことだ。


 あの子、スキだらけだな。髪の長いスラリとした女の子だった。なにが嬉しいのか、目をキラキラさせてアッチの風景、コッチの景色を眺めている。


「おい、オンナが一人でブラブラしてるぜ?ちょっと教育が必要だな。」

 ガラの悪い男が数人、女の子に近づいて行った。スマホを取り出して富士山を撮り始めた女の子になにか声をかけた。明らかに嫌がっている女の子を放ってはおけなかった。しょうがないな。

「すみません!通して下さい!」

 恋の第二幕の幕開けはその一声が最初の合図だった。


 本編に続く

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