ナイトメアバスターズ!~近代未来の夢魔殺し~

秋田川緑

第一章

case:01 赤井・夜シル(高校生 西暦2081年生まれ 17歳)

第1話 2090’s ロックンロール・ボーイズ

 2090年代初頭に出現した謎の奇病、『眠り病』の被害は、少しずつ広がりを見せていた。


 この病気は睡眠時に発症し、眠っている状態から起きることが出来なくなると言うものだ。

 生命維持などの処置を施しても、数日後には死に至ってしまうと言う、恐怖のやまいである。


 ウイルス、寄生虫等は見つからず、原因は一切不明。

 人から人に感染したと思われるケースもあれば、突然に発症したケースもあり、パニックを恐れた病院関係者及び日本政府は、この病気を秘匿し、密かに解決策を探し求めていた。


 ……だが、原因は肉体とは別のところにあったのだ。


 進み過ぎた科学技術。

 旧世紀に撃退したはずの怪異。


 そして、眠り病の出現から数年の時が流れ……


――――――――――


「ロックン・ロール!」


 U県立上星かみぼし東高校、校門。

 突如として響き渡ったエレキギターの轟音に、人々は何事が起きたのかと注意を向けた。


 2098年、冬休み明けの初日、下校時刻のことである。


「う、うるせー! 何だ! 誰だ!」

「またあの一年だぞ! だ!」

「誰か先生呼んで来い!」


 非難を一斉に浴びる少年、赤井あかいシルだったが、彼はそんなことは気にもせずに、激しく高鳴る鼓動を表現しようと手に持った楽器をかき鳴らす。


 ちらりと目をやると、隠れてキャーキャーと歓声を上げている女子生徒が見えた。


 ――良いぞ! ノってきた!


 夜シルはそう思うと足でリズムを取って、さらに過激にギターをかき鳴らす。

 教師を呼びに走った生徒も見えたが、構うもんかと夜シルは思った。


 本当なら、始業式の最中に敢行するはずだった演奏なのだ。

 それは事前に察知した仲間に止められてしまったのだけれど、だからこそ、この演奏を止めるつもりはない。


 フレット、弦。

 抑える場所を次々に変え、少年は愛と自由を歌った。

 だが、その夜シルの歌を遮るかのように叫ばれる声がある。


「夜シル! やべーぞ、先公だ! もう、すぐそこまで来てる!」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた夜シルの仲間だ。


「かまうもんかよ! お前も歌おうぜ! 俺たちのロックを聴かせてやるんだ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないって! また停学食らわせるって言ってるんだぜ! とっとと逃げるぞ!」


 夜シルに危機を知らせに来たのは、夜シルの悪友、白村しろむらヒト。

 二人の名字を合わせて、上星東高校の『赤白あかしろコンビ』なんて呼ばれている問題児二人組の、である。


 ともあれ、停学となればボサっともしていられない。

 夜シルと遊ヒトは慌てて携帯型の小型発電機とギターアンプを持ち上げると、走り出した。


――――――――――


 二人は河原まで逃げ切ると、そこらに放置されている巨大な廃材達の影に隠れ、息を整える。


「全く、無茶しやがるな。ゲリラライブのつもりか? もう少し考えろ」

「考えろったって、何をだよ」

「色々あるだろ? まったく、ここまで来れば安心だけどさ」

「はい、残念!」


 振り返った先には、同じ高校の制服を来た女子がいる。

 二人の仲間、木村きむらユリだ。


「な、なんだ、木村か。心臓止まるかと思ったじゃん!」

「えっへへ」


 本気でびっくりしたと二人は怒るが、玖ユリはにっこりと笑った。


「まったく、無茶するよねぇ、夜シルは。あれって、ゲリラライブ?」

「くくく、あはははは!」

「なに笑ってんの?」

「今さっき、遊ヒトにも同じこと言われてたんだよ」

「ふーん?」


 玖ユリは左右に二つ結びの髪型をしている、言うなれば可愛い系の女子だ。

 背は標準。

 胸はそれなりで、お尻は小さい。


 だが、見た目からは想像できないような側面を、二人は知っている。


「まぁ、あれはあれでロックだとは思うよ? 反抗精神あって、良いんじゃない?」

「だろ? 木村もそう思うよな」

「木村。あんまり夜シルを調子に乗らせるなよ。こいつ、後先考えないんだから」


 遊ヒトはそうは言うが、その言葉は夜シルにとって、まるでお笑いだった。


「お前がそれ言うか? 棚に上げてんなよ」

「何がだよ」

「一番後先考えないで怒られたのは、お前のメールの件じゃないか」

「……あれはあれでクールだったろ?」


 メールの件と言うのは、去年の秋のことだ。

 なんとかしてロックが好きな仲間を集めようとしていたのだが思うようにいかず、何か作戦を立てなければと思案していたところ、遊ヒトが大量のメールアドレスを入手して来たのである。


『何だよ、これ。どうするんだよ?』

『これは全校生徒のアドレスだ。そして何をやるかなんて、決まってんだろ? 勧誘だよ!』


 遊ヒトは一斉にダイレクトメールを送りつけた。


『最強の音楽、ロックンロール! 来たれ愛好家! 同士、バンドメンバー募集中! 詳しい話は1年B組の白村か赤井まで!』


 ロックの音楽データ&百年前のライブ映像付き。

 あて先は漏れなく全校生徒である。


 そして、これがいけなかった。


 2090年代の今となっては、ほぼほぼ放送禁止用語となっている言語の数々が、メッセージを開いた生徒たちの端末から再生され、ロックの騒がしいメロディが学校中に流れだしたのだ。

 メールに名前が載っていた夜シルと遊ヒトはすぐに捕縛され、かつてないほど、こってりと絞られることになったのである。


 ゲリラライブなんかより、全校生徒のメールアドレス流出が問題視されて警察沙汰になりかけたことの方が、数段酷いと夜シルは思った。


 思いついたことをすぐさま行動に移すのが夜シルならば、作戦を立てて、より一層、過激なことをするのが、この白村・遊ヒトなのである。


 問題沙汰になるのを嫌った学校側が厳重注意と自宅謹慎で済ませてくれたのは、幸運以外の何物でもないだろう。


 思い出した夜シルは、やはり自分より遊ヒトの方がずっと酷いと思い、言った。


「あのやり方のどこがクールだって?」

「やり方が知的だったろ?」

「考えて過激にしてたら、世話ねぇぜ!」

「やめなよ、喧嘩は」


 玖ユリがニヤニヤと笑う。


「仲良くしなよ、二人は組んでこそでしょ? 個人プレイだと、失敗しかしないんだから。行動力全開の夜シルに、知的に作戦立ててサポートする遊ヒト。上星東高校の、でこぼこ赤白コンビ。最強じゃない?」


 そう言われれば悪い気はしない。

 玖ユリは今度は意味ありげに笑って、スカートの裾を指で摘まんだ。


「ねぇ、それよりもさ。二人とも、今日もでしょ? 


 周囲に他の人影はない。

 スカートの裾は少しだけ持ち上げり、太ももがちらりと覗く。


 この少女、可愛いだけじゃありゃしない。

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