第30話

 みさきの作ってくれたクラブハウスサンドを食べながら計画を練った。


「大野の娘を確保できたらすぐに連絡を入れます。成田さんとみさきさんは瑞穂ふ頭の倉庫に行って大野を助け出して下さい。ただ倉庫に見張りが居ると危ないので事前に警備会社に事情を話して警備員と一緒に向かってください」

「警察の方がいいんじゃないのか?」

「警察は緊急時にはサイレンを鳴らして向かいます。もし誰かが居た場合、相手に気付かれる恐れがあります。それに倉庫の鍵を開けるのに警備員が必要です」

「そうだな。俺の番号を教える」


 成田と携帯番号を交換した。


「念のため私の番号も教えておきます」


 みさきの言葉に他意はないだろうが数年ぶりに俺の携帯電話に女性の番号が登録された。


「どういう状況か予測がつかないので会話ができないことも考えられます。私の携帯電話からワン切りが入ったらGOサインだと考えてすぐに動いてもらえますか?」

「わかった」


 成田が緊張しているのがわかった。


「お二人とも、ご協力に感謝します。私一人では厳しかった」

「真山さんこそ気をつけてください。ご無事を祈っています」


 みさきが言った。俺は礼を言って店を出た。梅島からはまだ連絡が無い。天野はまだ動いていないようだ。横浜港から潮の香りが漂ってきた。昨日の昼から寝ていなかったが気力は充実していた。今夜ですべて決着をつける。


 パソコンを持ち出して車に乗り込み新宿に向かったのは20時半過ぎだった。カーナビを見ると首都高速はところどころ渋滞していた。入谷から入ると渋滞している銀座を経由することになる。両国橋ジャンクションはまだ渋滞していない。俺は向島から首都高速6号線に入り箱崎経由で新宿へと向かった。


 千尋と大野が無事で居ることを祈りながら事故や違反を起こさないように慎重に運転をする。天野は動かないのだろうか?この時間になっても梅島から連絡がないことが気がかりだった。


 首都高速4号線の幡ヶ谷で事故があり新宿出口まで渋滞していると案内が出ていた。約束の時間まではまだ充分に時間があったが事故処理が長引くことを考えると首都高速を降りて一般道で向かった方が対応しやすい。外苑出口で首都高速を出て新宿通りから御苑トンネルを抜けるルートを取った。


 普段タクシーで走り慣れている道路を自家用車で走るのは不思議な気分だった。御苑トンネルの入り口から南口辺りまで渋滞が起きていた。四谷四丁目を右折して靖国通りから西新宿へ抜けるルートに変える。夕方近くは渋滞の激しいルートだがこの時間になると流れは良いはずだった。


 歌舞伎町周辺の靖国通り沿いには早くも付け待ちのタクシーが行列をなしている。これだけ付けているということは今夜も客が少ないことを意味していた。顔見知りのドライバーを何人も見かけたが自家用車に乗っている俺に気付く者は居なかった。すれ違う車のドライバーより客を探すのに必死なのだから当たり前だ。


 約束の時間の20分前に新宿中央公園に到着した。北側で車を止めて梅島に電話を入れてみたが出ない。不安が大きくなってくる。引き返すことはできない、ここまで来たらやるしかなかった。成田に電話を入れるとすぐに出た。


「真山です。新宿に到着しました。これから郷田と会います」

「わかった。こちらは準備万端だ。大栄警備保障には事情を話して協力を取り付けた。警備員2名が我々と一緒に向かってくれることになっている」

「ありがとうございます」

「みさきが着替えや水を用意した。君の同期を助け出したらすぐに救急車を手配して病院へ運ぶと言っている。構わないか?」

「構いません。よろしくお願いします」

「くれぐれも気を付けろよ」

「そちらも」


 俺は安心して電話を切った。大野の監禁のことを考えて着替えや水を用意し、騒ぎ立てないように救急車を最初から待機させない心遣いは、みさきの頭の良さを物語っている。成田の手配も適切だった。


 心強い仲間だ。仲間?仲間か。俺の心は満たされていた。


 新宿中央公園の周囲をゆっくりと回ってみたが県外から入ってきた長距離トラックと休憩中のタクシー以外に不審な車は止まっていなかった。郷田は車を使っていないのか?俺は郷田に指定された公衆便所の近くに車を止めた。


 21時55分。俺はパソコンを持って車を降り新宿中央公園へ入って行った。

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