第28話

 成田が怪訝そうに見ている。天野に先を越された。俺は梅島に電話をかけた。


「もしもし」

「梅島さん、返事に気をつけて答えてください。今日、所長は出てきていますか?」


 梅島が機転を利かせてくれるのを祈る。


「どうもいつもお世話になります。今日は一日会社に居る予定ですよ」


 天野は会社に居る――。


「郷田はどうですか?」

「そちらの方はまだ継続中でして。大変申し訳ございません」


 郷田は会社に来ていない。千尋に電話をして会っているのは恐らく郷田だ。天野の指示で動いているに違いない。俺は成田と会っていること、所長が黒幕で映像を元に成田を脅迫していることを手短に話した。


 沈黙が続いた。梅島の怒りが顔に出ていないといいが――、大きなため息が聞こえてきた。


「そうですか、わかりました。ご連絡ありがとうございました」

「大野の娘が郷田に捕まったと思われます。所長も動くかもしれません。所長が外出したら一報もらえますか?梅島さん、大野の娘を助けるのが最優先です。今は堪えてください」

「かしこまりました。失礼いたします」


 梅島のあの様子だと怒りを爆発させる寸前だろう。梅島が一旦怒り出すと手がつけられない。心配そうに見ている成田に言った。


「恐らく大野の娘が郷田に捕まりました。今、話していたのは梅島課長で天野の下で働いています。これからどう動くかはまだ決めていませんが、天野はもう終わりです。脅迫していたことが明るみになればあなたの浮気も隠してはおけません」

「勘弁してくれ」


 成田が打ちひしがれたように言った。俺はいつしかこの男に気の毒な感情を持つようになっていたが、今、優先すべきは何としても千尋を無事に助けることだった。しかし千尋が郷田に捕まった以上、郷田から接触が無ければ動きようがない。今出来ることを少しでもやって郷田からの接触に備える必要がある。


「大野は芝浦に行く前に瑞穂ふ頭に行き、そこで一時間ほど停車しています。瑞穂ふ頭は在日米軍の敷地じゃないのですか?」

「そうだ。だが一部は返還されている」

「民間人も入れるがエリアは限られているということですね?」

「そうだ」

「その一部のエリアに倉庫やコンテナはありますか?」

「コンテナは置いてないと思うが――、確か古い倉庫があったはずだ」

「成田さん、港湾関係に伝はありますか?」

「ある。何をすればいい?」

「倉庫の管理会社を確認できますか?」

「ちょっと待ってくれ」


 成田はすぐに電話をかけた。


「管理会社は大栄倉庫だ、警備も兼ねている」

「大栄警備保障ですか?」


成田が相手に確認をする。


「そうだ、間違いない」


 郷田がうちに入る前に勤めていた警備会社だ。偶然ではない。大野は生きているかもしれない。わずかな希望が出てきたがまだ予断は許さなかった。千尋が捕まっている今、ここで動いていいだろうか。


「大野は恐らくその倉庫に監禁されています。その警備会社は以前、郷田が勤めていた会社です」

「なんてことだ。すぐに助けを向かわせよう」

「待ってください。大野の娘が郷田と一緒に居ると思われます。下手に動くと危害を加えられるかもしれません」

「どうするんだ?」

「待つしかありません。必ず郷田から連絡が来ます。天野も必ず動くと思われます」

「ずいぶん冷静なんだな」


 俺は反論しようと口を開きかけたがテーブルの上の携帯電話が振動してその場の空気を一変させた。


 画面には千尋の番号が表示されている。俺はテーブルのメニューの裏に隠してあったボイスレコーダーを取り出した。成田が目を丸くして睨みつけてきた。


 ボイスレコーダーのマイクジャックと携帯電話のイヤホンジャックそれぞれに二股のジャックを差し込みイヤホンを耳に取り付け電話に出た。口に指を当てて成田を静かにさせると店内のジャズが止んだ。カウンターの中でみさきがこちらを見て頷いている。


「もしもし?」

「真山さんかい?」


 悪意に満ちた男の声が聞こえてきた。

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