第12話

 俺は千尋にどこまで報告するかを考えた。郵便物と吸い殻の件は限りなく黒に近いが断定はできなかった。だがカードの件はどう考えても俺の腑に落ちなかった。仮に機械の故障だとしてもタイミングが良すぎる。


 もし大野が何らかの犯罪に巻き込まれているのなら肉親の千尋に危害が及ぶ可能性は少なからずあったし、大野のアパートで千尋の姿も見られているはずだ。俺は千尋にこれまでの全てを報告することを決めた。


「もしもし?」

「真山だ。すまんな、夜遅くに」

「大丈夫です。何かわかったんですか?」


 俺は千尋に梅島から聞いたことまで全ての事実を話した。

 暫くの沈黙が続いた。中学生の千尋にとっては相当な重荷に違いない。


「父は無事なんでしょうか?」


 いま俺が一番答えにくいことを聞いてきた。俺の話を聞いて自分の身を案ずるよりも父親のことを心配する千尋の思いに答えた。


「事実はいま話した通りだ。俺の考えなら聞かせることは出来るがそれは俺の推測に過ぎない」

「真山さんの推測を聞かせてください」

「その前に半年前に何があったか教えてもらえるか?」


 俺は大野が妻に先立たれた後、まだ当時小学生だった娘のことを不憫ふびんでしかたがないと話していたのを思い出していた。研修中にはスマホで撮った千尋の写真を見せたり、千尋が大野に向けて書いた手紙を見せてくれたりした。千尋の手紙にはいつも最後に「お父さん大好き」と書かれていたのを皆で冷やかしたりした。そんなとき大野はいつも嬉しそうに笑っていた。そんな大野が一人娘の千尋と別々に暮らすことになった原因を知りたかった。


 少しの沈黙のあと千尋は言った。


「父がひどく落ち込んで帰ってきた日がありました。はっきりと話してはくれませんでしたが、お客さんとトラブルがあって顛末書てんまつしょを書かされた。クビになるかもしれない。って言っていました。それから暫くして突然お祖母ちゃんの家に行きなさいって父が言ったんです」


 顛末書を書かされるほどのトラブルなら映像記録を確認したに違いない。大野はその時カードの存在を知ったはずだ。梅島が言っていたクレームもこのことに違いない。


「そうか。その客とのトラブルが失踪の直接の原因になっているかどうかはわからないが、大野の生活が変わるきっかけになったのは間違いないと思う。大野の書き置きはこうなることを予期して残したものだ。君をお祖母ちゃんに預けたのは君を巻き込みたくなかったからだと思う」

「お父さんは自分から失踪したんでしょうか?」

「書き置きにはなんて書いてあった?」

「帰らないかもしれない、真山さんに連絡……。」

「そうだ。大野は自分が居なくなったら探して欲しかった。そのために元探偵の俺に連絡をしろと書き置きを残した。自分の意思で失踪するものは探してほしいとは考えない」

「じゃあお父さんは誰かに?」

「はっきりとはわからないが可能性は高い。そうだ、大野のパソコンにパスワードが設定されていて開くことができなかった。心当たりはあるか?」

「パスワードですか?」


 千尋は自分の誕生日や母の誕生日などを教えてくれた。俺はメモを取って、試してみると言った。


「それとな、会社が君に捜索願いを出してほしいと言っている」

「捜索願い……。」


 父の失踪がいま現実になったかのような悲痛な声だった。


「真山さん、警察に一緒に行ってくれませんか?」

「悪いが俺はまだ警察には関わりたくない。もう少し調べてみたいことがある。明日、大野の営業所に行く用事があるから警察までは送ろう。学校は何時に終わるんだ?」

「ありがとうございます。夕方5時頃には新宿に行けると思います」

「JRだったな。東口の交番の前で落ち合って打ち合わせをしよう」

「はい」

「大野のアパートで君を見られた可能性がある。脅かす訳ではないが注意するんだぞ」

「わたし足は速いんですよ」

「そういうことじゃ――。」

「わかってますよ。何かあったら探偵さんに助けてもらいます。おやすみなさい!」


 俺に何も言わせないかのように電話が切れた。千尋の笑顔が目に浮かんだ。俺は大野を見つけることが出来るだろうか?千尋を守ることは出来るだろうか?考えても仕方がなかった。久しぶりに他人から頼られている。なかなかいいものだった。

 ようやくビールを飲める、そう考えながら俺はそのままベッドに倒れこんだ。

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