第2話

「聞いたか?新宿営業所で行方不明になった奴が居るってよ」


 今日の出庫の時だ。昨晩の仕事を終えて納金をしている乗務員達が話をしていた。乗務員の行方不明はそんなに大騒ぎするほどのことじゃない。年に数名は会社に出てこなくなりそのまま行方知れずになる。事情は様々だが金や病気が主な原因だ。


「乗務中に車を放置して消えたらしいぞ」

「よっぼど売上が悪くて逃げたか?」

「でかいの引いて売上持って逃げたんじゃないか?」

「せいぜい数万円だろ、そんなので逃げるかよ」


 様々な勝手な憶測が飛び交う。俺はさして興味が湧かなかったが、乗務中に車を置きっぱなしで消えたということが気にかかった。ある日突然出社しなくなる者は見てきたが乗務中に居なくなるケースはそう多くない。どのみち詳しい事情は乗務員たちには知らされない。俺は話には加わらずそのまま点呼を済ませて出庫した。それがまさか大野のことだったとは……。


 大野とは一周りほど歳が離れているが同期だった。2011年の初夏の頃、俺たちは品川に本社のあるタクシー会社に就職した。大野は工場勤めを辞めてタクシーの道を選んだと話していたが、選んだのではないことは同時期に入った皆が分かっていた。他に選択肢がなかったからこの仕事に就いたのだ。


 大野と俺は自宅からの通勤の関係で別々の営業所に配属された。密に連絡を取ることは無かったが、歌舞伎町を営業場所としていた俺たちは休憩ポイントで会う事があった。西武新宿駅の脇や、職安通りの路上辺りで千鳥足のカモに眼を光らせて立っている外国人の女達の不健康な身体を眺めながら、いくら売り上げただの、でかい当たりがあっただの、毎度同じ話題を繰り返しタバコを吸い終わると諦めたようにまたハンドルを握るのだった。5年が過ぎ、大野も俺もいつしかタクシー運転手に独特の世の中に希望を持てなくなった眼をしていた。


「真山さん、これからお会いできませんか?」


 大野の娘は切羽詰まった声でそう言った。

 確か大野の家は新宿にあったはずだ。俺の家は足立区にある。営業所は上野だ。仕事を終えると新宿まで出向くのは面倒だった。新宿区内なら今居る場所からそう遠くはないだろう。かと言ってこんな夜中に、まして仕事中にそんな行動をとるのは考え物だった。俺が逡巡しゅんじゅんしていると大野の娘は言った。


「会社から連絡があって父の家に来てみたら書き置きがあったんです」


 父の家?と疑問に思ったが今はこれ以上混乱したくなかった。


「なんて書いてあったんだ?」

「それが……。帰れないかもしれない。真山さんに連絡しろって、それだけ書いてあって。真山さんの電話番号と。だから……。」

「それで俺に電話をしてきたのか」


 状況はまるで見えてこなかったが同期の失踪とそこに俺の名前が出てきたことに背を向けることはできなかった。

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