子供のように純粋で

赤い糸

「湖夏くん」

「はい」

「運命の赤い糸って、なんで赤なの?」


 弁当箱の蓋についた糸唐辛子をはがして酢豚の上に戻してたら、急にそんなことが気になったので、頭の良い彼氏に聞いてみた。

 たったそれだけのことなのに、きみはすぐにそうやって重たい顔をする。私はランチのお供に軽い雑談を楽しみたいだけなのに。


「ええと、知らないです。ごめんなさい」

「じゃあ、なんでだと思う?」


 本当はどうかなんて、初めからどうでもいいんだ。私は湖夏くんが賢そうに喋るのが見たいだけ。


「そうですね……間違っているかもしれませんから、真に受けないでくださいね」

「オッケーオッケー。放課後、一緒に答え合わせしよっか」

「はい」


 自然なカタチで次の予定をねじ込みつつ、スパコンモードの湖夏くんを眺める。

 なにか深く考え込むとき、湖夏くんは決まって顎に手を当てる。目は閉じるか、一点を見つめるか。考える人にそっくりだね、って言ったらきょとんとしてた。たぶん、頭の中で考えてること以外はほんとにシャットアウトしてるんだと思う。凄まじい集中力はアスペルガーの特徴のひとつ。私にもその技能があれば、黒板を見てるふりして脳内で湖夏くんを愛でられるのに。


「激しく燃え上がる炎の色……いえ、違いますかね」

「それっぽいなーと思ったけど違うの? なんでなんで?」

「恋に焦がれるなど、炎と感情を結びつけた表現はいくつもあるので、関連があるかと思いましたが、運命とは衝動的なものではなく、こう……切っても切れない、生涯を通じて感じられるものだと思うんです。いずれ灰と化す炎では、墓場まで共にするイメージにそぐわないかと」

「火はいつか消えるけど、運命の糸はずっと消えないってこと?」

「そうですね。目に見えなくても、そこに在り続けるものだと思います」


 湖夏くんは再び考える人のポーズを取る。普段の湖夏くんは笑顔か微笑みか愛想笑いが9割だから、ついつい漫画の弱気なヒロインに重ねてしまうけど、キリッと引き締まった顔もいい。持ち前の童顔と知的でクールなかっこよさがとてもいい塩梅だ。弟にしたい。

 顎に当てた手に視線が吸い寄せられる。その薬指に、赤い糸は繋がっているだろうか。あるかないかだけわかればいい。もしそこに糸があるなら、それは私と繋がってるに決まってるんだから。


「色がついてるなら目に見えればいいのにね」

「えっ? あ、は、はい。確かに、形容矛盾……いえ、撞着語法ですかね」

「おっとっと、考えるの邪魔しちゃった? ごめんごめん」

「いえ、大丈夫です」


 相変わらず、難しい言葉はさっぱりわからない。湖夏くん曰く、『難しい』と思った瞬間に、『難しいからわかんなくても仕方ないよねー』ってとこまで脳みそは考えてて、それで勝手に諦めちゃうらしい。

 けどまあ、別にいいよね。頭を使うのは湖夏くんに任せた。私はそれを見る係。


「あ、あの……」


 湖夏くんは顎に手を当てたまま、視線を下に向け頬を赤らめている。


「そんなに見つめないでください……は、恥ずかしいので……」


 普通にしてると、やっぱり可愛さが勝つ。そりゃあメイド服も似合っちゃうわけだ。

 ちなみに、あの後江南ちゃんが描いて送ってくれた湖夏くんメイドバージョンのイラストについては、あらかじめ湖夏くんに了承を取っている。『あの時の発言は場を和ませるための冗談だったから見逃すけど、嫌がってるのに無理に押しつけるのはとてもよくないことだよ』って江南ちゃんに念を押された。現実と文章のギャップがすごいのは置いといて、ああいうのって気をつけてるつもりでもつい出ちゃうものらしくて、結構本気でへこんだ。言われるまで気付かなかったから余計に。反省してる。

 なお、当の湖夏くんには、『彼女さん喜ぶと思うけどなー』でごり押したらしい。それで湖夏くんが納得したなら、私から言うことはなにもない。絵のクオリティすごかったし。


「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「しゅ、集中できないんですけど……」

「その顔イイねーもう一枚いってみよう! いいねー最高だねー!」


 両手の親指と人差し指で四角を作って、心のファインダーでパシャパシャ連写。ううん、画になるなあ。


「その辺にしときなさい、神楽坂さん。祠堂さんも」


 私の後ろに、国語の先生が立っていた。いつの間に。


「は、はははいっ!! ごめんなさい!!」


 湖夏くんは私と喋るときはわりと普通だけど、誰かと初めて喋るときとか、急に話しかけられたときとかはいつもこんな感じだ。相手が何を言いたいのか、自分は何を言うべきか、混乱しちゃうんだって。ズレたこと言っても馬鹿にしたりしない、って安心できる人とじゃないと、落ち着いて話せないらしい。

 だから、親以外でこんなにスムーズに喋れるのは私くらいなんだって。


「センセー、私らの優雅なランチタイムを邪魔しないでよ」

「ごめんなさいね。でも、早く食べないと終わっちゃうわよ、ランチタイム」


 時計を見ると、あと5分足らずで昼休みが終わる。最近気付いたけど、好きな人といると、時間が経つのがとても早い。会う時間が長ければ長いほど、もっと一緒にって思ってしまう。

 真面目な彼氏は青い顔をして、小さな口で大きな一口を頬張る。いやだなあ。お昼ご飯っていうのは、もっとこう、楽しくなくちゃ。


「焦らなくても大丈夫よ湖夏くん。授業中に食べちゃダメなんてルールはないわ」

「あります! まったくもう……祠堂さん、彼女をよろしくね」


 湖夏くんはとんとんと胸を叩く。話を振られたのに驚いて、喉につかえたらしい。


「よろしくっていうのは、一生面倒見てやれって意味?」

「そうねえ、解釈は任せるわ」

「だってさ、湖夏くん」


 苦しそうな彼の頭を撫でると、ぱあっと笑顔の花が咲く。つられて私も。

 この幸せな時間があれば、難しい授業もお腹の音も気にならない。嘘ついた。やっぱりお腹は空く。次からはちゃんと食べながら話そうっと。

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