人を見て 己を省みて

 私の一番好きな教科。すなわちお昼休み。

 ママのお弁当は野菜多めで栄養バランスばっちりなのが嬉しい。美容と健康は切っても切れない関係にあるからね。その辺ちゃーんとわかってくれてる。

 特に約束はしていなかったけれど、私と湖夏くんと帆楼ちゃんは自然と集まった。一緒にご飯を食べるのが当たり前のような気がした。


「食べ物にはとても気を遣っています。調理から時間が経っているので衛生面は特に気になりますが、食べないわけにもいきませんからね」


 帆楼ちゃんはちょうどお弁当箱が入りそうなサイズのクーラーボックスと、新しい手袋を取り出した。食事用ってことかな?


「雑菌の繁殖を避けたいので、汁気が多いものは入れないようにしてもらっています。どうしても食べられない時には、ブロック状の栄養食品やチアパックのゼリーで凌ぐこともありますね」

「なるほど、既製品なら賞味期限が明記されていますね」

「そうなんです! 個包装は正義です!」


 湖夏くんはとても興味津々なご様子。帆楼ちゃんも嬉しそうだ。湖夏くんの彼女としては、ちょっと複雑。

 そして、水筒ではなくペットボトル……それも500のやつじゃなくて、冬にあったかーいでよく見る小さいヤツを取り出した。

 ちらっと見せてくれた鞄の中に、お菓子みたいなパッケージと同じサイズのペットボトルが何本も。


「こだわるねえ。飲み物は?」

「一度でも口をつけると菌が増え始めますから、一回で飲みきるようにして、その分たくさん用意しています。容器を分けておくとそれぞれに別の飲み物を入れられるので便利ですよ。ぜひ皆さんにオススメしたいですね」

「ストレートティーとレモンティーとミルクティーを気分で選べるってことね」

「濃いめと薄めとお水の3通りで、掛け合わせて9つのフレーバーが楽しめますね!」

「いやここはツッコむとこでしょ! ていうか水ってなによ! ミルク薄めて何がしたいの!」


 思ってたよりノリがいいなこの子。湖夏くんは一人が好きなタイプだけど、人によって結構違うもんだ。

 ……いや。当たり前か。性別も持ってるものも違う……ううん。例え同じものを持ってたとしても、性格までみんな同じになるわけじゃない。


 上品な箸捌きで冷たいお弁当を食べる帆楼ちゃん。どんなおかずの時も右から左に順番に食べる湖夏くん。

 お弁当ひとつとっても、個性がハッキリ出るもんだ。


 私は? と、思った。

 お弁当の食べ方に、こだわりなんてあったっけ。他のみんなは?

 ぐるりと一周、教室を見渡してみる。なんてことのない普通の風景だ。


 普通の風景に、二人のような強い個性が紛れ込んでいる。

 それが目障りだと感じる人も、もしかしたら、いるのだろうか。


「万華鏡さん?」

「ん、なんでもない。蜂の音が聞こえた気がしたけど、気のせいだったわ」

「虫は怖いです。毒もあるし病気も運んできます」


 考えても仕方ないことだってある。『なんとなくイヤだ』って感じる気持ちまで矯正はできない。

 何も言ってこないなら、それはいないのと変わらない。見えない敵を自分で作る必要なんてないんだ。ただでさえ大変なんだから。


「ところで、小泉さんは何故この学校へ?」

「はい。父の仕事の都合で、よく転勤するんです。また数ヶ月したら次の学校に移るかもしれません」

「いえ、ええと……質問の仕方が悪かったですね、ごめんなさい」

「はい?」


 湖夏くんは湖夏くんで、いつものように、なにか難しいことを考えているみたいだ。


「例えば、通信制の高校に通うという選択肢もあると思うんです。椅子に座ることにも抵抗があるというお話だったので、気になってしまって、すみません」


 すぐに謝る悪い癖。いや、悪いって言い方はどうなんだ。誰かに迷惑かけてるわけじゃないし。

 ……なんか、今日は変な感じだ。なんでこんなに不安になるんだろう?


「通信制、ってなんですか?」


 首を傾げる帆楼ちゃん、険しい顔の湖夏くん。しまった、話を聞きそびれた。


「ええと……簡単に言えば、学校、いえ、校舎に毎日通わなくても、家での自習やレポート等で高校卒業の認定が受けられるんです。なにかと都合がいいんじゃないかと」

「まあ! 初めて知りました。それはとても便利ですね」

「でしたら、ご家族の方と一緒に、一度詳しく調べてみるといいと思います。情報はなにかと役に立ちますから、調べる癖をつけておくと便利ですよ」

「うふふ、ありがとうございます。でも、校舎に通うのも悪くありませんよ」

「えっ?」

「だって、祠堂さんのような人に出会えたんですもの」


 湖夏くんに向けられた笑顔に、何故だか、少し……腹が立った。


「こら! 人の彼氏を誘惑しないの!」

「あら、ごめんなさい。魅力的な殿方でしたのでつい。お幸せに」

「ま、万華鏡さん、唾……飛んでます」

「湖夏くんも湖夏くんよ、湖夏くんの彼女はどっち?」

「も、もちろん万華鏡さんです! 僕は万華鏡さんが大好きです!」


 湖夏くんが声高に宣言したものだから、クラス中からひゅーひゅーと茶化す声が聞こえてきた。いつもなら言い返してやるのに、今はなんだか、みんなに認められてるのが嬉しくて、安心して……ちょっとだけ、苦しかった。


「羨ましいです。転勤ばかりで、恋愛はしたことがないので」

「彼氏できても、キスは嫌なんでしょ?」

「あら? 私は別に、殿方が好きだとは言っておりませんよ?」

「は?」


 帆楼ちゃんはお弁当の続きを楽しんでいる。湖夏くんに唾が飛んだと注意されたけど、良かったんだろうか。


「もし付き合うとしたら、抵抗なく口付けを交わせる方がいいですね」


 ……まさか。いや、そんなわけないわよね。


「ま、万華鏡さん?」

「大丈夫だから! 余計な心配するんじゃないの!」

「うふふ、冗談です。少しからかってみたくなって、すみません。……う、うぷ……」

「どんだけ体張ってんのよ! ったく……悪かったわね。保存食食べれば? 弁償するから」

「ありがとうございます、でもお金は大丈夫です。我が家はそれなりにお金持ちですので」

「ああ、やっぱね。なんとなく、そういうオーラ出てるもん」

「万華鏡さん、オーラが見えるんですか? すごいです。コツとかあれば教えてください」

「ない!」


 お昼休みはあっという間だった。帆楼ちゃんはユーモラスで話してて楽しい人だ。けれど、どうしてだろう。3人でいると、たまに、少しだけ、胸の奥がきりきりすることがある。


 それが5日続いて、そして終わった。

 金曜日を最後に、帆楼ちゃんはこの学校を去った。帆楼ちゃんの家や内面などいろんな事情を考慮して、早い方が都合がいいだろうと、大人達が頑張ったらしい。


 最後の日の放課後。


「寂しくなりますね」


 湖夏くんの言葉に、素直に頷けなかった。来週のお昼休みは先週と同じように楽しめるだろうか。


「湖夏くんには私がいるでしょ?」

「あ、はい、そうですね。万華鏡さんがいれば寂しくありません」


 駆け引きの「か」の字も知らない私の彼氏。毎度毎度、気持ちをど真ん中速球ストレートで伝えてくる。恋愛ゲームならすぐ後略できちゃうだろうな、きっと。

 だから、かな? 他の女の子にも、すぐ落とされちゃうんじゃないかって……

 慌てて頭を振る。少し気を抜くとすぐ嫌なことを考えそうになる。


「にしても、早かったわね。対応もだけど、月曜日のうちに学校に話が行ってたらしいわよ」

「親の同意が得られないこともあるので良かったです。慎重になると足が重くなりがちですから」

「湖夏くん、やっぱああいうの詳しいんだね」

「ええ、まあ。昔いろいろあって調べたんです」

「昔? なんかあったの?」


 なんてことはない、雑談を続けるための相槌みたいなもの。


「い、いえ! べ、別に……大したことはない……です、よ?」


 それを受けた湖夏くんは、急にしどろもどろになって、私から目を逸らした。


「……そっか。湖夏くんも苦労してきたんだもんね」


 問い詰めたい気持ちをぐっとこらえた。隠し事の中身を知りたい気持ち以上に、あの湖夏くんがわざわざ隠したことを暴くのが、怖かった。

 思えば、私達は高校で初めて出逢った。その前のことは、まだ知らない。

 湖夏くんのことを、私は、まだ、全然知らないんだ。

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