愛は義務より良い教師である。ⅩⅣ

「何に入るって?」


「お風呂だよ」


「……ごめん。難聴なのかな~今、お風呂って聞こえた気がしたんだけどそんな訳……」


「言ったよ。一緒にはいろ? お・ふ・ろ」


 オーイッツグレイト。


 ってオーイッツグレイトじゃねぇよ!! 危ない危ない。毒ヶ杜さんの誘導に引き込まれる所だった。

 正直、こればっかりは理解できない。

 確かに僕と毒ヶ杜さんは付き合ってる。けど、そうじゃないじゃん?

 付き合ってその日にいきなりお風呂って頭おかしいよ。


 もっとこう順序ってモンがあると思うし。










 だが、しかし!!


 正直、毒ヶ杜さんと一緒にお風呂は入りたい。


 超入りたい。


 確かに付き合うまでの順序はある。吹っ飛び過ぎなのも分かる。


 しかし、彼女である毒ヶ杜さんがこう言っているんだ。一緒に入ろうと。

 据え膳食わぬは男の恥。そもそも、女の子がこう言っているんだ。断ったら毒ヶ杜さんに恥をかかせてしまう。

 それは僕的にも良くないと思うし、避けられるなら避けたい。


 だったら答えは一つしかないだろ。男、目島直。本当の男になってきます。敬礼。


「ほら、行こう」


 毒ヶ杜さんは言って僕の腕を掴んで、つかつかと部屋に備え付けの浴場に歩いていく。


「目島君、脱いで」


 トイレと合体したユニットバスの扉をガチャリと閉めると、唐突に毒ヶ杜さんは僕に言った。

 沈黙が流れ、トイレの隣に立った僕は、ごくりと生唾を飲み込んで、ブレザーのボタンに手をかける。


「ちょっ!?」


 ボタンに手をかけた僕の胸に毒ヶ杜さんは自分の耳を密着させて言う。


「心臓の音凄いよ、目島君。恥ずかしいの?」


 そう言う毒ヶ杜さんの表情は紅潮し、恍惚の表情を浮かべる。


「何してるんだよ、毒ヶ杜さん」


「恥ずかしいんでしょ? そうなんだよね?」


 当たり前だ。こんな状況で緊張しない人は普通いないだろう。


「は、恥ずかしいよ……言わせないでよ」


 顔を真っ赤に僕がそういうと突然、毒ヶ杜さんはその顔をばっと後ろに向けて僕から離れた。

 何も言わずひくひくと身体を動かして、手前の腕、つまり左手をこちらに向けて何でもないよとその腕を振る。


「どうしたの? 毒ヶ杜さん」


 僕はそんな毒ヶ杜さんを見て問うた。


「な、何でもないの……うん、本当に。今の目島君があまりにも可愛すぎて、ときめいて悶えているとかでは決してないの。だから気にしないで」


 言う毒ヶ杜さんは心なしか過呼吸気味な気がする。


「本音が見事なまでに出ちゃってるよ。毒ヶ杜さん」


「いや、聞かないで!」


 そんな事言われても毒ヶ杜さんが自分で言ってるだけで僕は何もしてないんだが、言いながら身悶える毒ヶ杜さんの色っぽい声が僕の脳天を貫通して我がせがれが自立しようと試みはじめる。


(まずい!! もう一回見られているけど、こんな姿これ以上毒ヶ杜さんに見せるわけには行かないっ!!)


 僕はすぐさま倅を隠すようにさっと毒ヶ杜さんに背を向けて、口を開いた。


「あー残念だー本当は毒ヶ杜さんと一緒にお風呂に入りたかったのに、何だかお腹が痛くなってきてしまったみたいだーあー残念残念」


 不自然なまでの棒読みでそう言って僕ははだけた服を直して、その場から退散しようとする。


「待って」


 出ようとした瞬間、そう言って毒ヶ杜さんに腕を掴まれた。

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