愛は義務より良い教師である。Ⅹ

***


「名探偵目島君が絶対に分からないものの二つ目。どうして私は下駄箱に入れたあの紙にあんな事が書けたと思う?」


 廃ビルから出た僕達は正しい目的地に向かうために駅に歩いていた。

 その途中、毒ヶ杜さんが唐突に話を始めたのだ。


 僕の血だらけの腕は、しっかりと衣服で隠して歩いているから周りには気づかれていない。

 その辺の配慮もしっかりとだ。


 三日前の金曜日の朝。学校に登校した僕の下駄箱に入っていた一枚の紙切れ。

 あの時、それを見た僕はかなり驚いたが、そこに書いてあったのは……


「『どうしてお弁当食べてくれなかったの?』だよね?」


「そっ」


 言って毒ヶ杜さんはにっこりと笑った。


 赤文字で恐怖を盛大に煽った書き方をされた紙切れ。

 毒ヶ杜さんがどうしてそんな事書けたのか。


 単純に嘘? かまかけとつもりで書いたとか?

 だとすると、あそこまで煽った書き方が必要だったか疑問に残る。


 揺ぎ無い確信があったからこそ、あそこまでの事が出来たのだろう。

 と、いう事は、嘘ではない?


「考えてる考えてる」


 僕の横でそう言う毒ヶ杜さんは何だか楽しそうだ。


「……もしかして」


 残された可能性が頭によぎり、毒ヶ杜さんの顔を見て言った。


「実際に見て……た?」


「ピンポ~ン正解」


 ふふふと笑って毒ヶ杜さんは僕の一歩前に出た。


「あの日の放課後、実は目島君の家に行ってたりして」


 言って舌をちろっと出して、おちゃらけて見せた。


「来てたの!? うちに?」


 驚愕で声が大きくなる。


「窓からそろっと見ただけ。そしたら、たまたま目島君がお弁当廃棄してるの見えて、その後はショックでげんなりして帰ったよ」


「あっ、っと、ご、ごめん!! あの時はあれが毒ヶ杜さんが作ったものだって知らなかったから。知ってたら、米粒一つ残さず食べてたんだけど」


 慌てて、見苦しい言い訳をする。


「ははは。じゃあ、今度はちゃんと渡すから、そしたらちゃんと食べてくれる?」


 首を横にこくんと傾げて毒ヶ杜さんは言った。


(可愛い……)


 その仕草に心をキュンキュンさせながら、僕は返事をする。


「うん! 是非、食べさせてください!! 約束」


 言って僕は小指だけを立てて、前に出した。


「うん。約束」


 それに毒ヶ杜さんは自分の小指を絡めて言った。


「……実は見てたのってそれだけじゃないんだよ」


「えっ、他にもまだ何か?」


 僕の言葉にいたずらに笑って口を開いた。


「お昼になると目島君ってお弁当持っていつもどこか行くよね? ……それがどこだか私知ってるよ」


 ……僕がいつもお昼を食べてる所って……それって、まさか。


 僕の肝が冷えた顔を見て、毒ヶ杜さんはにっと口を横に広げて笑った。


「校舎裏の非常階段の下、だよね?」


 当たってる。って事はまさかこれも……


「まさかと思うけど……」


 顔を引きつったまま、僕は毒ヶ杜さんに聞く。


「そのまさか」


 今の毒ヶ杜さんは本当に楽しそうだ。笑いが絶えない。


「いつも見てたんだ。その上の非常階段から、目島君の事」


「……ははっ」


 今の僕は頑張っても愛想笑いしか出ない。


 だって、だってそれって僕が安心しきって独り言ベラベラ話してた所とか、実は色々見られてたって事でしょ!?

 恥ずかし過ぎて、毒ヶ杜さんを見れない。

 あー僕、一人で何話してたっけ。はずいはずいはずい。今すぐ死にたい。……いや、毒ヶ杜さんの為に生きたいからやっぱ死にたくない。

 とにかくもう考えるの止めよう。火照り過ぎて体が熱い。


「だから、あそこで言ってた独り言、全部聞いちゃった」


 てへっと舌を出してウインク。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 せっかく忘れようとした黒歴史をはっきりと言われ、僕の心臓にでかい槍が降ってきた。

 

(最悪だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)


***


「覚えてる? いつかの昼休み終わりに私が遅れて入ってきた事あったでしょう」


 毒ヶ杜さんはそう言って顔を綻ばせる。


「ほら、花が大きい声で下品な事言ってた時」


「あっ」


 そう言われて僕は思い出した。


 確か、トイレが長いとか何とか言ってて木下が毒ヶ杜さんを辱めたあの時か。


 あれは腹立った。


「あの時遅れた理由ってトイレじゃなくて目島君の事見てたからなんだよ」


「そうだったの!?」


「うん。実はね」


 そうだったんだ~と放心していると、毒ヶ杜さんが突然僕の服を引っ張った。


「ねぇ、目島君。ところでみんなの所に戻る前に腕の手当てした方がいいと思うんだけど、人に見られるとあれだからあそこ入らない?」


 それは二十四時間営業のカラオケ。個室に入って腕の手当てをしようという提案らしい。


「カラオケに!? で、でも腕なら大丈夫だよ、ほら服で……って服に血がにじんでる」


「だから、ね? 早く行こう!!」


 そう言った毒ヶ杜さんは僕の腕を引っ張って走り出した。


「痛い痛い。毒ヶ杜さん腕引っ張らないで」


「あっ、ごめん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る