愛は義務より良い教師である。Ⅴ

あっという間に僕の前まで迫ってきた毒ヶ杜さんは、そのまま僕の背中側の窓に僕を追いやって、とんっと音を立てて壁ドンをした。


「……ど、毒ヶ杜さん」


 突然の壁ドンにぐんと近づいた毒ヶ杜さんの顔に胸。物凄いいい香りにこんな状況で情けないがおっ立ってしまった。


「っふ」


 そんな状況を見て毒ヶ杜さんは不敵に笑って言った。


「私はどうして嘘をつくのって質問してるんだよ? それなのに目島君は何を考えてるのかな?」


 言われて顔が紅潮し、一気に身体中が熱くなる。


(き、気づかれた。……恥ずかしい……)


 僕の真っ赤になった顔を見て、更にその距離を詰めてくる。


「目島君、いけないんだ~人の話はちゃんと聞かないと行けないんだよ?」


 言って毒ヶ杜さんは僕の胸板にその豊満な胸をこれでもかと言わんばかりに押し付けてきた。


(あっ、ちょっ……毒ヶ杜さん、ダメっ)


 目の前に広がるたわわに実ったお胸は、すっごく柔らかく、艶かしく、生々しく、ぬるぬると形が変形する。


 そんな童貞には刺激が強いものを見せられて、鼻血が拭き出しそうだ。


「どうしたの? 目島君、そんな気持ちよさそうな顔して」


 言われて我に返り、恥ずかしくて、どうしようもなくてそのまま目を閉じる。


「目島君」


 目の前で名前を呼ばれて、


「ちゃんと私の質問に答えてくれたら……見てもいいよ、目島君の見たいもの」


 僕の耳元でそっとそう言った。


「!?」


 瞬間、僕は閉じた目を一気にばっと開いて、毒ヶ杜さんを見た。


「ふふ。やっと私の事、見てくれた。……にしても目島くんは欲望に忠実だね」


「ち、違う。……ただ、驚いて……」


「いいよ、男の子だもん。それくらいの方がむしろ健康だよ」


 言われて萎縮して、言葉を失う。


「見たいもの……あるでしょう? 上でも下でも……中でも、好きに見ていいよ?」


 そう言ってふふっと色っぽく毒ヶ杜さんは笑った。


 上でも、下でも……中!?


 中って何!? 何々、中って何ですかぁぁぁぁぁぁ!! ……まさか中って……中って……ああああああああああああああああ!!


 そこで僕の頭はパンクした。


 中ってなん何だよぉぉぉぉぉぉぉ!! そもそもこんなの僕の毒ヶ杜さんじゃない。一体、今僕の目の前にいるこの人は誰ですか!! ……だれ、誰……です、か


「ちょっと、目島君大丈夫!?」


 僕はそのまま気を失って、前かがみに毒ヶ杜さんに向かって倒れた。


***


 目が覚めると、僕は見知らぬ、駅のホームのベンチに寝そべっていた。


「……あれ? ここどこ、だ」


 僕は何でこんな所で寝てるんだ?


 えっと、確か修学旅行で間違えた新幹線に乗って、それで……そうだ! 毒ヶ杜さんに質問攻めされて迫られて、それで僕、頭がパンクして倒れたんだ。

 じゃあ、ここは乗り換えの駅のホーム? てか、毒ヶ杜さんはどこ行った?


「あっ、目ぇ覚めた?」


 突然、背後からそんな声が聞こえて、振り向くと毒ヶ杜さんが両手に缶ジュースを持って立っていた。


「毒ヶ杜さん」


「はいこれ」


 僕が若干気まずく名前を呼ぶと、持っていた缶ジュースを一つ僕に手渡してくる。


「あ、ありがとう……お金はちゃんと払うよ」


 言ってポケットをまさぐる。


「いいよ。私のおごり」


「でも、そういうわけにも行かないよ。毒ヶ杜さんにお金を払わせるなんて」


 言いながら必至に財布を引っ張り出す。


 それを聞いた毒ヶ杜さんはふふっと笑った。


「な、何ですか?」


「目島君は本当に真面目だね。いいんだよ。これは私が好きで買って来たんだから、遠慮しないで飲んで」


 毒ヶ杜さんの雰囲気がさっきと変わっていて、いわゆる僕の知っている毒ヶ杜さんでひとまずの安堵をする。


「……ありがとう。そういうことなら毒ヶ杜さんの厚意を無碍むげには出来ないし頂くよ」


 言ってぷしゅっと封を開ける。それに口をつけて一気に身体に入れる。


「いい飲みっぷり~私も飲もうかな」


 僕を見てから毒ヶ杜さんも缶ジュースを開けて、口をつけた。


「毒ヶ杜さん。ここって乗り換えのホーム?」


 それにうんと頷く。


「もうそろそろ来ると思うから、それに乗ればすぐ着くよ」


 そう言う毒ヶ杜さんを見て、思う。


 本当に人格が変わったくらいの変貌っぷりだ。全くさっきの話を振ってこない。それがあたかもなかったかの様に。


「あっ目島くん、来たよ」


 新幹線がぷしゅーと音を立てて僕らの前で止まって、がこーと扉が開く。


「乗ろうか、目島君」


「うん」


 僕と毒ヶ杜さんは荷物を持つと、開いた扉からそれに乗った。





 この時の僕はまだ知らなかった。これが本当の毒ヶ杜さんを知る扉だという事を。

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