第二章 修学旅行篇

愛は義務より良い教師である。

 月曜日。今日から僕達一年生は修学旅行に出る。


「ちゃんと一列に並びなさいよ~言う事聞かないと連れて来ませんからね~」


 数台の大型バスから排出される排気ガスにみれながら、バスの前に並ぶように促す我が担任はいつもより何だかやる気に見える。

 いや、単にいい大人なのに修学旅行に人一倍浮かれているだけだ。

 だっていつもなら絶対委員長に任せて、自分は眠りこけているんだから。


 次から次へと生徒をバスに押し込んで最後に自分も乗り飲むと、一番前の席に座って言った。


「全員乗ったな~乗ってない奴は知らんからな。……あっ、じゃあ出してください」


 それは教師としてどうなのと言いたくなる発言をして、バスの運転手に出発の旨を伝えた。


「目島氏、目島氏。今月のメラメラコミック買ったかい?」


 僕の隣の佐藤が興奮気味にデュフデュフ言って聞いてきた。


「いや、買ってないけど……あれってもう発売してたっけ?」


「今月のメラメラコミックは今日発売だよ。僕は朝、学校に来る前にコンビニに寄って早速買ってきたよ。デュフ」


 そう言って佐藤は足元に置いた長く使っているんだろう、年季の入ったリュックサックから、嬉しそうにメラメラコミックを取り出した。

 何かそんな姿を見ていたら、思わず朝のコンビニでメラメラコミックを買っている佐藤の姿を容易に想像して、ちょっと面白かった。


「確か、目島氏は熱心なロトスコープファンだと聞いたが?」


 間に挟まっていた付録を眺めながら、佐藤は言った。


「う、うん。大好きなんだ。ロトスコープ」


 相槌を打って、顔がぱっと明るくなる。


「デュフ。いい顔だ目島氏。本当に好きな者の顔をしている。……しかし、好きだからこそ、早く手に入れるべきだね」


 オタクの特徴として話が理屈っぽいというのがある。

 佐藤はその典型的な奴で、もはや達観してしまったのか、そういう話し方しか出来ないのだ。


 しかし、この一見理屈っぽい所、バカには出来ない。オタクという生き物はその習性からか、評価の付け方が結構的を得ていたりする。

 その作品をよく見て、よく読んで、吟味し、分析し、徹底的に質を見定める。


 理屈っぽいというのは、その結果から来るものなんだ。

 まぁ作品を、二次元を愛するが故という奴なんだろう。


「その行動力は見習うよ」


 そう言うと佐藤はふーんと鼻から息を吐き出し、ドヤ顔をする。


「もし良かったら僕の後に読ませてあげるよ」


「本当に?」


 あぁ。同士と語り合いたいからねと言ってページをぺらぺらし出す。


「ありがとう。佐藤」


 お礼を言う頃には既に漫画の世界に入っていて、僕のお礼が聞こえていないようだった。


(オタクの集中力……恐るべし)


 佐藤はやはり、僕よりオタクレベルが高い。……ってオタクレベルってなんだよ。


 反対を向くと窓側に座る鈴木が何やらテンション下げめに口から魂をひょろひょろ出して死んでいた。


「鈴木、大丈夫?」


 声をかけると鈴木はひくひくして顔だけこちらに向けて言った。


「大丈夫ではないで……候。拙者今、三途の川が見えるで候。きっと着いた頃にはこの世にいないかも知れん。目島殿、拙者のパソコンのハードディスクの中身……消しといて……くれそうろ……う」


 鈴木はばたりと再び倒れてそのまま動かなくなった。


 乗り物酔いという奴だと思うが、そんな大事な使命僕に任せていいのか、そしてさらに声を大にして言いたい事がある。


 鈴木……まだ、バス走ってないよ。


 その数秒後、バスが走り出した。

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