人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。ⅩⅦ

***


「そもそも何であんな所にいんのよ!」


 冷百合の募る苛立ちに小さく呟く。


「帰り道だよ」


「帰り道? アンタん家こっちなの?」


 こくりと頷く。


「はぁ~マジぃ? あ~もう最悪」


 そう言ってげんなりと肩を落とす。


「あっ、でも見たって言うのは、あそこにいる所をって意味だよ?」


 正直何してたかは気になる所だが、聞けるわけもない。


 それを聞いた冷百合は下げていた顔を勢いよく上げて僕を見た。


「ホント? ホントにそれだけ?」


 再びこくりと頷く。

 僕の反応を見た冷百合は、ぱっと顔色を明るくして思い切り僕の背中を叩いた。


「いったい!!」


 背中を叩かれて仰け反った僕は、何すんだこの野郎と言わんばかりの表情で冷百合を見た。


「何だぁ~それなら何の問題もないじゃない。そういう事は早く言いなさいよね」


 一人で勝手に終息に向かう冷百合を見て、早く開放してくれと心の中で切に願う。


「じゃあもう行っていいよ。……あっこの時間私に会った事は誰にも言っちゃダメだからね」


 背中を押されて、ふぅようやく開放されると気持ちを切り替えた瞬間。


 事は起きた。


 かたん。


「ん?」


 そんな音が足元から聞こえてきて、反射的に下を見た。

 それが僕の運の尽き。


 「えっ!?」


 そこに映るそれを見て、僕は硬直した。


「バカ! み、見るなぁ!!」


 同じタイミングで下を見ていた冷百合が慌ててそれを拾い上げて隠した。


 音の正体は、冷百合のポケットからこんにちわ~と地面とごっつんこした紫のケースに入った冷百合の携帯。

 その携帯が落っこちて地面と衝突した衝撃で、運悪く携帯の横についたボタンに触れてぱっと携帯がついてしまったのだ。

 ついた携帯の画面に露になったのは、先ほど木下と一緒に買い物をする毒ヶ杜さんの写真だった。


 それも一枚じゃない。無駄に連射機能でも使ったのか、写真に写る毒ヶ杜さんがアニメのコマ撮りみたいになっている。

 とどのつまり、画像フォルダを大胆に公開してしまったという事だ。


「……ボクハナニモミテナイカラ、コレデシツレイシマス」


 硬直した、いや正確には事が急展開過ぎて、あっちゃこっちゃして頭がパンクしたんだ。ショートした頭は僕にロボ語を話させ、この場から立ち去らせようとする。


「ちょいと待とうか目島君」


 言って僕の後ろの冷百合は僕の首根っこを掴んで帰宅を阻止しようとする。

 目島君なんて普段呼ばれない呼ばれ方で呼ばれたモンだから、恐る恐る振り返ると、案の定そこには、にっこにこしているが、僕には見える禍々しいドス黒いオーラを放った冷百合が分かってんだろうな? といわんばかりに立ち尽くしていた。


 せっかく開放されたと思ったのに……神様の意地悪。


 僕は天を仰ぎ、そっと涙した。


***


「それって……つまりレズって事?」


「バカ! 声がでけぇよ。周りに聞こえんでしょう」


 同じ空間にせせこましく入る僕達は、神妙な面持ちで会話を続ける。


「本当に? 本当に本当なの?」


「何回聞くのよ。アンタもしかして変な妄想して興奮してんの? きもっ」


「してないよ!」


「だから、声がでかいって」


 まずは状況の確認からだ。

 現在、僕と冷百合は、僕自身も何でこうなったのか理解できていないが、何故かネカフェの一室を取って、せせこましく周りにも気を使いながら、事の真相を追っていた。


 冷百合は一体一人で何をしていたのか。

 何故、毒ヶ杜さんの写真をあんなに持っているのか。

 どうして僕がこんな目に合っているのか。


 今聞いた答えは、こうだ。


 冷百合すみれは、レズである。


 ……お分かり頂けただろうか。勘のいい人なら点と点が一気に繋がって一本の線になったのではないだろうか。


 つまり、冷百合はレズで、それも生半可とか中途半端とかじゃなくて、正真正銘のモノホンのガチのレズで、どうしようもないくらい毒ヶ杜さんをラブっていると。だから今日のは……その、察してやってくれ。


 そして何故そんな爆弾級の秘密を僕に話しているかというと、もうあの状況じゃごまかしもきくわけないと。


「もう最悪。せっかくばれてないと思ったのに」


 言って頭を抱える。


「アンタ絶対言うんじゃないわよ?」


 うんと……もしかしてこれって僕、冷百合の弱み握った? 学園カースト最下層の僕が、上位カーストの?

 そんな事考え出したら、僕の妄想がはかどってしまう。


 ってバカ!! 前にも言ったが、僕は冷百合には全く興味がない。弱みを握った所で何の意味もない。

 ……そりゃ、学校生活をよく過ごすにはいい武器だとは思うけど、別に今のままでも満足してるし。


「言わないよ。誰にも」


 そう小声で言って、立ち上がろうとする。拘束されて一時間。そろそろ帰りたい。


 個室の扉を開けて出ようとしたその時、冷百合の言葉に僕の足が止まった。


「アンタ、棘の事好きでしょう?」


 僕の背後から飛んできたその言葉が背中に刺さる。


「な、何言ってるの? 僕が毒ヶ杜さんを? そ、そそそんなわけないでしょう」


 ゆっくり振り向いて、それと同時に汗が僕のこめかみに滴る。


「嘘、下手。超動揺してんじゃん」


「毒ヶ杜さんは学校のアイドルだよ? みんな好きだよ」


「それってアンタも好きって事でしょ?」


「だから、その……」


「あーもういい。もういい」


 そう言って冷百合は慌てる僕をなだめる様に手をぱたぱたさせた。


 そして、小さくつぶやく。


「……見てれば分かるよ」


「えっ」


 一瞬、時が止まり、思考が出来なくなる。


「それって、どういう……」


「私も棘の事好きだからね。アンタ見てると分かんのよ。あっ、こいつ棘の事好きだって。何か自分見てるみたいな」


 遠くを見て言う冷百合を見て思った。


 本気なんだ。冷百合は本気で毒ヶ杜さんの事が好きなんだ。それは僕の好きと何一つ変わらない。

 性別が同じでも変わらない。

 同じ人間の好き、だ。


「交換条件」


 唐突にそう言う冷百合。


「交換……条件?」


「そっ。私達は今、お互いがお互いの秘密を知ってる。片方が言わない代わりにもう片方もその秘密を言わない。交換条件」


「だから僕はまだ好きなんて一言も……」


「じゃあ、言っていい? みんなに。もちろん棘にも」


 不敵に笑って冷百合はいたずらな表情をする。


「……分かった。その代わり言ったら僕も言うからね」


「言わないって。そういう契約じゃん」


 交渉成立っ! そう言って立ち上がった冷百合は、拳を握って僕に突き出した。


「私、自分の弱みを握られっぱなしで終わる女じゃないからね」


 ちろっと舌を出して、見事僕を出し抜いた冷百合の拳に自分の拳を合わせて、言った。


「お見事」


 この日僕はギャルと同盟を組んだ。

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