人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。ⅩⅡ

***


 本日の学校が終了し、帰宅しようと下駄箱に来た僕は、自分の靴を下駄箱から出して履くと昇降口を後にする。

 もちろんその顔は満面の笑みである。

 理由はお察しの通り、修学旅行を毒ヶ杜さんと同じ班になれたからだ。


 最近の僕は毒ヶ杜さん関係で何かとツイていて、自分でも怖いくらいだ。

 僕なんかがこんなに毒ヶ杜さんと近い距離にいていいんだろうか。

 まぁ、せっかく近くに居られるんだ。遠慮なく側にいさせてもらおう。


 今から修学旅行が本当に楽しみだ。

 修学旅行で毒ヶ杜さんと色んな思い出を作る妄想にふけりながら、校門を出た。


「あれ? 委員長」


 学校の近くの信号に見覚えのある人が立ってると思ったら、委員長じゃないか。

 委員長は感応式の信号のボタンを押して、ももの前に両手でカバンを携えて信号待ちしていた。


「あっ、目島君。目島君も帰り?」


「うん」


 委員長の綺麗に分けられたセンター分けから出たおでこが、夕日に反射する。


「そっか。じゃあついでだし一緒に帰ろうよ」

「えっ」


 思わず驚愕が声に出る。


「嫌?」

「嫌じゃないけどそんな事言われると思ってなくて驚いた」

「ははっ。だってこの信号渡るって事は、帰り道一緒じゃない? だったら寂しく帰るより楽しく帰った方が有意義だと思わない?」


 にこっと笑ってそう言った委員長は、首を少し傾げて僕の反応を見る。


「……そうだね。せっかくだしそうしよう」

「目島君ならそう言うと思ったよ」


 そこで信号が青に変わって委員長はあっ、変わったと呟いて歩き出す。

 僕もそれについていき、委員長の斜め後ろを歩く。


「隣、着なよ」


 それに気がついたのか、そう言って微笑む。

 僕は言われて無言で隣に並ぶと、少し気恥ずかしくなって身体が熱くなっているのを感じる。


 女の子とこうして下校するのなんて小学校以来だ。しかも、あの頃は特に異性を意識するとか全くの皆無で、帰る方向が同じ人同士集まって帰っていたから、二人きりで帰るのは実質初めてだ。


 それに加えて高校生にもなれば、周りからカップルと思われてもおかしくない。

 そんな事を考え始めると恥ずかしくてたまらない。


「目島君、何か顔赤くない?」


 この委員長は本当に勘が鋭いというか、鼻が利くというか。

 この人には隠し事は無理だ。


 それを悟った僕は思っていた事を素直に委員長に話した。


「ははは。ゴメンね、隣に並んでるのがこんな地味な私で」


 そう言って委員長は高笑いをした。


「じ、地味なんかじゃないよ。全然」


 隣の委員長を真っ直ぐ見て、答える。


「ふぇ!! そうかな……あ、ありがとう……」


 突然、変な声を上げて、顔を真っ赤にして萎縮する委員長。

 僕、何か間違えた事言ったかな?


「その……目島君って優しいよね」


 僕を見ないで前を向いたまま、委員長は言った。


「そうかな。自分じゃ分からないよ」

「んーんー。優しいよ。優しくてとても素直でいい人だと思う」

「あり、ありがとう」


 お互い照れくさくなったのか、そこでしばし沈黙が訪れる。


「な、何で褒め合い合戦してるんだっけ? 僕達」


 僕は張り詰めた沈黙を破って、口を開く。


「ははっ。何でだっけ」


 委員長は見ていて気持ちのいい顔で笑って言った。

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