第3話 side、可憐と幼馴染の真白その1

 可憐は自分の教室についた後に、一学年下の教室まで移動する。ーーその目的はただ一つ。


「おはよーましろん。今日も良い天気だねぇ!」

 可憐の幼馴染でもあり、アイドルでもある真白がこの学校に入学してきたからだ。

 一緒に登校する日もあればない日もある。が、毎日こうして教室に顔を出すのが可憐の日課になっていた。


「あ、おはよう可憐。今日はいつもよりテンションが高い……ね? なにか良いことでもあった?」

 ウェーブのかかった明るい茶髪を揺らしながら、授業の準備に勤しむましろんこと真白は、綺麗な猫目を丸くして可憐に問う。


「あ、やっぱりましろんには分かっちゃうかぁ」

 うんうん、とご機嫌さを示すように数度頷いた可憐は本題に移る。


「実はね、今日転入生と会ったんだー!」

「え、転入生……? あ、そう言えばこの学園に来るって噂されてたよね。今日がその登校日なんだ」


「そうそう。あ、もしかしてうちが転入生と初めてのファーストコンタクト取っちゃったのかなぁ……いひひ」

 可憐がこうもご機嫌なのは転入生が関わっていることが明白であり、こうもご機嫌を滲ませた可憐を見たのは久しぶりだった。


「それで、転入生はどうだったの? 可憐がそこまでご機嫌になるくらいだから、悪い人ではないんだよね……?」

「おやおや、アイドルのましろんも気になりますかぁ? 噂の転入生のことが」


「う、うん。だって転入生だよ……?」

 躊躇いもなく小さな首を縦に振る真白。親友である可憐をここまでご機嫌にさせた転入生が気にならないわけがない。


「あーあ、気になるのかぁ。これはレオっちに通報だなぁ……。これを知ったレオっちがどういう反応を示すかねぇ……にひ」

「んっ!? だ、だめっ! 絶対だめっ! そういう意味の気になるじゃないからっ!」


「あはは、流石に冗談だって。ましろんの反応が面白そうだったからからかってみただけ」

 椅子から立ちあがるほどの勢いで慌て慌てる真白に、意地悪な笑みを浮かべる可憐は、告げ口しないことを早めに伝える。


「もぅ、可憐は……。言っていい冗談と悪い冗談があるの!」

 ぷぃ、と拗ねたようにそっぽを向く真白を宥めながら本題を進める。

 可憐には、どうしても真白に伝えたいことはあったのだ。


「ましろん、それで転入生のことなんだけど」

「う、うん?」

 可憐の声音に真剣味が帯びる。


「学園に行く途中に見かけたんだけど小さな兄妹を助けてた。木に登って、木枝に引っかかった風船を取ってあげてたみたい。……どやぁ?」

「可憐がどうしてどや顔をしているのかは分からないけど、どうしてご機嫌なのか分かった。……ふふっ」


「なにさ、そのましろんの顔」

 口元に手を当て嬉しそうに微笑みを向ける真白に、可憐はジト目で視線をぶつける。

「ううん、可憐らしいなぁーって」


 可憐は、将来保育士になりたいと豪語するほど大の子ども好きなのだ。

 そんな大好きな子どもが困っている現場を転入生が助けたとなれば、今みたいにご機嫌にもなるだろう。


「なんか全てを見透かされてる気がするけど……まぁいいや。ここからがうちの話したいことなんだけど……」

「うん」


「その転入生なんだけど、初めて会ったような感じがしなかったんだよね。なんていうかその……」

 細く整った眉根を寄せ、難しそうな表情を浮かべながら可憐は言葉を編む。


「ましろんも話せば分かると思うんだけど、何処と無く似てるんだよね……雰囲気とか話し方とか。……あのVRのレオっちに、ね」

『なにを言っているの?』なんて言葉を返されるのが普通で、真白にも似たような事を言われることは分かっていた。

 でも、これが可憐が伝えたかったことである。


「えっ!? またまたぁ……そんなことがあるはずないよ」

「いやぁ、そんな反応は当然なんだろうけどこれが本当なんだって。だからうち、自然といつものような感じで絡んじゃってさ……ちょっと失敗しちゃったかも」


「大丈夫だと思うよ……? 可憐は優しいもん」

「ふぅん。うちはその言葉、レオっちに言われたいなぁー。はぁ、言われないかなぁーレオっち、、、、に!」

「む、可憐……」

 頰を少し膨らませ、細く整った眉を寄せた真白に不機嫌さが漂う。そう、これは完全なる嫉妬である。


「ごめんごめん。嫉妬しちゃうましろんが見たくなっちゃいまして」

 人差し指を頰に当てた可憐は、片方の手をポケットに入れミルク味のアメ玉を取り出す。その瞬間、真白の視線がアメ玉に吸い寄せられた。


「はい、どーぞ」

「わ、わたしにアメをあげても機嫌は治らないんだから。 ……本当だからね!」


 なんて言いながらも、嫉妬の反応を見せる真白は、迷うことなく可憐から渡されたミルク味のアメ玉を受け取った。


 アメを貰ったあとの真白の瞳は、嬉しさから間違いなく輝いている。

 この学校には校則がない。アメ玉を渡したりすることは日常茶飯事なのだ。


「早く転入生をましろんと会わせたいなぁ。そしたらうちの言ってることが分かると思うんだけど。もしかしたらその転入生がレオっちだったりして!」


「それはないと思うよ……? レオくんは大人な雰囲気があるし、多分二十代ぐらいだと思う。あっ、でも同じくらいの歳だったらいいなぁ……。そうだったら遊べる日も多いし……ほら、よ、夜更かしとか……」

「はーい、ましろん。ここで妄想しなーい。しかも夜更かしとか、どんだけえっちぃこと考えてるんですかぁ?」


 さっきの言葉とは裏腹に、アメ玉を貰って機嫌を直した真白はすぐに脱線してしまう。


「も、妄想なんてしてないよっ! え、ええええっちくないもん!」

 幼馴染でもあり、親友でもある可憐に妄想していたことがバレるのは恥ずかしい。だからこそ誤魔化した真白だったが可憐には看破されていた。


「はいはい」

「その顔、絶対信じてない!」

「妄想してたの事実でしょ、ましろん?」

「ぅ……」


『次、誤魔化したらレオっちに言っちゃおうかなぁ……』

 なんて言いたげな表情でニヤニヤと見つめる可憐に、真白は白旗を上げる他なかった。


「……は、はぃ……。認めます……。も、妄想、してまし……た。で、でも……えっちな妄想は、してません……よぅ」

 これが、弱みを握られた者の末路である。


「素直でよろしい! まぁ、その転入生がレオっちなわけがないんだけどさー、VRのプレイヤーで、しかもレオっちがこの学園に転入して来るなんてことは」

「う、うん……。可憐の言う通りだよ。わたしの好き……な人がこんなにも身近にいるはずないから……」


 妄想していたことを素直に白状した恥ずかしさと、『好きな人』を連想させた恥ずかしさから、真白の顔が一気に上気した。


「相変わらずソコの部分は小声になるんだねぇ。そんな可愛い顔と良い性格して一途だなんて、レオっちは本当に幸せ者だよ、ほんと!」

 真白は現役のアイドルでもあり、それはこの学園では知らない生徒はいないほどでラブレターも沢山貰っている。


 そんな真白はとある人ーーVRをプレイする男性に一途なのだ。……そう、可憐が言うことは間違ってはいないのである。


「だ、だって、わ、わたしの、は、初恋……なんだもん。可憐みたいにいっぱい彼氏作らないもん!」

「んなっ、なにその情報っ! え、誰から聞いたの!?」

 真白の想像だにしない変化球に思わずたじろぐ。根も葉もない情報を聞いたのだから仕方がないだろう。


「レ、レオくんに聞いたの。……『この情報はマジだ』って! わたし、その話を聞いた時びっくりしたんだから」

「あ、あやつ……。うちの親友にとうとうやりおったな……。次会った時には覚悟しとけ……」


 可憐の脳裏には真白に嘘の情報を焚き付けているレオの姿が浮き上がった。そんなレオは可憐に見せつけるが如くニヤリと口角を上げている。


「言っとくけど! その情報は1000パーセント嘘だから!」

「べ、別に隠さなくて良いよ? わたし達の年齢になると、ほら……やっぱり彼氏さん欲しい……と思うから」

「ちょ、ちょっと待って、ましろん」


「で、でも、お相手さんの気持ちをちゃんと尊重してあげないと可哀想だから、もう少し考えてあげてね? 可憐なら出来るよね?」

「お願いましろん。話を聞いて……」


 フォローのような、そうでないような微妙な返答に可憐は必死になって誤解を解くのであった。

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