9. 祟る神


「祟りだなんて、なんだかひと昔前のホラーサスペンスドラマの世界になって来ましたね」


 大介が、フォークを振り回しながらそう言った。三人は昨日と同じファミレスで、遅めの昼食ととっていた。


「大介くん、あんた、面白がってるでしょ?」

 杏子は隣に座る大介に、冷たい視線を向ける。


「違いますよ! ぼくはただ、意外と事件解決のヒントになるかも知れないと思って!」

 大介はあわてて否定する。


「確かに、田代のじいさんの言葉を全部信用することは出来ないとしても、手がかりのひとつにはなるかも知れないな」


 梶原がそう言ったとき、いきなり渋沢が姿を現した。


「何の手がかりですか?」

「なんだ、またおまえか」

「梛神社で、皆さんをお見かけしましたよ。あれ、梶原さんヒゲ剃ったんですね」


 渋沢はさりげなく、梶原の隣の席に座る。


「紺色のセダンはおまえか?」

「ええ。あなた方はタウン誌の取材班だそうですね? どんな取材をしたんですか? ああ、大丈夫ですよ。あなた方の本当の職業は伏せておきましたから」


 渋沢は一方的に話をしてから、ニッコリと笑う。


「えー渋沢さん、刑事のくせに、ぼくたちシロウトから情報聞き出すんですか?」

「我々警察とあなた方とでは、つかむ情報の種類が違うんじゃないかと思いましてね」

「そういうシブちゃんは、どんな情報をつかんだの?」


 杏子が身を乗り出すと、渋沢はすました顔で口元に人差し指を立てる。


「それは捜査上の秘密です」

「ずるーい!」

 杏子は口をとがらせる。


「仕方ないな、大介、教えてやれ」

 梶原が目を細めて、大介にうなずきかける。


「えー、教えるんですか? まぁ、仕方ないですね」


 大介はそう言って、向かいに座る渋沢にぐっと身を乗り出した。


「実はですね」

「はい」

「梛神社の神様は……祟るんだそうですよ」

「えっ?」


 キョトンとする渋沢には構わず、大介は言葉を続ける。


「集落のおじいさんの話だと、おじいさんの息子さんと、宮司さんのお父さんは、祟られて亡くなったんだそうです」

「はぁ……そうですか」


 よほどがっかりしたのか、渋沢はそれ以上追及することなく、肩を落として帰って行った。



「よし、邪魔者がいなくなったところで、すこし情報を整理しようぜ」


 梶原はテーブルの上にノートを広げると、大きな字ですらすらと書いていく。


 ① 梛神社の宮司、名木浩章は、神社が有名になることをこころよく思ってい

   ない。神社を盛り立てようとしていた父親とは、対立していた可能性がある。


 ② 宮司の父親は、昨年の十一月に亡くなっている。田代さんの息子も、

   その翌月に亡くなっている。

    二人は同年代であり、共に神の祟りで亡くなったという噂がある。


「他には何かあるか?」

 梶原が杏子の方へ視線を向ける。


「宮司には妹がいるわ。里美さんが神社に来る前に、宮司とケンカして出て行ったらしいの。ちょっと気になるわよね?」


「ああ、確かに気になるな。兄と対立していたってことは、その妹は、父親と同じ考え方をしていた可能性もあるな」


「神社を盛り立てる側ってことですか? だったら、協力してくれるかも知れませんね。まぁ、連絡が取れればの話ですけど……」


 連絡手段がないことに、大介は本気でがっかりした。


「ねぇ、さっきの話だけどさ、あたし、里美さんは行方不明者のひとりだと思うの。一番最初に行方不明になった人も、里美さんが梛神社の敷地に倒れていたのも同じ二月でしょ?」


 杏子は、梶原と大介の顔を見まわした。


「宮司の狙いが何かはわからないけど、里美さんと話をするチャンスは、逃したくないわ。これからもう一度、宮司の家を訪ねようと思うんだけど、どうかしら?」


「ぼくは反対です。危険ですよ。もし中宮に連れて行かれたら、杏子さん、また倒れるかも知れないじゃないですか!」


 大介が、怒ったような顔で反対する。


「おれは、椎名に賛成だな。このチャンスを棒に振ることはない」

「なら、宮司の家にはぼくも行きます。とにかく、杏子さんひとりだけ行くのは反対です」

「大介、まあ聞けよ」


 梶原は、呆れたように大介を見ると、ノートパソコンを取り出した。そして中宮の画像を出すと、大介と杏子の方へ向ける。


「この中宮の後ろにある岩山だが、山頂は、佐々木を見つけた奥宮がある場所だろ?」

「そうですけど、それが何か?」


 憮然としたまま、大介が聞き返す。


「おれは佐々木を見つけてから、ずっと不思議に思ってたんだ。佐々木はあの体で、一体どこから来たんだろうってね」


「そう言えば、そうね。山の下なら転げ落ちて来られるけど、山頂まで登るのは無理よ。山の上でケガをしたとしか思えないわよね」


 杏子は首をかしげた。今まで考えもしなかった事だった。


「そう。考えられるのは一つだ。山頂でケガをさせられて、そのまま放置されたんだろう。だがおれは、どうしても納得できなかった。ふつう誰かに追われて逃げるなら道路へ出るだろ? わざわざ山の上に逃げたりはしない。それでおれは思いついたんだ。佐々木はこの岩山の中にいたんじゃないかってな。佐々木は閉じ込められていた場所から逃げようとして、必死に這い上がって来たんじゃないか?」


「岩山の中に、洞窟があるってこと?」


「可能性はあるだろ? まだ中宮のあたりは調べてない。岩山の茂みの中に洞窟の入口があるのかも知れないし、もしかしたら中宮が入口になってるのかも知れない。とにかく中宮からは、山頂の奥宮に続く通路のようなものがあると思うんだ」


 梶原の仮説に、杏子は目を見張った。


「カジさんの言う通りかも知れないわね。中宮には、前宮や奥宮にはなかった、何か得体の知れない力があるの。変な言い方かも知れないけど、中のものを守るか、封印するような、結界のようなものよ」


「あっ、だから、霊感のある人が倒れるんですか?」

「わからないけど、関係はあると思うわ」


 杏子はそう言って、パソコンに映った中宮を見つめる。

 大介は急に不安になって、杏子の腕をつかんだ。


「やっぱり、ひとりで宮司の家に行くのはダメですよ。もしも、中宮に行方不明の人が閉じ込められてるとしたら、犯人は宮司に決まってます。その宮司の誘いに乗るなんて、危険すぎますよ!」


 あまりの剣幕に、杏子は驚いて大介を見上げた。


「いいか大介、よく聞けよ。椎名が宮司の家にいる間、おれたちは中宮を調べるんだ。おれたちが中宮にいれば、宮司が椎名を中宮に入れるのは無理だ。大丈夫、上手くやれるさ」


「でも!」


「大丈夫よ大介くん、あたしを信用して。それに、これ以上あたしがグズグズしてたら、理恵さんが危険だわ」


 杏子の決意の固さに、大介はこれ以上反対することが出来なかった。


「わかりました。でも杏子さん、十分気をつけて下さいね」

 この日の夕方、杏子たちは再び梛神社の鳥居をくぐった。

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